出会い
小学校に通う少年がいました。
名前はKといいます。
Kは学校の帰り道、友達と外で遊ぶ約束をしました。
大抵はネットで遊ぶことが多かったので、年に何度もない珍しい日でした。
約束の集合場所につくと、ボールを持った友達が彼らの住む住宅街の端を指差しました。
「あっちに広場ができたんだぜ」
「まだ誰も知らないから、遊び放題なんだ」
Kは端にある広場のことなど知りませんでしたから、半信半疑でついていきました。
途中、大きな鉄製の門扉がある家がありました。
その門から覗く家は古い洋館という趣がありました。
「ほら、広場はもう少しだ」
Kがずっとその洋館の方を見ていると、友達が声をかけてきました。
友達の方へと行こうとすると、洋館の前に誰か立っているように見えます。
その人はきっちりとした身なりの大人の男の人でした。
『さあ、冒険に出かけよう』
洋館が建っているお家の敷地は広く、男の人は小さく見えるだけです。
けれど絶対に見えるはずのない口元が動くのが見え、聞こえるはずのない声が聞こえたのです。
「!」
Kは何が起きたのかわからず、固まっていました。
「K、行くぞ!」
呼ばれるまま、広場へ向かう友達に合流しました。
広場につき、Kは友達と遊びました。
ボールで遊んではいけない、うるさくしてはいけないと規則が厳しい普通の広場と違って、この広場はボール遊びもして良いことになっています。
普段できない野球やサッカーなど、広い敷地を利用し体を使う遊びをしました。
遊んでいる中で、Kにはひとつ気になっていることがありました。
広場の先に、くる途中で見えた洋館が見えたのです。
「おい、K、ボールがいったぞ!」
Kはボールを追いかけます。
平な広場なのにボールはどんどんスピードを増して転がっていきます。
その先には洋館がありました。
追いかけ続けると、広場は仕切りもなく洋館がある家の庭へと繋がっていることがわかりました。
「このボール変だぞ」
Kは走るのに疲れて、歩き出してしまいました。
Kが歩き出すと、ボールも速度を落としたのです。
ボールを中継するため、Kを追いかけてきた友達が言います。
「ほら、いいから追いかけろよ、ボールなくなっちゃうぞ」
Kは再び走り出しました。
ボールはまるでKを待っていたかのように、再びスピードを上げました。
逃げていくようなボールを追いかけていくと、洋館の前に来ていました。
突然、ボールが『ポン』と跳ねると、ボールは人の手におさまります。
「えっ?」
その人はまるでボールをキャッチするために現れたかのようです。
ボールを手にした人を見ました。
Kがこの広場にくる途中で、鉄扉の先に見た男の人でした。
「ごめんなさい。勝手に入ってしまって」
「いいんだよ。こういうこともあるだろうと思ってたからね」
男の人は、ボールを軽く投げ返してきました。
Kはボールを受け取りましたが、黙って立っています。
「ん? 君、この建物に興味があるのかい?」
「……ありがとうございました」
その日は、これ以上のことはありませんでした。
またしばらく広場で遊ぶことはなかったのですが、一ヶ月も経たないある日、Kと友達二人は広場で遊んでいました。
Kがボーっと洋館の方を眺めていると、友達がいいました。
「どうしたんだよ」
「あの洋館に住んでいる人、人間じゃないかも」
「そんなわけあるかよ」
Kはどうしてそう思ったかを説明します。
ボールの動きがおかしかったこと、突然跳ねて男の人の手におさまったこと、そもそも男の人の姿は見えていなかったことなどです。
Kにはそれだけの理由があれば十分異質な人間だと思ったのですが、友達は広場の地面が水平ではないとか、何か別の理由を探して説明しようとしてきます。
Kがボールが転がったところに移動して、平らであることを示すと、一人の友達が言いました。
「建物の住人が人間かどうか確かめよう」
Kともう一人も頷いて、洋館の方へとゆっくり歩き出しました。
「中には入らないでしょ?」
「覗くぐらいしないと確かめられないぞ」
「そっちの木の陰から回り込もう」
小学生三人は、こっそりと洋館に近づき、窓に近づいてはなかを覗きます。
しかし、厚いカーテンがかかっているので中は見えません。
家をぐるりと周り、正面以外は全て見て回りましたが、何も得るものはありません。
三人は正面も見ることにしました。
「俺がいく」
Kはそう言うと、家の角からスルスルと出ると、正面側の窓を確認します。
Kは何も見えないことを伝えるため、窓のしたに体を隠すと、隠れている二人に手で『バツ』を作って教えます。
「気をつけろよ」
頷いたKはさらに先に進みます。
『ニャア』
角に隠れていた二人は、突然現れたネコに驚きました。
「しっ!」
そう言って追い払おうとしたネコに、飛びつかれてしまいます。
「助けて」
もう一人が、その子からネコを引き剥がそうとしますが、逆に噛みつかれてしまいました。
「痛っ!」
ネコと格闘しているうちに、二人は家の角から大きく離れていました。
一方でKは、洋館の調査を一人で進めていました。
Kは正面の大きな扉の前に立って、その扉を調べていました。
すると、扉の右下に妙な小扉を発見しました。
「?」
どこかでこんな扉を見たことがあります。
映画かドラマか、それとも親戚のお家だったか、お友達の家か。
「ネコ?」
そうです。
扉の下にある小扉は、猫が出入りするための扉です。
小さくて開け閉め自由の扉。
Kは地面に顔をつけるようにして、そこから中を覗き込みました。
誰もいない。
Kは興味が抑えきれず、そのネコ用のドアから、館の中へと入りました。
中を見回しますが誰もいません。
入った場所は中央が広くなっていて、両脇から二階へ上がる階段があります。
Kは興味が向くまま、階段を上がっていきます。
「君か」
Kはびっくりして、階段の途中で止まりました。
振り返ると、階下にボールを拾ってもらった大人の人が立っています。
いや、どこにもいなかったのに、とKは思いました。
「おじさん」
「もし君が良ければ、部屋にくるかい」
「……」
Kはいざとなった時は騒いで外の二人に助けてもらおう、と考えました。
階段の途中で追い越していくおじさんの後ろをついていきます。
「おじさんは何をやっているの?」
「ああ、そうか。普通の大人は働いている時間か」
ゆっくりと歩きながら、男の人は言葉を続けます。
「本の著作権があるから、本が売れるとお金が入ってくるのさ。あとは、たまに大学の教授をしている。そんな訳で、時間には余裕があるんだ」
この人は教授なのか、とKは思いました。
教授は部屋の扉を開け、その扉は開け放ったまま、奥へ進んで行きました。
「君は本は好きか? 自分で読むのと、読んでもらうのなら?」
Kは恐る恐る部屋を覗き込みました。
教授の向いている先には、難しい本や高級な装丁の本、文庫本や雑誌までまるで整理していないように棚に収まっていました。
Kは何があるか確かめようと、部屋に入っていきます。
「自分で読むのも、読んでもらうのも好きです」
Kは棚の本の背表紙を見て、一つ選びました。
そして内容を読もうとしましたが、いきなり難しい字に突き当たって読めません。
「どうだろう、それ読んであげようか」
Kは恥ずかしそうに本を渡しました。
教授はソファーを示し、二人は横に並んで座りました。
教授は本のページを示しながら読み上げていきます。
「こうすれば字も覚えれるだろう?」
Kは頷きました。
本の内容は、星の起源に関するものでした。
とても頭がスッキリして、二人は時を経つのも忘れて本を読み進めていました。
Kの友達二人は、館の周りを何周もし、窓を覗き込み、Kを探しました。
何度か、動くものを見てはKの名前を出して叫びましたが、反応はありませんでした。
「Kだけ帰ったのかもしれない」
どちらが言い出したか、いつまでも出てこないKに対して、二人の間でそういう気持ちが浮かび始めました。
「俺たちばっかり探して、悔しい」
洋館の探索にも飽きた友達二人は、Kは帰ったもの、として広場から帰ってしまいました。
「今日はここまでにしよう。帰る時間があるだろう」
教授はそう言うと、立ち上がりました。
そう言われてKは友達のことを思い出しました。
「そうだった」
「?」
教授は首を傾げます。
「送っていこう」
Kはそんなことされては困ると思い、急いで立ち上がるといいました。
「ありがとうございます。さようなら」
「もし続きが気になるなら、好きな時に来ていいよ」
教授が言う言葉を振り返りもしません。
「は、はい。ごめんなさい。さようなら」
Kは逃げるように洋館を出てきます。
洋館を出ると、友達の名を叫び、探します。
あまりに長い時間、中にいたから帰ったのだ、と結論づけるまで時間がかかりました。
帰り際、洋館を見てつぶやきました。
「今日は楽しかったな」