S県U市の山中に出現したオブジェクト『作香中学校』について
【2025年3月29日】
本国時間21時38分45秒
木星付近で異常な磁場の乱れを観測。
乱れた磁場は太陽系を横断するように発生。
別の惑星探査機から、磁場の乱れが発生した場所に物質的変異が認められたとの報告あり。
磁場の乱れは地球にも到達。
到達地点はジャパンのS県と推測される。
――某国の惑星探査機メルディーンに搭載されたAIによる報告書
【2025年4月1日】
地元に帰るのは久しぶりだったんだけど、近くの山に学校ができてた。新しい学校かな?
――SNSに投稿された『作香中学校』についてのポスト
※我々が確認できた範囲内で一番古い『作香中学校』に関するポストである。
【2025年4月9日】
新学期が始まってしばらくたったのに、俺はずっと退屈な日々を過ごしている。
始業式から3日前の練習試合で、足の骨を折ってしまったからだ。サッカーの練習はおろか、昼休みに外へ出て遊ぶことすらできやしねえ。
だからこうして、日記を始めてみることにした。
三日坊主になる確率は95%ぐらいだろうけど、まあ、足が治るまでのちょっとした暇つぶしになればいいや。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより
※これが初めての投稿。
【2025年4月10日】
山歩きをしていたら、見たこともない学校を見つけました。これはなんていう学校でしょうか。
――SNSに投稿された『作香中学校』についての写真付きポスト
※投稿者は地元に住む高齢者。『作香中学校』の写真がポストされたのは、これが最初と思われる。
【2025年4月12日】
今日はちょっと変なことが起こった。折れた足が治ってきてるかどうか確かめるため、『T』整形外科に母さんと一緒に行ったんだけど、受付の人から初診なので問診をお願いしますと言われてしまった。
母さんは、そんなはずありませんって、『T』先生にも訴えたんだけど、なぜか、俺に関する記録がまったくないらしく、治療をした覚えもないと言われてしまった。
しかたないから、問診表をもう一度書いて、足のほうは改めて診てもらった。
母さんはずっと怒ってたけど、俺はなんだか、受付の人も『T』先生も、本気でそう言っているようにしか見えなかった。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより
【2025年4月14日】
休み明けも、変なことが続いた。『Y』に日曜日の練習試合はどうだったと聞いたんだけど、なんと相手の中学校にそんな予定は無いと言われたらしい。
仕方がないから学校に戻って練習してたってさ。
まったく、どうなってるんだろうな。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより
【2025年4月19日】
以前メルディーンから観測された磁場の乱れは、太陽系外にも影響を及ぼす大規模なものであることが判明した。
10万光年先の惑星配列にまで変化が生じているとの報告もある。
メルディーンに搭載されていた機器の性能から単なる磁場の乱れとしか観測されなかったが、もっと複雑な要因がからんだ現象の可能性が否定できない。
引き続き、綿密な調査が必要とされる。
――某国の調査報告書より一部抜粋
【2025年4月24日】
なんかな。新学期になったから周りも変わってるんだと思ってたけど、やっぱり、窓から見える街の景色が違うような気がする。特にあのデカいマンションとか、3月までなかっただろ。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより一部抜粋
【2025年4月30日】
我が調査機関は、現段階を一区切りとして、S県U市の山中に出現したオブジェクト『作香中学校』についての調査内容をまとめることにした。以下は調査内容を一部抜粋したものである。
『作香中学校』は日本にある中学校とほとんど変わりない。全校生徒は58名、各学年に1クラスの小規模な学校である。しかし、市役所に『作香中学校』は学校として登録されていなかった。
通学している生徒も、極めて普通の中学生である。部活動も行っており、男子生徒のほとんどがサッカー部に所属している。しかし、いずれの生徒も戸籍が存在せず、保護者など家族についても戸籍が確認できなかった。
『作香中学校』が出現した正確な日時は不明であるが、今年の3月末だと考えられている。現在『作香中学校』が建っている土地は、かつては何もない更地だった。『作香中学校』と同様に、周辺地域には生徒たちの家も出現しているとの報告があった。いずれの家も、不動産登記が確認できなかった。
『作香中学校』が出現するよりも過去の資料において、『作香中学校』についての情報が記されたものは、ひとつのみであった。それによると、戦後間もないころに『作香中学校』の建設予定が立っていたが、土砂崩れが発生したため、建設自体が頓挫したという。
某国において、惑星探査機が観測した磁場の乱れがちょうどS県U市を通過したとの報告があり、関連性が疑われるが、現時点では憶測の域を出ない。
以上より、『作香中学校』は何もない場所に突然現れた、存在しないはずの中学校ということになる。
この事態が収束する時期はまったく不明であるため、政府はパニックを防ぐための臨時的措置として、U市の行政機関に『作香中学校』を学校として仮登録するよう要請した。また、『作香中学校』の生徒および家族の戸籍やマイナンバーカードなども整備し、個人証明や医療機関の受診などにおいて、トラブルが発生しないように処置を行った。
なお、事態が収束するまでの間は、『作香中学校』の存在が社会に露出しないよう、極秘事項として扱うこととする。
――調査機関事務局からの中間報告書
【2025年5月7日】
ゴールデンウィークがあけて、久しぶりにみんなと会ったけど、やっぱりというか、みんな同じように感じていたんだな。
なんか、違うって。
どう違うのか詳しく言えないけど、俺たちが今まで過ごしてきた世界と、なんとなく違うような気がしてしまう。
俺もゴールデンウィーク中は父さんと一緒にドライブに連れてってもらったんだけど、前に行ったことのあったラーメン店が影も形もなくなってたし、父さんが言うには、高速道路のサービスエリアの位置もおかしいらしい。
『D』は、俺たち異世界に迷い込んだんじゃねえか、なんて言ってたけど、あまり冗談に聞こえなかった。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより
【2025年5月8日】
怪奇! 存在しないはずの中学校! 地図にも載っていない疑惑の学校、S中学校について独自調査しました! 詳しくは動画をどうぞ!
――SNSに投稿された、某有名動画配信者のポスト
※実際のポストには動画へのリンクあり。『作香中学校』が動画によって晒されたのはこれが初めてとなる。
【2025年5月9日】
ゴールデンウィークが終わってから急に、うちの中学校に訪れる人が増えたような気がする。
今日も帰るときに、自撮り棒持ったおっさんに話しかけられた。
途中でうんざりして帰ったけど、自宅の場所とか、家族とか、マイナンバーカードがあるかとか、根掘り葉掘り聞いてきやがる。
そんなに俺たちが珍しいのか?
なんかもやもやする。足もだんだん治ってきてるし、土日は久しぶりに一人で街にでも行ってみるかな。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより一部抜粋
【2025年5月9日】
惑星探査機メルディーンが観測した現象について、研究機関はこの現象の科学的説明が、現代の科学力をもってしても不可能であると断定した。
研究に参加した有識者の間では、平行世界転移現象説、次元断裂説など、様々な説が提唱されたが、いずれも明確な解明には至っていない。
この現象によって地球への影響が現れたのは、確認できる範囲ではジャパンの『作香中学校』のみである。
よって、我が国の調査結果はジャパンの行政機関に譲渡し、以降の調査研究は一切行わないことに決定した。
――某国の最終報告書より一部抜粋
【2025年5月11日】
俺は信じられないものを見てしまった。
幼馴染の『K』だ。
電車から降りた時に、ホームのベンチに座っていたんだ。
見間違いだと思ったよ。だって『K』は、俺と一緒に海水浴へ出かけた時、溺れて死んでしまったから。
でも、目の前にいるその女子はあまりにも『K』にそっくりすぎて、俺は我慢ができなかった。
恐る恐る名前を聞いてみると、彼女も『K』だと名乗った。
その話し方や仕草から、彼女は『K』だと確信した。でも『K』は俺のことをまったく覚えていないようだった。
俺は知ってることを全部話した。幼馴染だったけど、中学に入るとき『K』は街へ引っ越してしまったこと。幼稚園のころから仲が良かったこと。中学一年の時に起きた海水浴の事故のこと。そして、俺は『K』がずっと好きだったこと。
それでも、『K』は俺のことを思い出してくれなかった。でも……。
キミ、なんだか懐かしい感じがするね。
って、『K』は言ってくれた。そしてお互いに電話番号とLINEのアカウントを交換して、その場は別れることにした。
家に帰るまでの間、俺の心体はふわふわと浮ついて、妖精にでもなったような気分だった。
もしこの世界が、今までに過ごしていた世界と別だというのなら、どうかこのままであってくれ。
夢なら、どうか覚めないでくれ。
この奇跡が、どうか明日も、これからもずっと、続いていますように。
――『作香中学校』の生徒、『N』のブログより
【2025年5月13日】
スーパーコンピューターによって『作香中学校』の社会的影響をシミュレーションしたところ、『作香中学校』の存在が一般社会に知れ渡るのは、90%以上の確率で避けられないとの結果になった。
現時点でも、複数の動画配信者から『作香中学校』を題材にした動画が投稿されており、某匿名掲示板では生徒たちの名簿や住所などが違法アップロードされた事案も発生している。
また、ブログにて日記を投稿していた『作香中学校』の生徒『N』が、市内にある他校の女子生徒と親密な関係になってしまったとの報告もあった。
事態を重く見た政府の首脳陣は、この『作香中学校』を最初から存在していた学校として取り扱うことを、閣議決定した。
『作香中学校』が存在していなかった空白の期間を埋めるカバーストーリーを、『作香中学校』の校長および教職員との協力のもとで作成し、また社会との対応で齟齬が生じないよう、教職員と生徒の保護者に対して指導も行った。
通常の中学校と同じ扱いとなるが、未知の影響が隠されている可能性もあるため、監視は引き続き継続する。
加えて、『作香中学校』の関係者ならびに生徒たちについても、通常の人間と同じ扱いとなるため、今後は彼らの生活が他人に過度な干渉をされないよう、注意すべきである。ネットなどに流布している『作香中学校』のうわさやゴシップは、発見次第、適切な処置を行うことに決定した。
以上をもって、『作香中学校』関連の騒動はひとまず収束とし、我々調査機関の『作香中学校』対策本部も、本日付けで解散とする。
――調査機関事務局からの最終報告書
※※以上の資料は、2025年5月15日23時59分をもって破棄する。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
なお、本当に破棄するわけではありませんので、ご安心を。