第8話 貧民街、格差社会の仕組み
翌朝、無道は清々しい目覚めを迎えた。昨夜の夢は、まるで走馬灯のように彼の過去を映し出し、同時に異世界での使命を強く意識させた。そして、夢の中で優しく微笑み、自分を励ましてくれたセレネの姿が、脳裏に焼き付いていた。
(…セレネ様。)
無道は、まだ少し夢見心地の頭で、昨夜の夢を思い出していた。夢の中で見たセレネの笑顔が、胸の奥を温かくする。
(あんな風に、優しく微笑むんだな…。)
普段は冷静で頼りになるセレネだが、夢の中では、まるで別人のように優しく、温かかった。そのギャップに、無道は少しだけドキドキしていた。
「おはようございます、セレネ様。」
宿の食堂で合流した無道は、少しだけ意識してしまう自分を悟られないよう、平静を装い、セレネに挨拶をした。
「おはよう、無道。よく眠れたかしら?」
セレネは、いつものように優しく微笑み返したが、無道は、その笑顔に夢の残像を重ねてしまい、少しだけ顔を赤らめた。
「は、はい。よく眠れました。」
無道は、目を逸らしながら答えた。
(な、なんだ?今日の俺は…。)
無道は、平静を装いつつも、内心では動揺していた。夢のせいなのか、それとも…?
「今日はどちらへ?」
平静を装いつつ、無道は話を切り替えるように、セレネに尋ねた。
「少し、この国の現実を見てほしいの。」
セレネはそう言うと、いつものように微笑み、無道を連れて賑やかな大通りを抜け、次第に人通りの少ない路地へと足を踏み入れた。
(…やっぱり、いつものセレネ様だ。)
セレネの様子に、無道は少しだけ安堵した。しかし、同時に、夢の中のセレネとのギャップに、少しだけ寂しさを感じていた。
目の前に広がったのは、これまで見てきた王都の華やかさとは対照的な、荒廃した光景だった。ボロボロの服を着た人々、路上に転がるゴミ、そして何よりも、人々の目に宿る絶望の色。
「どうして…こんなにも差があるんだ?」
無道は、息を呑んだ。
「税金の偏り、政治の腐敗、様々な要因が重なっているわ。見ての通り、彼らは満足な教育も受けられず、日々の食料を確保するだけでも精一杯なの。」
セレネは、道端に座り込む子供にパンを与えながら、悲しい表情で説明を続けた。
「税金は、本来、国民全体の生活を支えるために使われるべきもの。しかし、ここでは、その恩恵は一部の特権階級にしか行き渡っていないの。」
「まるで、俺がいた世界みたいだ…。」
無道は、過去の記憶と目の前の光景を重ね合わせ、眉をひそめた。税金制度の不備、政治への無関心、そして広がる格差。あの時、自分は何ができたのだろうか。
「セレネ様、どうしてこんなにも貧しい人たちがいるんですか?この国は、一体どうなってるんですか?」
貧民街の光景に圧倒された無道は、セレネに問いかけた。
「無道、格差社会が生まれる理由は、一つではないわ。様々な要因が複雑に絡み合っているの。」
セレネは、落ち着いた口調で説明を始めた。
「まず、税金の偏り。この国では、富裕層が納めるべき税金が少なく、貧しい人々が多くの税金を負担しているの。例えば、日本でも、所得税の税率が低いとか、富裕層向けの税制優遇があるとか、そういう話を聞いたことがあるでしょう?それと似たようなことが、この国でも起きているのよ。」
「でも、どうして富裕層の納める税金が少ないんですか?」無道は、仕組みがわからず質問した。
「それはね、税制の仕組みに問題があるの。例えば、所得税の税率が低いとか、資産に対する税金が緩やかとか、そういう制度があるの。あとは、税制の抜け穴を利用して、合法的に税金を少なくしている場合もあるわ。それに、政治家や官僚との癒着で、富裕層に有利な税制になっていることもあるわね。」
セレネは、冷静な口調で説明したが、その瞳には、社会の不条理に対する深い悲しみが宿っていた。
「なるほど…」無道は、セレネの説明に納得したように頷いた。
「次に、政治の腐敗。政治家や官僚が私腹を肥やすために税金を不正に流用したり、特定の企業や団体に有利な政策を行ったりしているの。日本のニュースでも、政治家の汚職事件とか、企業の癒着問題とか、よく報道されているわよね?それと全く同じことが、この国でも起きているの。」
セレネは、眉をひそめ、苦々しい表情で説明した。
「特定の企業や団体に有利な政策って、例えばどんなものですか?」
無道は、難しい顔をして質問した。
「例えば、特定の企業だけに有利な補助金を出したり、特定の団体だけに有利な法律を作ったりすることよ。そうすることで、政治家や官僚は、企業や団体から賄賂を受け取ったり、選挙で有利になるように支援してもらったりするの。これも、必ずしも違法ではないけれど、政治の透明性が低い場合に起こりやすい問題ね。」
セレネは、ゆっくりと、しかし明確な言葉で説明を続けた。
「そんな…信じられない…」
無道は、セレネの説明に唖然とした。
「そして、教育の機会の不平等。貧しい家庭の子供たちは、十分な教育を受けることができず、将来の選択肢が限られてしまうの。日本でも、親の経済状況によって、子供の学力や進学率に差が出ることが問題視されているわよね?それと同じように、この国でも、貧しい家庭の子供たちは、教育を受ける機会が奪われてしまっているの。」
セレネは、子供たちを見つめ、心を痛めたような表情で説明した。
「(…教育の機会の不平等か…。俺は、勉強する意味を見つけられなかった。将来の夢もなかったし、ただ毎日をダラダラ過ごしていた。まさか、こんなところで、過去の自分を恥じることになるとはな…。)」
「さらに、雇用の不安定。貧しい人々は、不安定な雇用形態で働かざるを得ない場合が多く、十分な収入を得ることができないの。日本でも、非正規雇用が増加していて、ワーキングプアと呼ばれる人たちがいるわよね?それと全く同じように、この国でも、貧しい人々は、不安定な仕事しか見つけられず、生活が苦しくなっているの。」
セレネは、少し悲しそうな表情で言った。
「ワーキングプア?、具体的にはどんな人たちのことですか?」
聞いたことのない言葉に、無道は質問をした。
「働いても働いても貧困から抜け出せない人たちのことよ。時給が低くて生活費を稼げなかったり、不安定な雇用形態でいつ仕事がなくなるか分からなかったりする人たちがいるわ。これも、必ずしも違法ではないけれど、社会のセーフティネットが弱い場合に起こりやすい問題ね。」
「(…働いても働いても貧困から抜け出せない…、それって、昔の俺みたいじゃないか…。)」
「これらの要因が複雑に絡み合い、格差社会を生み出しているの。そして、一度格差が生まれてしまうと、それを解消するのは非常に難しい。だからこそ、私たちはこの現状を打破するために、行動を起こさなければならないの。」
セレネの説明を聞き、無道は深く頷いた。
「なるほど…色々な問題が重なり合って、こんなにも大きな格差が生まれてるんですね。俺は、この現状を絶対に許せない。何かできることはないだろうか…。」
無道は、セレネに問いかけた。その瞳には、強い決意が宿っていた。
「ええ、もちろんよ。まずは、この国の仕組みをよく知ること。そして、私たちに何ができるのか、一緒に考えていきましょう。」
セレネは、微笑みながら答えた。その表情には、無道への信頼と期待が込められていた。
「無道、あなたにできることは、まだたくさんあるわ。この世界の仕組みを知り、それを変える力を持つこと。それが、私があなたをここに連れてきた理由よ。」
セレネの言葉は、無道の胸に深く突き刺さった。過去の自分への後悔、そして異世界で果たすべき使命。無道は、拳を握りしめ、静かに決意を新たにした。
「俺は…この世界を変えたい。こんな不公平、絶対に間違っている。」
「その気持ちを忘れずに。さあ、行きましょう。この街には、まだ見るべきものがたくさんあるわ。」
二人は、貧民街の奥へと足を進めた。そこには、無道がこれまで知らなかった、異世界の現実が広がっていた。
貧民街の奥に進むにつれて、人々の表情はますます暗く、絶望の色を濃くしていった。路上に座り込む人々、物乞いをする子供たち、そして、力なく横たわる老人たち。
「…ひどい…。」
無道は、目の前の光景に言葉を失った。
「これが、この国の現実よ。」
セレネは、静かに言った。
「…こんなの、間違ってる…。」
無道は、拳を握りしめ、怒りをあらわにした。
「ええ、私もそう思うわ。だから、私たちは、この現状を変えなければならないの。」
セレネは、無道の目を見つめ、力強く言った。
「…はい。」
無道は、セレネの言葉に頷き、再び歩き出した。
二人は、貧民街をさらに奥へと進み、そこで暮らす人々から、直接話を聞くことにした。
「…私たちは、もう、どうすることもできないんだ…。」
ある老人は、力なく呟いた。
「…税金は、私たちから搾り取るばかりで、何も還元してくれない…。」
ある女性は、涙ながらに訴えた。
「…子供たちは、満足な食事もできず、病気になっても治療を受けられない…。」
ある母親は、悲痛な声を上げた。
無道は、彼らの話を聞きながら、胸が締め付けられるような思いがした。
(…俺は、こんな世界を絶対に許さない…。)
無道は、心の中で誓った。
「…セレネ様、俺にできることは何ですか?」
無道は、セレネに問いかけた。
「まずは、この国の税制や政治の仕組みをよく知ること。そして、私たちに何ができるのか、一緒に考えていきましょう。」
セレネは、答えた。
「…はい。」
無道は、頷いた。
二人は、貧民街を後にし、宿へと戻った。
部屋に戻った無道は、ベッドに腰掛け、今日一日で見た光景を思い出していた。
(…本当に、ひどい世界だ…。)
無道は、呟いた。
(…でも、俺は、この世界を変えたい…。)
無道は、拳を握りしめ、決意を新たにした。
(…セレネ様と一緒に、この世界を変えてみせる…。)
無道は、そう思いながら、目を閉じた。
(…まずは、この国の税制や政治の仕組みを勉強しないと…。)
無道は、そう思いながら、眠りについた。