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《誰も知らないとある秘境》


辺りには、地響きが轟いていた。

台地が裂けるような、山が砕けるような、世界が終わるような轟音。

直接目にしなくても、轟音に全身が揺さぶられるだけで、常軌を逸した破壊が起きていると想像するのは容易い。

楽園のような自然に満ちた環境でありながら、川のせせらぎも鳥の囀りももはや聞こえてくることはなかった。

本来聞こえるはずの音は全て、『それ』が奏でる破壊音に塗りつぶされてしまっている。


『それ』がただ前へ進むだけで、山の一部が簡単に崩れていく。

大きさも種類も関係なく、ありとあらゆる植物が『それ』の揺れ動く巨体によって押しつぶされていく。

鳥も動物も足があるものは皆、とっくの昔に『それ』から逃げ出していた。

皮肉なことに、『それ』と()()()手も足も羽もない植物だけが、『それ』の悪意なき行進の犠牲となっている。


手足はおろか凹凸の一つもない『それ』の流線型の体形は、どんなに深い谷だろうが険しい山だろうが一切の関係なく、いとも容易く掻きわけて進んでしまう。

どんな峡谷も巨峰も、『それ』が持つ()に傷をつけることは叶わず、むしろ(やすり)にかけられたかように削りとられていく。


これまでも、きっとこれからも、世界の何も、誰も、雄大な自然でですらも、『それ』を止める障害にはなりえないだろう。


――曰く、『それ』は蛇である。

世界を七周して余りある巨躯を持つその蛇は、街を挽き、河を書き換え、山を均してなお止まることを知らない。

決して止まらぬ進撃は、千年をかけて星の半分を挽き潰した。

災厄の化身。

破壊の権化。

災禍の蛇。

――曰く、その名を『世界蛇(ヨルムンガンド)』と云う。






《ラス王国王都、国家闘技場前》


あいにくの晴天。

容赦のないお天道様の下で朝から、ひっきりなしに紙面の上にペンを走らせていた。年を重ねた体にこの暑さはしんどいが、今日だけの仕事だからと受け入れた。

そして、その日最後になる大会参加者の記録。

終わりが見えたら嬉しさがこみ上げてきそうなものだが、今の心情は真逆だった。

最後の最後に無駄な仕事が増えることに、苛立ちが湧いていた。

大会への参加記録を残すのが無駄だと思える――すなわち、勝ち目のなさそうな青年に時間を割くのが億劫でたまらない。


「アルフレッド・アンダーブラッド、男、19才。それで、間違いないねっ?」


今しがた羊皮紙の名簿に書き込んだ内容を口にし、目の前の青年に同意を求める。

思わず、口調に苛立ちが表れてしまうが、それに対して羞恥心などは感じなかった。やはり、早くこの無駄な作業を終えたい気持ちが心を占めている。


「ああ」


言葉少なげな青年――アルフレッドの身なりは、お世辞にも上等とは言えなかった。

後ろで乱雑にまとめられた赤髪は脂っこく、何日も手入れをされていないのが丸分かりだ。

全身を覆う外套は、さらに酷い。どのような扱いをすればそうなるのか、端々が擦り切れており襤褸切れも同然の有様だ。


「職業は?」


「剣士」


アルフレッドの腰にはこれまた小汚い柄が携えられているのが、外套の隙間から見えた。


「剣士、ね。やっぱり剣士が多いわねえ」


「はっ、見る目がねえな。俺を他の有象無象どもと一緒にすんじゃねえ」


それまで簡単な返答しか返してこなかった目の前の青年だったが、なにが琴線に触れたのかいきなり食って掛かってきた。更には、目に侮蔑の色を籠もってすらいる。

急変した彼の態度に少し唖然としたが、すぐに呆れが勝った。浮浪者のような彼の姿を見て、侮らないほうが変である。


「そうかい。あたしは、朝から参加者全員を登録してきたけどもさ。魔法使いも戦士も騎士様も皆、あんたなんかよりもずっと強そうだったよ」


脳裏には、今日この日のために集った強者たちの顔が浮かんでいた。華奢な魔法使いだって、修羅場を乗り超えてきた風格があった。

どう考えたって、非常識なのはこの小汚い若者の方だ。


「まあ、精々怪我しないように気をつけなよ」


これ以上時間を費やされることに嫌気がさし、さっさと去れと言わんばかりに手を振った。

幸い、開会の時間ももうすぐだ。

誰が正しいかはすぐに証明されるだろうと、仄暗い優越感が無意識のうちに腹の底で渦巻いていた。




会場へ続く廊下を進みながら、アルフレッドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

この羊皮紙に書かれた内容こそがアルフレッドがここまで来た理由であり、他の人間が集まっている理由でもある。


『集え、強者(つわもの)。征界王ヒルハルド国王の栄光の下、災禍の蛇「ヨルムンガンド」を討ち滅ぼし世界を救わん』


遠路はるばる足を運んでおきながら、アルフレッドの心中にあるのは侮蔑だ。

掲げた志は大層立派なものだが、それを実現できるとは到底思えなかった。大層な目標を掲げるには、この国は矮小すぎる。

誰も本気にしないような無謀な試みだ。

アルフレッド自身も、最初は見向きもしていなかった。


だが、信頼できる情報筋からある情報がもたらされたことで、このバカ騒ぎに乗じる理由が出来てしまった。

かくしてアルフレッドは、半年かかる旅路を二月で強行突破してきて今に至る。


ここまでの道のりに思いはせながら歩き続けていると、闘技場に続く長い回廊にも終わりが見えてきた。

強い日差しを遮るように手で顔の半分を覆う。

明るさに目がくらんだのは一瞬のこと、すぐ明るさに目が慣れてきた。


そこには、想像していたよりも大規模な円形闘技場が広がっていた。

この催しのために新たに建造された闘技場と聞いていた割に、半端なレリーフや不揃いな観客席、要所に拙さが見て取れる。

そのくせ、貴賓席には色とりどりの旗が飾られている。

見栄と虚勢に彩られた闘技場。

それでも、この闘技場には、多くの人間が押し寄せていた。

舞台には百近くの戦士や、魔法使い、中には騎士らしき者までいた。

貴賓席には多くの上流階級が、舞台の様子など見えないぐらい離れた一般席にも多くの市民が所狭しとすし詰め状態だ。


観客が多くて嬉しいかと聞かれると、答えは「今この場に立つまでは嬉しいだろうと思っていた」だ。

今、失望している。

押し寄せている観客たち、その眼差しに。


彼らの目には、伝説を目の当たりにする興奮もなければ、生きとし生ける生物全てを苦しめてきた「ヨルムンガンド」を倒してくれることを期待している様子もない。

彼らが期待しているのは、百を超える冒険者や傭兵たちが血を流して、如何に自分たちを楽しませてくれるかどうか。

英雄の誕生を期待しているわけではなく、この場にはただ娯楽を見に来ているにすぎない。


いくら主催者が()()()()()を謳っていようが、経済状況も悪く娯楽が少ないこの国では、所詮好奇の対象でしかないのだろう。

仕方がないことだとしても、()()()()()が衆目環視の元で娯楽として消費されるのを目のあたりにすると心が荒んでいくのが自覚できた。


「ちっ」


無意識のうちに、舌打ちが口を突いて出てきていた。

頭の痛いことに、アルフレッドの期待を裏切ったのは観客だけではなかった。

アルフレッドの勝手な失望は、眼前の戦士たちに対しても向けられていた。


――集え、強者。

その言葉どおり闘技場には、風格ある者が一堂に集っていた。頑強な鎧を纏った戦士、思慮深き魔法使い、隙のない弓兵。

ある者は周囲を威嚇するように己を誇示し、またある者は脅威となるものを探すようにせわしなく視線を這わせている。

その場にいる誰もが、他者を・出し抜くため・に必死になっている。


一切の策を(ろう)すなとは言わないが、「出し抜く」という行いは本来、弱者が強者を下すために尽くすべき知略であって、強者が受けて立つべきものである。


あろうことか強者を自負するものが、「ヨルムンガンド」を倒すという千年の間、誰も成し遂げられなかった悲願を成そうとしている者が、そんなちんけな真似をしているのは滑稽を通り越して唾棄すべき醜態だとしか思えなかった。


「はあ」


観客にも戦士にも、なによりこの大会そのものに心の底から落胆していた。

この大会を知った時は見向きもしなかったが、『報酬』のことを知って、もしかして自分と同じぐらい本気な者がいるのではないか、自身の妄執に付いてこれるだけの熱意をもった者がいるのではないかと、つい期待してしまった。

喜びや期待感はとうに消え去っていた。上げて落とされた気持ちだ。


「おいお前ぇ、ここがどこか分かってんのか?」


切り詰めた空気の中でため息は目立ったのか、あるいは単にそいつの神経を逆撫でてしまったのか、軽薄な装いの戦士が食ってかかって来た。

戦士は、まるで聞き分けのない子供に聞かせるように説明しだした。


「あのな、浮浪者。今から、ここで行われるのは「ヨルムンガンド」を倒す討伐隊の選抜だぜ。ここに集まってるのは、みーんな腕に自信があって、我こそは栄光を掴むんだって息巻いている奴らなんだよ」


浮浪者と見間違うのも無理もない、観客席にだってアルフレッドほどボロボロな服を着こんだものはいなかった。


「俺が何を言いたいかっつうとな、ここは配給場所じゃねえし、ましてはお前ぇがいるような場所じゃねえんだよ。分かったらとっとと失せろ、浮浪者が」


眉を否に逆立ててすごむ戦士に、恐怖や緊張は微塵も感じなかった。

彼が言う通り、この場に居るのは己の腕に自信がある者たちだ。アルフレッド自身も、その例外ではない。

誰がどう思っていようとも、己の力量に絶対の自信があった。


故に面倒だと思いながらも、溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてやろうと振り向くと、勢いづいて絡んできていた軽薄な装いの戦士は、アルフレッドの隣で口を噤んでいた。


戦士の視線の向く先はアルフレッドではなく、その少し上。旗と花に彩られた壇上。

そこに豪奢な衣装に身を包んだ男が歩を進めている。気が付けばその場にいる誰もが、黙って視線を送っていた。

王の登壇だった。

前作が見切り発車故に、途中から全く筆が進まなくなってしまったので、今作はリベンジのつもりで頑張る所存です。

まずは、週2話投稿を目標に頑張ります。

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