第9話 異世界社会保障、シミュレーションによる政策提言
翌朝、無道は重い溜息と共に、瞼を持ち上げた。昨夜見た貧民街の光景が、まだ目に焼き付いている。
(…本当に、ひどい世界だ。でも、絶対に、変えてみせる。)
無道は、改めて決意を胸に、食堂へと向かった。セレネは、すでに朝食を済ませ、テーブルで本を読んでいた。
「おはようございます、セレネ様。」
無道は、努めて明るく言った。
「おはよう、無道。よく眠れたかしら?」
セレネは、優しく微笑み、本から顔を上げた。
「はい。昨日のことを考えていたら、少し寝不足ですが…。」
無道は、そう言いながら、大きなあくびを噛み殺した。
「そう。無理はしないでね。」
セレネは、心配そうに言った。
「ありがとうございます。…あの、セレネ様。今日は、何をしましょうか?」
無道は、尋ねた。
「そうね…。まずは、この国の社会保障制度について、もう少し詳しく調べてみましょうか。」
セレネは、そう言いながら、手元の資料に目を落とした。その表情は、真剣そのものだった。彼女は、常に冷静に、そして着実に、問題解決への道筋を探っていた。
「社会保障制度、ですか?」
無道は、そう言って、首を傾げた。
「ええ。貧しい人々が、最低限の生活を送るために必要な制度よ。具体的には、年金、医療、生活保護などが含まれるわ。」
セレネは、そう言いながら、手元の資料を広げた。
「なるほど…。それで、どうやって調べるんですか?」
無道は、そう言いながら、少し考え込むような仕草を見せた。
「今回は、政策立案シミュレーションを試してみましょう。」
セレネは、そう言いながら、無道の反応をうかがった。彼女は、無道がこの新しい手法に興味を持つかどうか、少し気にしているようだった。
「政策立案シミュレーション…ですか?」
無道は、そう言いながら、少しだけ目を丸くした。彼は、これから始まるシミュレーションが、自分にとって新しい学びの機会になることを予感していた。
「ええ。仮想的な社会モデルを作り、そこに様々な政策を投入して、その結果を予測するの。例えば、年金支給額を減らしたら、高齢者の生活はどうなるのか、医療費の自己負担額を増やしたら、貧困層の健康状態はどうなるのか、などをシミュレーションできるわ。」
セレネは、そう言いながら、パソコンの画面を操作した。画面には、複雑なグラフやデータが次々と表示され、彼女がシミュレーションの準備を進めていることが見て取れた。その手つきは滑らかで、彼女がこの作業に慣れていることを示していた。
「なるほど…まるでゲームみたいですね。」
無道は、そう言いながら、パソコンの画面を食い入るように見つめた。彼の目は、まるでゲーム画面を見ている子供のように、好奇心と期待感で輝いていた。彼は、このシミュレーションがどのような結果をもたらすのか、早く試してみたくてたまらないようだった。
「そうね、でも、これは現実の社会をより良くするための、重要な手段よ。」
セレネは、真剣な表情で言った。
「…セレネ様、俺も試してみたいです。」
無道は、目を輝かせた。
「ええ、もちろんよ。一緒に、この国の未来をシミュレーションしてみましょう。」
セレネは、微笑んだ。
二人は、まず、仮想的な社会モデルの構築に取り掛かった。人口、年齢構成、産業構造、税収、社会保障給付額など、様々なデータを収集し、モデルに組み込んでいく。
「…この国の人口は、高齢者が多く、若者が少ないんですね。」
無道は、データを見ながら呟いた。
「ええ、少子高齢化が進んでいるの。このままでは、年金制度が破綻する可能性もあるわ。日本も同じような問題を抱えていると聞いたことがあるわ。」
セレネは、言葉を続けた。
「…年金支給額を減らすしかないのでしょうか?」
無道は、不安そうに尋ねた。
「それだけではないわ。例えば、定年年齢を引き上げたり、若者の雇用を促進したり、様々な対策が考えられるわ。」
セレネは、少し考えてから言った。
「あの、セレネ様。年金って、そもそもどういう仕組みなんですか?俺、よくわからなくて…。日本も同じような制度があると思うんですけど…。」
無道は、疑問を口にした。
「そうね、年金は、簡単に言うと、高齢になった時に国からお金がもらえる制度よ。現役世代が納めた保険料を、高齢者の年金給付に充てる仕組みになっているの。日本も同じように、国民年金や厚生年金といった制度があるわ。」
セレネは、説明を加えた。
「現役世代が納めた保険料…ですか?」
無道は、少し驚き、聞き返した。
「ええ。働いている人は、毎月給料から保険料が天引きされるの。自営業の人などは、自分で保険料を納める必要があるわ。日本も同じように、会社員は厚生年金保険料が給料から天引きされ、自営業者は国民年金保険料を自分で納める必要があるわ。」
セレネは、答えた。
「なるほど…。それで、高齢になったら、どれくらい年金がもらえるんですか?」
無道は、質問した。
「それは、納めた保険料の額や期間によって変わるわ。たくさん保険料を納めた人は、たくさん年金がもらえるし、少ししか納めなかった人は、少ししか年金がもらえないの。日本も同じように、納めた保険料の額や期間によって年金額が決まる仕組みよ。」
セレネは、答えた。
「…ということは、貧しい人は、年金も少ないということですか?」
無道は、尋ねた。
「そのとおりよ。だから、貧しい高齢者は、年金だけでは生活できない場合が多いの。そこで、生活保護などの制度が必要になるの。日本も同じように、年金だけでは生活できない高齢者のために、生活保護制度があるわ。」
セレネは、説明を重ねた。
「…なるほど。年金って、奥が深いんですね。」
無道は、感心したように言った。
「ええ。社会保障制度は、複雑で難しいけれど、国民の生活を支える上で、とても重要な制度なの。」
セレネは、答えた。
「あの、セレネ様。医療費の自己負担額についても教えてください。貧しい人は、病院に行けないって聞いたんですけど…。日本も同じように、所得によって自己負担額が変わるんですか?」
無道は、少し考えてから言った。
「ええ、医療費の自己負担額は、貧しい人々にとって大きな負担になることがあるわ。この国では、医療費の自己負担割合は、所得によって変わる仕組みになっているの。日本も同じように、所得によって自己負担割合が変わる制度があるわ。ただし、日本の場合は、年齢によっても自己負担割合が変わるの。」
セレネは、丁寧に説明した。
「所得によって変わる…ですか?」
無道は、聞き返した。
「ええ。所得が多い人は、自己負担割合が高く、所得が少ない人は、自己負担割合が低くなるの。でも、それでも、貧しい人々にとっては、医療費の負担は大きいわ。」
セレネは、答えた。
「…どれくらい負担が大きいんですか?」
無道は、続けて訪ねた。
「例えば、風邪で病院に行った場合、診察料や薬代などで、数千円かかることがあるわ。貧しい人々にとっては、その数千円が、生活を圧迫する大きな負担になるの。日本も同じように、ちょっとした風邪でも、医療費が数千円かかることがあるわ。」
セレネは、無道の疑問に答えるように説明した。
「…そんなに…。」
無道は、驚いたように言った。
「だから、医療費の自己負担額を減らすことは、貧しい人々を救う上で、とても重要なことなの。」
セレネは、答えた。
「あの、セレネ様。国民年金と厚生年金って、どう違うんですか?日本も同じような制度があると思うんですけど…。」
無道は、些細な事が気になり、尋ねてみた。
「そうね、国民年金は、日本に住む20歳から60歳までの全ての人が加入する制度よ。自営業者や学生、無職の人などが対象になるわ。一方、厚生年金は、会社員や公務員が加入する制度で、国民年金に上乗せされる形で給付が行われるの。つまり、厚生年金に加入している人は、国民年金と厚生年金の両方を受け取ることができるの。日本も同じように、国民年金は全ての人が対象で、厚生年金は会社員や公務員が対象になっているわ。」
セレネは、一つずつ丁寧に説明した。
「なるほど…。ということは、会社員や公務員の人は、年金がたくさんもらえるんですね。」
無道は、確認するように訪ねた。
「そういうことね。でも、その分、保険料も多く払っているの。保険料は、給料に応じて決まる仕組みになっているわ。」
セレネは、説明を加えた。
「…なるほど。年金って、本当に複雑ですね。」
無道は、感心したように言った。
「ええ。でも、仕組みを理解すれば、自分たちの将来設計にも役立つわ。」
セレネは、無道を安心させるように答えた。
二人は、年金と医療費の仕組みについて理解を深めた後、再びシミュレーションを始めた。年金支給額の変更、医療費の自己負担額の変更、生活保護制度の見直しなど、様々な政策を試してみた。
「…年金支給額を減らすと、高齢者の生活が苦しくなるし、医療費の自己負担額を増やすと、貧困層の健康状態が悪化する…。」
無道は、シミュレーション結果を見ながら、頭を抱えた。
「ええ、政策には必ず副作用があるわ。大切なのは、バランスを見つけることよ。」
セレネは、真剣な眼差しで言った。
二人は、何度もシミュレーションを繰り返し、最適な政策を探し求めた。そして、ついに、一つの政策案にたどり着いた。
「…セレネ様、この政策なら、高齢者も貧困層も救えるかもしれません!」
無道は、目を輝かせた。
「ええ、私もそう思うわ。でも、これはまだシミュレーションの結果に過ぎない。実際に政策を実行するには、様々な課題がある。それでも、私たちは諦めずに、この政策を実現させるために努力しましょう。」
セレネは、無道の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。その瞳には、強い意志と、無道への信頼が宿っていた。
二人は、シミュレーション結果をまとめ、政策提言書を作成した。そして、この政策提言書を、国の上層部に提出することを決意する。