010
アルゴナウタイの一室。幸い、この船は50人以上を乗せるつもりで作ってある。空き部屋は余りに余っている。
その一室のベッドの上に、拾われた女性が寝かされていた。
「じゃあ、ミカ。早速、こいつを脱がすから手伝ってくれ」
「……本性を現したね」
当然のように女性の服に手をかけているアルフレッドと、静止するミカ。二人の認識には、齟齬があるようだった。
「待て、待て、勘違いするな。別にゲスな思惑で脱がそうとしているわけじゃない。倒れていた理由を探るためだよ。元気な奴が倒れている訳無えだろう?怪我なら処置を、病気なら隔離をする必要がでてくるからな」
外套の袖から腕を引き抜いている。本当に、服を脱がすつもりのようだ。
「それに、得体のしれない奴を乗せるんだ。武器を所持していないかは確認するべきだろう」
「ふーん。スラスラと言い訳が出てきたけど、事前に考えてたの?」
同性であるからか、ミカは未だ意識を失っている彼女に警戒心を持ち合わせていなかった。
対してアルフレッドは、最大限の警戒心を持ち合わせていた。
「いい訳じゃねえって」
だから、苦笑しながらも一切手を止める気はなかった。
女に向ける眼差しに下卑た感情は無く、終始警戒心なのを確認したミカは、やっとアルフレッドを信じる気になれた。
アルフレッドが脱がした外套を、しぶしぶ受け取った。
ボロボロの外套の中には、薄手の服装が着られていた。
危惧していた武器の類は、一つも無かった。杖を持っていないから、魔法使いでもないのかもしれない。
次いで、怪我の有無を確認するため、変哲もない服に手をかけた。中に来ている服は街娘が着るような、丈夫さも動きやすさもない質素なワンピースだ。
裾を捲ると、透き通るような白い足が露わになった。
ミカに宣言した通り、やましい気持ちが微塵もないアルフレッドだったが多少の後ろめたさは感じていた。
だが、僅かに感じたその後ろめたさは、すぐに霧散することとなった。
「か、顔に似合わず凄いね」
下腹部から太ももにかけて、派手な刺青が施されていた。
透き通るような白い肌に黒い刺青は目立つ、同性であるミカからしても背徳的に映った。
「……そうだな」
アルフレッドの返答には、興奮や緊張とはニュアンスが異なるこわばりがあったが、刺青に見惚れるミカは気付いていなかった。
「水瓶から鎖を注いでいる様子と、これはねじれた定規か?」
「そう、だね。変わった刺青だね?」
描かれているのは、随分独特な刺青だ。
胸のあたりまで捲り上げたが、外傷は無く病気らしい様子もない。二人とも医学に精通しているわけではないため、確実とは言えないが体に問題は無さそうだった。
「もういい時間だね、僕が晩ご飯を作ってこようかな」
「お前が作るのか?」
「ずっと、任せっきりにしてたからね。今日は僕が腕を振るおうかなって」
「その方がいいか。俺は、こいつを見ておくよ」
得体が知れない人物を、非戦闘要員のミカと二人きりにするのは得策ではない。相手が何者だろうと、自分なら制圧できる確固たる自信があった。
アルフレッドとしては、安全を加味した行動指針だったが、ミカにはそう映らなかったようだ。
「変なことする気でしょ。やっぱり、ご飯の支度は君に任せようかな」
「そこまで疑われるのは、さすがに気分が悪いんだが」
「ごめんごめん、冗談だよ。この子も起きたときに誰もいないと困るだろうし、見ておいてあげて。ご飯が出来たら呼びに来るね」
ミカが出ていったことで、落ち着いて考えを巡らせることが出来た。ミカが邪魔というわけではないが一人の時の方が、考えごとが捗るのは仕方がないだろう。
今、アルフレッドを悩ませている疑念は二つあった。
一つは、この白髪の女の旅装だ。
交通量の少ない世界だからこそ、誰かに助けてもらえることは期待できない。だから、旅人や商人は念入りに準備をして都市を出るのだ。
服以外持ち物を持たない彼女は、定石から外れている。
そんな格好で、どこに行こうとして、何故あそこに一人で倒れていたかだ。
厄介ごとの予感がした。
経緯や理由も不可解だが、それよりも理解に苦しむのはあの刺青のことだった。アルフレッドは魔法に特別詳しい訳では無いが、一般常識に照らし合わせてみても、何故『アレ』が――
「……んぅ」
思考の海からアルフレッドを呼び覚ましたのは、自身以外の声。
「んー。ここ、どこ」
眠そうに開けられた目は、天井に向けられていた。名前も知らない彼女は、状況を理解しようと端麗な顔を横に倒して、アルフレッドと目が合った。
椅子に座ったまま――ただし、いつでも動けるように浅く腰を掛けて、相手を刺激しないように落ち着いて声をかけた。
「ここはアルゴナウタイの一室だ」
相手が何者だろうと制圧できる自信はあるが、ここがアルフレッド達にとって大事なアルゴナウタイの中である以上、戦闘は出来るだけ避けたい。
「っつ、誰⁉」
声を掛けられたことで、急速に意識が覚醒したのか慌てるように問いかけてきた。
「アルフレッド。一応、倒れていたお前を助けてやった、命の恩人だよ」
「……そう」
感謝は無いのか、と内心で突っ込む。整った見た目も相まって、常識離れした印象が強まる。
上半身を起こした。
「それで、アルゴナウタイって何よ?」
「アルゴナウタイは、俺たちが乗ってる征界船のことだ」
「征界船?」
征界船を知らないのは仕方がない。
「足の生えた船だよ」
「足?信じられないんだけど」
「夜が明けたら、見せてやるよ。それより、こっちも聞きたいことがあるだがいいか?」
明確な返答は無く沈黙だけ返ってくるが、構わず問いかけた。
「名前は?」
答えは返ってこない。
「お前の名前は?」
語気を強めて、再度問い質す。
答える気がないという意思表示なのか、目を見つめると、ふいっと逸らされた。
「答えられないなら別の質問だ、お前は一体全体どこから来てどこに向かうつもりだったんだ?」
「……」
「これにも、だんまりか」
相手を刺激しないように気を付けていたが、ここまで無回答だと流石に苛立ちが募ってきていた。
それことを察してか、否か。
「ぐうぅぅぅ」
布団の中から腹の虫がなった。澄ました顔をしているが、椅子に腰かけるアルフレッドとベッドで寝ている彼女どちらの腹かは言うまい。
「はっ、気がそがれたな。ちょうど、仲間が飯作っているところだ。先に、飯でも食うか?」
「食べる」
始めてアルフレッドの問いに対して答えがあった。それも即答だった。
「質問に答えないと、食せないと言ったら?」
「嫌。今すぐ食べたい」
「はあ、食欲に正直なのはいいけどさ、名前ぐらい聞かせろよ。名前も知らない奴に飯食わせるのは、誰だって嫌だろ?」
「……………………ラプラス」




