003
週1ペースなら続けていけそうです。
毎週月曜7時に更新していこうと思います。
周囲の戦士たちがアルフレッドの凶行に反応を見せるよりも、次の犠牲者が出る方が速かった。
一息つく間もなく、アルフレッドの長身が崩れ落ちていく戦士の横を走り抜けていき、地を這う様な低姿勢から放たれた回し蹴りが次なる標的――騎士の顎を撃ち抜く。
碌な反応も取れずまともに蹴りを受けた結果、ひしゃげた顎当てが装着者と共に宙を舞っていった。
隣りにいた軽戦士が、事態を飲み込めないまま剣を鞘から抜き放とうとするが、アルフレッドはそれを許さない。剣に伸ばされた軽戦士の腕を下から掴み引きずり倒し、当の本人は相手を引っ張った反力を利用して体を起こしてみせた。
最後は、倒れこんだ軽戦士の頭部を踏みつけ、容赦なく意識を刈り取る。
王の軽はずみな発言からわずか数秒で、早くも三人が脱落した。
会場は広く、この場にいる全員がこの凶行を目にしていたわけではない。
だが、この場に集まったのは冒険者や騎士といった、日々戦いに身を置いていた者たちだ。何が起きたか目にしていなくとも、会場に漂う空気から事態を察していた。すなわち、『行儀の悪い誰かが開戦の合図を待たずに始めたのだろう』、と。
事態を察すると共に、『どうせすぐに誰かが片を付けるだろう』と考えていた。
当然だ。どこの世界も出る釘は打たれるものなのだから。
――だがしかし、その想定はあまりにも甘すぎる。
「シィアァッ」
「たああっ」
示し合わせたわけでもなく、老槍兵と若い剣士が一斉に仕掛けてきていた。
アルフレッドの実力を目の当たりにし、その場にいる誰もが敵わないことを悟っていた。個人技で敵わないのなら、数で押しつぶせばいい。
必然的に、全員の狙いはアルフレッドに向く。
「くはっ」
多対一の不利な状況にもかかわらず、アルフレッドの口からは笑い声がこぼれており愉悦の色が隠せていない。
強者を自負するアルフレッドは、数に頼る戦法を決して否定しない。勿論、並んで向かって来る戦士たちも正面から受けて立つ気だ。
突き出された穂先は避け、柄を掴んで止めてみせる。片手で掴まれた槍は微動だにせず、押すことも引くことも出来ないでいた。
年老いたとはいえ鍛え抜かれた腕力を、片腕で押さえつけている現実が老槍兵を驚愕させる。
老槍兵の止められたのに対して、若き剣士の剣はアルフレッドの首筋に命中していた。
「なっ、んで」
だが、驚きの声を上げたのはアルフレッドではなく、剣を振るった若き剣士の方だった。
剣は確かに首筋に当たっているはずなのに、血が一滴も流れていない。
それどころか、研がれているはずの刃は皮膚に食い込んですらいない。
未熟な剣士は気づけない。陽炎のようなナニかに阻まれて、刃は薄皮一枚の厚さで肌に触れていない。
そして、彼が気づくまで待ってあげるほど、アルフレッドの気は長くはなかった。
首に当てられた剣を気にすることなく、横なぎに振りぬかれた拳は彼の顎を捉え吹き飛ばす。
槍兵は理解できていた、若き剣士の剣が首を落とせていないのは『闘気』による防御ゆえだと。
もう一つ理解できたことがあった。己の実力では、目の前の怪物には決して敵わないことが。
槍兵自身も『闘気』で腕力を補強して槍を突いているはずなのに、むしろ押し込まれている。
そして、その拮抗も一瞬だけだった。
両腕で突き出された槍は片腕で掴まれ、あろうことか突き返される。
膂力の差によってねじ込まれる石突きは、槍兵の鎧を砕きながら肉と骨を殴打していく。
圧倒的暴力の前に、また一人敗れていく。
「――楔である。此は槍であり、誉れである。汝、」
今大会でも上位の実力者を降しても慢心することなく、アルフレッドの耳は背後で唱えられる詠唱を聞き取っていた。
この世界において、『闘気』による戦闘技術だけが暴力の術ではない。
この世界の言葉には、感情や考えを伝達する以外にも、別の力がある。
この世界には、言葉を祝詞に魔力を糧とし、奇跡を具象化させる技術――「魔法」がある。
肉と骨を砕かれ苦痛に見開かれた槍兵の黒目に、アルフレッドの背後が反射している。
水面に映るが如く朧げな鏡像であっても、アルフレッドの並外れた動体視力は正しく背後の状況を見極めてみせる。
槍兵の腰から抜き取った短剣を振り返ることなく、目に映る鏡像を頼りに投擲した。
「ぐっ」
魔法の詠唱を遮って、喉奥から詰まった悲鳴が洩れている。
他人の目に反射した景色をあてに短剣を投げるという離れ業でありながら、当然のように魔法使いの腹部には短剣が深く突き刺さっている。
激痛に思考がかき乱されるとともに、魔法使い頭上に煌く大火が掻き消えていく。
それ以上、倒れていった者たちを気にかけることなく、アルフレッドは次の敵に向かっていった。
「強さ」とは、何なのだろうか。
何を指して、何を持つ者を「強者」と呼ぶに値するのだろうか。
もし、「闘気」を極めることが「強さ」の神髄であるなら、「《崖城たる》アイゼンメイデン」が半身を崩してヨルムンガンドを退けることは出来なかった。
もし、「魔法」を使えることが「強さ」を示すのならば、摩訶不思議な「魔法」の中でもさらに異様な「ヨハンの魔法書」を世に生み出した「《大魔導士》ヨハン」が、人知れず歴史から姿を消すことは無かっただろう。
もし、「闘気」でも「魔法」でもなく、培った「技術」こそが「強さ」を謳うに相応しいのなら、運命そのものであり世界が敷くルールである『律』を身に宿す「《英雄》ラクロス」が覇を謳われることは無いだろう。
「強さ」とは、一見単純のようでありながらその実、複雑なのだ。何か一つを極めればいいわけではないと、伝説たちが否定してくる。
ならば、「強さ」とは何を以てして裏付けられるものなのだろうか。
未だ足を止めることなく蹂躙を続けるアルフレッドは、その答えを持っていた。
「全て」だ。
「魔法」も「闘気」も才能も、技術も知恵も戦略も、武器すらも、強さに由来するありとあらゆるものを重ね、集める。
そうして、初めて「強さ」とは成り立つのだ。
「闘気」も「魔法」も「技術」も「戦略」も、アルフレッドはその全てを「肯定」する。
ならば、「肯定」することは仕方がないと受け入れることなのだろうか。
相手の方が、力強いから、魔法が使えるから、達者だから、不利だから、それが理由なら仕方ないと敗北を受け入れられるだろうか。
否、である。
アルフレッドは「肯定」したうえで、その全てを踏みにじれるように研鑽を積んだ。
倒れ伏していく彼らとアルフレッドの違いを一つ上げるとしたら、それは諦めることができたか。
「くはっ、くはははは」
まるで良いことがあったようなさっぱりとした笑いが、闘技場に木霊していた。
結局、今日集まった百の戦士・冒険者の中にアルフレッドを止めれる者はいなかった。倒れ伏した戦士・冒険者の中心で、アルフレッドはただ一人哄笑している。
観客は心の底から愉快そうに笑うアルフレッドを、信じがたいものを見るかのように呆然と見ていた。
この舞台を用意した王も、参加した者たちも、観客も、誰一人として考えていなかったのだ。本物の英傑が、この大舞台の何もかもを台無しにしてしまうなど、と。
この場にいる全員が、アルフレッドがなぜ笑っているかを理解できていなかった。
アルフレッドは自身が善良であるとは思っていないが、弱い者いじめをして喜ぶほど性根が腐っているとも思っていない。
彼の興味は倒れ伏す者たちには向いていなかった、彼が楽しみにしているのはこれからだ。
誰一人倒れ伏し、決着はついたのに何を楽しみにしているのか。
大会が終わって楽しみにするものなど一つしかない。
当然、報酬だ。
「俺がァ、船を貰うぞ。文句、無えよな?」
玩具を貰った子供のような嬉しそうな声が、静寂に支配された闘技場に響く。
与えられた苦痛によって這いつくばるしかない戦士たち、彼らを集めた張本人である国王も、遠巻きに見ているだけの観客も皆一様に口を噤んでいる。
一度も剣を抜くことなく、百の戦士・冒険者を降した剣士に、異論など挟めるわけがなかった。
本作の世界では、魔法は詠唱して放ちます。
一方、魔法陣は道具に魔法を込めるときに使うもので、魔法を打つときには不要なものです。
作中に出てきた魔法は、着弾後に内部の炎を炸裂させる対巨獣向けの殺傷性が高い魔法だったりします。
「其は火であり、楔である。此は槍であり、誉れである。汝、在りし日の憎悪を顧みよ。新説:深紅の槍」




