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004

御前試合はアルフレッドの圧勝という、だれも予想していなかった結果に終わった。

例え望まぬ結果であったとしても、勝者を称えるのが主催者の務めであり、見栄を張ることにかけては一級品であるヒルハルドにとって開かない選択肢は無かった。


だが、そこで一つ問題が浮上した。勝者であるアルフレッドの恰好だ。

ヒルハルドはアルフレッドの装いを、頑として受け入れられなかった。王ではなくとも、世間一般的に受け入れられないだろうが。

王宮で社交の場に相応しい服装を、新しく用意することで落ち着いた。

動きづらさを理由に、用意された服を悉く却下するという一悶着もあったが、使用人たちの奮闘により何とか夜の謁見までこぎつけられた。


「よく来てくれた。不世出の英雄、アルフレッドよ。余こそがラス王国5代目国王ヒルハルド・オーウェン・ラスである」


相対するアルフレッドは、腕を組んで仁王立ちだ。


「王様、あんたに一個聞きたいことがあるんだが」


「き、貴様ッ」


忠誠はおろか礼儀すら見せないアルフレッドに対して、激昂したのは王の傍らに控える近衛兵たちだった。

主君の名誉を守らんとする近衛兵の行いは正しい。


「よ、よい。よいとも、他ならぬ勇士たるアルフレッドであれば多少の不敬は許そう」


だが、他ならぬヒルハルドがそれを望まなかった。彼の心にあるのは恐怖心だった。

100人余りの戦士たちを、素手で一方的に痛めつけた存在が人間だと思えなかった。目の前に立っているのは、人の形をした怪物なのだ。


「それで、何を聞きたいのだ」


()()


言葉少なげではあるが、嘘偽りを認めぬ迫力があった。気づかぬうちにヒルハルドの喉は、ごくりと音を鳴らしていた。


「5代目国王ヒルハルド。お前は本気で、ヨルムンガンドを倒せると思ってこのふざけた計画を立てたのか」


「当然だ!かのヨルムンガンドを倒すことは確かに、余を以てしても絶対の自信はなかった。だがどうだ、実際にこうしてお主のような英雄が集まった。他ならぬ貴君の存在が、余は間違っていなかった証明となるだろう」


「……聞き方を変えようか。ヨルムンガンドを倒すことに対して、具体的なプランはあったのか?」


「だ、だから、言っておるだろう、お前が来たと!」


確かに結果として、アルフレッドはこの場にいる。

だがそれは、アルフレッドが自分の意志でこの大会に参加したからであって、ヒルハルドにとって完全に偶然でしかなかない。

偶然の出来事を、具体的なプランとして挙げる

アルフレッドは一つの結論を導き出していた。


(ああ。こいつ、バカなんだ)


「そうか。こっちは征界船さえ貰えりゃ、文句はねえよ」


「う、うむ。お主が納得したならよい。ああ、そうだ。征界船に関して、余から紹介したい者がおる。ミカよ、こっちに来るがいい」


手招きされて前に出てきたのは少女だった。

短く切りそろえられたクリーム色の髪をした少女は、柔和な印象を与えた。悪く言えば、貴族らしからぬ垢ぬけない印象だ。


「こいつは?」


「彼女は、ミカ・ニュクス。余の命により『征界船』を作り上げた若き天才だ」


「は?」


聞き間違いだと思った。

征界船。

それは、馬車や帆船に代わる輸送手段として、ここ数年注目されだした大型の魔導具のことだ。

まだ普及しているとは言いがたく、技術力の高い大国でも一、二隻持っているかどうか。

広く流通していない理由は簡単、値段が高いのだ。最新の技術をふんだんに用いて作られる征界船は、通常の大型船よりもはるかにコストがかかる。


小国でしかないこの国が、一から作れるとは予想していなかった。

征界船を用意したというのもおおよそ、大国から中古の征界船を買い上げたとかそういうオチだろうと考えていた。

予想を裏切るように一から作り上げたと、ましてや子供が造り上げたと言われれば到底信じられなかった。


「本当にこれが?」


「こ、これ⁉」


これ扱いに憤慨した様子を見せる。


「確かに見た目は幼いが、腕は確かだ。彼女が居なければ、我が国で征界船を作り上げるのは難しかっただろう」


「『不世出の英雄』アルフレッドに『稀代の天才』ミカが揃った、天運は我らに付いている」


未だに現実を受け入れられないアルフレッドと憤慨してみせるミカを前にして、ヒルハルドだけはヨルムンガンド討伐という大それた事業を楽観視していた。


「アルフレッド、君にはミカと他の戦士たちを率いて、かのヨルムンガンド(巨悪)を討ち取ってほしい」


「はぁ?何言ってんだ。他の奴らを船に乗せるわけないだろ、始めから俺だけでここを発つつもりだ。ミカって言ったか?俺に征界船の操縦を教えろ。それで、てめえの仕事は終いだ」


聞き捨てならない発言に対して、傍で聞いていた貴族たちから反発が出てきた。


「何を馬鹿なことをっ!貴様が負傷させた戦士たちをどうするのかと思えば、連れて行かないだとっ。ふざけるのも大概にするのだ」


「ふざけちゃいねーさ。至極真っ当なこと言っているつもりだ。そもそも、俺らの目的はなんだ?街一つ容易くひき潰しちまう、あのヨルムンガンドの討伐だぞ?人間の俺にかすり傷一つ付けられねえ雑魚を連れて行って、一体何の役に立つんだ?」


「だがっ、お主だけの力だけで打ち取れるものでもない」


「違いないな。()()()、道中で足手まといにならない仲間を集める。どっちにしろヨルムンガンドの居場所を探すために、世界中を回るんだ。その途中で、俺に並ぶ英雄を集めたほうが効率的だろう?」


貴族たちも、数を集めた所で役に立たないことに気が付いている。今朝、実例を目のあたりにしたばかりだ。


「だが、動力の問題もある!征界船の動力源は魔力だ。魔法使いを乗せ、定期的に魔力を補充しなければ隣町に行くことすら出来ないぞ」


貴族たちが征界船に乗せることにこだわっているのは、集めた戦士の処遇に困るからだ。船に乗せて送り出してしまのが、最も手っ取り早く楽である。

ヨルムンガンドの討伐などどうでもよかったが、王の気まぐれの後始末をするのはまっぴら御免だった。


「……チッ」


保身からの発言だったが、アルフレッドを言葉に詰まらせることはできた。闘気を主体に戦う戦士には、魔力や魔法といった技術とは無縁だった。

したり顔の貴族は王に結論を仰ごうとしたが、助け舟が意外なところから出された。


「それは、問題ないね。ボクが作った征界船なら、半月くらいは今の補填量でも十分走れるよ。勿論、征界船は永久機関ってわけじゃないからね。どこかで魔力を補充しないといけないけど、隣町ぐらいなら全然余裕だよ」


それを語るのは、設計から征界船の心臓部である動力源の作製まで成し遂げたミカだった。


「馬鹿な、征界船というものはそこまで燃費のいいものではないはずだ。リンドブルム(竜交国家)製であっても、二、三日走るのが精一杯だと聞くぞ」


あの質量を動かし続けられるのか、貴族たちは現物の大きさを見知っているからこそ信じられなかった。


「あの船はボクの自信作だよ。そこら辺の『普通の』征界船と、一緒にしないでほしいな」


自信満々に、ミカは華奢な胸を張ってみせる。


「アルフレッド!ボクは付いていくからね。そういう契約なんだ、船を造る代わりに旅への同行を認める。それが征界船を作るにあたって、ボクと王様が交わした契約内容さ。もし、同行を認めないなら、契約不履行から船を引き渡すことは出来ない」


「なにより、ボクなしで『征界船』をメンテナンス(維持)できないと思うよ。魔力の確保は君が言う通り、旅路の中でなんとかなるかもしれないけど、メンテナンス要員まで見つけられる?」


「……分かった。明日、俺とミカの二人で発つ。他の搭乗は一切認めねえし、異論も認めない」


呆気にとられていた。

ヨルムンガンドという存在は絶対だ。何せ、両親祖父母、この国が誕生するずっと前から生き続けている存在だ。

裏を返せば、今日に至るまでの千年間誰も殺せていないのだ。

そんな不敗の伝説に、立った二人で挑むなんて。正直に言うと、殺すこと自体が成し遂げられるとは思っていない。


「諸君、何を呆けておる。『不世出の英雄』アルフレッドに『稀代の天才』ミカが揃うのだ、心強いことこの上ないではないか。アルフレッドの言ったことも、もっともだ」


王の言葉に安堵したのは、事態を呑み込めていない婦女子たちだけだった。


アルフレッドからしてみれば、役立たずを集めた張本人が何を言っているんだ。

アルフレッドの強者しか連れて行かないという言い分を支持するなら、最初から名だたる強者にのみ声をかけていればよかった。

アルフレッドからしてみれば、ヒルハルドという人物は調子のいいことを言うだけの愚物にしか見えなかった。


貴族たちからしてみても、安くない予算をつぎ込んで作り上げた征界船をたった二人に明け渡すなど、狂気の沙汰ではない。


ヒルハルドは、ただ一人だけが気づけない。

心の底から、何もかもが上手くいくと信じている。

もっとも、気づけるだけの能力があったのなら、血税を使ってヨルムンガンドを倒そうなど無謀な考えは持たなかっただろうが。


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