005
月明かりの下、アルフレッドは一人、バルコニーから街並みを眺めていた。
宮殿内では贅を凝らしたご馳走が、シャンデリア型の魔力灯に照らされている。豪華さだけは、大国にも匹敵するかもしれない。
祝勝会は主賓であるアルフレッドが不在でも、構わず宴が続けられている。
むしろ、アルフレッドは疎ましく思われてすらいた。
王への態度、恐怖を感じる野蛮さ、これまでの言動を顧みれば妥当な対応だろう。
疎まれている張本人は気にするどころか、早く帰りたいな、と考えているのだが。
彼の眼下に広がる街並みは、絢爛豪華な宴に反して寂しいものだった。首都でありながら明かりがついている家はない。
煌びやかな王宮と、灯りのともらない城下町、明暗の狭間に佇んでいるような錯覚すら感じる。
一般家庭まで魔力灯が普及している竜交国家リンドブルムとは、大違いだ。
宮殿内では大国にも引けを取らない宴が開かれているのに、市民の生活水準は比べ物にならないほど低水準。
これが、この国の歪んだあり方だ。
「寂しいもんでしょ?ここからの景色は。高い税を巻き上げておきながら上流階級は贅沢三昧、市民の暮らしに一切還元されることは無い。この景色を見て、君はどう感じたの?」
バルコニーの手すりに肘をついて、ぼーっと景色を眺めていたアルフレッドに対して、背中越しに声がかけられた。
「ワリいが、感想も湧かないほどには見飽きている。まあ、上から見たのは初めてだがな」
視線を向けなくても、声の発生源が低いことや幼さが残る声質であることから、声をかけてきたのがミカだと分かった。
彼女は断りなくアルフレッドの横に並び、背伸びして柵から顔をのぞかせている。
「見飽きている?アルはこの国出身なの?ここらで赤毛って珍しいから、てっきり外国の出自だと」
「育ちはこの街だが、出生は知らねえ。生憎、孤児なんでな」
気まずそうに視線を外すミカのことは、気にもならなかった。
アルフレッドには自身の過去よりも、気になっていることがあった。
「……そんなことよりも、その呼び方のほうが気になっているんだが?その呼び方はなんだ?」
「なにって、アルフレッドだと長いし呼ぶの大変でしょ?」
アルフレッド――否、アルの威圧的な態度に対して、ミカは人懐っこい笑みを浮かべていた。
今朝の大立ち回りも、先ほどの権力を軽視した態度も見ているはずの彼女は、普通な態度をアルフレッドにも向けていた。
その人懐っこさは天性の者か、打算的なものなのかアルフレッドはまだ図りかねていた。
肩にも届かない小柄な彼女に初めて目を向けた。長身のアルフレッドの横に並ぶと、大人と子供にしか見えない。
「それで、何の用だ?明日は明朝から出発だぞ。子供は早く寝た方がいいんじゃないか?」
「これから旅を共にする仲間だっていうのに、随分意地悪な言い方だね。それが素なのかい?」
彼女からの心証など、興味がないから無視した。
本心では、彼女の同行など認めてない。
確かに、征界船の操作はミカにしかできないのだろうが、操作の仕方など見て盗めばいい話だ。
覚えてしまえば、あとは用済みだ。適当な街で捨ててしまえばいいとすら考えていた。
「まあ、いいや。君に聞きたいのはそんなことじゃなくて」
アルフレッドの内心なんか知る由もないミカは明るい声で話を続けていく。
「君が目指すものを聞かせて欲しいんだ。君自身は、ヨルムンガンドの討伐を行うにあたってどういう手段を持っているの?君が誇る拳や剣が、ヨルムンガンド討伐に役立つとは思えないのだけど」
「さあな、ある程度の目星は付けているが、確証はまだないな。これと言って手がないって意味では、俺もあの王様の同類かもな」
苦虫を嚙み潰したような顔で、アルフレッドは独白した。
初めて目が合った。幼さは残るが知性を感じる目をしている。
「言葉を返すが、お前こそなにか手立てがあるのか?」
「ふふん、ボクにはこの腕があるからね。ヨルムンガンドだろうが何だろうが、殺しちゃう兵器を作ってみせるさ」
アルフレッドが知らない知識や技術があるのかもしれないが、ミカの小さく細い腕は頼りなく見えた。
「はっ、お前が作る玩具だって、まだ役立つかわかんねえだろ」
「ボクたち二人とも、王様のことを馬鹿にできないかもね。でも!それでも!ボクは、心の底から本気なんだ。四六時中考え煮つめて、いつか必要になるかもしれない技を必死に磨いている。思い付きだけで夢を語るあいつらと一緒にされたくない」
「……ああ、そうかもな」
静寂が辺りを包んだ。
「嬉しかったんだ」
沈黙に耐えかねたのはミカだった。予想から少し外れた切り口だった。アルフレッドは少し驚いていた。
「君だけだよ、本気でヨルムンガンドを倒そうとしていたのは。今日集まっていた他の戦士たちは、きっと誰一人としてあの蛇を倒したいとも、まして本気で倒せるとも考えていなかった。好奇心や、軽い冒険心で集まった奴らばかりだった」
今日の出来事を思い出しても、大会で勝ち抜こうとするものは多くいたが、その先にあるヨルムンガンドの討伐を目指している者はいなかった。
「とっくに分かっているだろうけど、王様もそうだよ。自分で企画しておきながら、肝心のところは他人任せ。聞いた?君がこうして集まった、だってさ。これからの方針を聞いたのに、他人のおかげで成り立った結果を述べやがった」
怒りが収まらないのか、落胆が強かったのか荒い言葉がなおも紡がれる。
「結局、あいつは何も考えていないんだよ。ただ単に、自分の妄想に酔っているだけさ。貴族の連中も、ただ王様の我儘に従っているだけ」
何かを思い出すように、星空を仰いでいた。
彼女が思い返しているのは、船を造っているときだろうか、はたまたもっと前か。
「本気でヨルムン度を倒したいと思っている奴は一人たりとも、この国には居ないんだ。正直、がっかりした。ボクが心血注いで作り上げた船は、こんな腑抜け共を乗せるための物じゃないって」
漏れ出た本心はそれこそ、血を吐き出すかのように苦々しく重苦しかった。
「だからこそ、君には期待しているし、もし期待を裏切るようなら君のほうこそ船から引きずり下ろすからね」
ミカは、見た目にはそぐわぬ啖呵を切ってみせた。アルフレッド相手に、素手で百人以上の戦士を再起不能にして見せた怪物に一歩も引くことなく啖呵を切ってみせたのだ。




