007
翌朝。アルフレッドとミカは揃って馬車に揺られていた。
ちょっと前から、窓から見える景色は街を囲む城壁ばかりになっていた。
街の外周に沿って進んでいる以上、仕方がないとはいえ少しばかり退屈だった。
「ねえ、アル。気になっていたんだけど、そのジャケットどうしたの?」
アルフレッドの服装は元のぼろぼろの服装から随分、小綺麗になっていた。
磨かれた胸当て上から、一目見て上等と分かるジャケットが羽織われていた。
昨夜の祝勝会でヒルハルドに用意されたものだ。
「ん。気に入ったから、くすねてきた」
「ええー。もしかして、その胸当ても勝手に持ってきたの?」
「いや。この胸当ては私物だ。昨日の試合でも、外套の下に着けていたぞ」
向かいに座るミカはドレスではなく、オーバーオールの上に皮のチョッキを身に着けていた。
ミカの愛らしい印象とは真逆の武骨な服装だが、不思議と今の服装の方が似合っていた。
気が付けば、壁沿いの景色から変わって小屋やテントの間を進んでいた。
景色が変わってからそう時間はかからず馬車は足を止めた。
「やっと、着いたようだな?」
「そうだよ」
ここは、ミカにとって何度も足を運んだ馴染みの場所だ。
「あれこそがボクの最高傑作、どうぞご覧あれ」
ミカは馬車の扉の前を陣取ると、勿体ぶるように扉を開いて見せた。
それは、馬車から見える景色の大半を占めていた。
壮大で、威風堂々たる姿には、アルフレッドも素直に感嘆の声を漏らした。
「おおっ。凄いな、こいつは!」
そこには船があった。
海も川も無い陸続きだというのに、そこには船があった。アルフレッドがこれまで見たどの船よりも、巨大かつ風変わりだ。
船首はある、船体もある、そして当然のように脚があった。
船体の脇から左右4対の脚が突き出している姿は、昆虫や節足動物のようにも見えた。
「どうだい?これが僕たちの船、征界船だよ」
櫂を漕ぐ代わりに脚で陸を駆る、それが「征界船」の進み方。
「全長は55メートル。二駆動力原を四機搭載、計八脚による走行さ。馬力は保証するよ。それでいて低燃費、世界に二つとない傑作だと自画自賛するよ」
昨晩、遠く離れた王宮からその姿が見えていたことからも分かっていたが、やはり大きい。
その巨大さから都市内での造船は不可能だ、出来たとしても壁の外に出す手段がない。とはいえ、防犯の観点から街から離すわけにもいかない。その結果、正門から少し離れた場所で造船を進めることとなった。
だから、征界船を城壁と並べて見ることも出来たが、征界船の方が優に大きい。
城壁も決して、低いというわけではない。
城郭都市として外敵の侵入を防ぐために、長大な壁を街を囲むように有している。
当然、人が簡単に超えられない程度には高く、見上げなければ頂点を視界に入れられない。
それでも、征界船の方が高く、木造の船でありながら石造りの城壁よりも迫力があった。
「ふふーん。どうやら、その捻くれたお眼鏡にかなったようだね」
子供のように目を輝かせて魅入っている。
ここまで凄いものを見せられたら、恥ずかしさなんて最早感じなかった。
だからこそ、素直に胸の内を吐露することが出来る。
「ああ、思った以上だ。早く、中も見せてくれ!」
「そう言ってくれると思ったよ、さっそく乗り込もうか」
近づくにつれて、アルフレッドの心中に一つの疑念が浮かんでいた。
疑念とはすなわち、この船にはどうやって乗り込むのか、ということ。
これが普通の船ならば、桟橋から甲板に渡るのが普通だ。だが、『征界船』のベースは船であるが、陸の上にあり尚且つ足が生えているのだ。
甲板ははるか頭上、地上から10m。身体能力に優れたアルフレッドでも、助走ありきでようやく飛び乗ることが出来るかどうか。
普通の人間は勿論、小柄なミカは到底無理だろう。
どうやって、船に乗り込むのだろうか、梯子でも掛けるのだろうか。
答えは、すぐに分かった。
ミカが首にかけたペンダントを握りこむと呼応するように、船底の一部が開き、さながら跳ね橋のように降りてきた。
「このタラップが船の唯一の出入り口だよ。片側にしかないのは少し不便だけど、構造上仕方がないから慣れてね」
「お、おう」
「うん?どうかしたの?」
「驚きでそれどころじゃねーんだよ」
「驚き?変なこと言うね、まだ入り口だよ」
自動で開閉する構造なんて大国の一部地域――国境に位置地域や治安の悪い地域で、城壁門に使われているぐらいだ。少なくとも、アルフレッドはそれ以外で見たことがなかった。
自分が技術に疎いだけなのか、それともミカが世間知らずなのか判断しかねた。
内心の葛藤を知らずにミカはすたすたと先に進み、後にアルフレッドが続く。
二人が乗り込むと、船底が上がっていく。
気にも留めなかったが、二人の後に続くものは誰一人としていなかった。
アルフレッドが昨日起こした大惨事は、職人たちの間にも広まっていた。職人たちの中に、好き好んで危険人物の近寄ろうと考える恐れ知らずはいなかった。
同時に彼らの胸中に渦巻くのは、「あんなおっかない人と話せるミカちゃん職長、やっぱ凄え」といった可愛がりだか、尊敬だか分からない複雑な感情だった。




