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姫神オーバードライブ  作者: 月夜野桜
第五章 雷霆(クラウソラス)
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第三話

『狙わせるな! 動き回れ!』


時間暴走オーバードライブ最大出力マキシマム!」


 極限まで遅くなった時間の中、天使が向ける手のひらの方向を避け、アーシェは左右に動き回った。その手から次々と雷撃が襲い掛かる。天からは激しい落雷。しかしそのどれもが、アーシェが移動した後に攻撃が発生し、いなくなった場所に命中していた。


「天使様! やめてください! なんで滅ぼさなきゃならないんですか! なんで生きてるだけで罪なんですか! アーシェさんたちが、この村の人たちが、何をしたって言うんですか!」


 時間暴走オーバードライブ状態のままだと、さしもの天使ですら、アーシェの言葉が理解出来ないのだろうか。天使は攻撃の手を休めることはなかった。距離を取って逃げ回るアーシェを追いかけつつ、所構わず雷撃をしてくる。


『アーシェ、説得など無駄だ。聞こえていないのではない。そもそも理解する気がないのだ。周囲をよく見ろ!』


 その言葉に初めてアーシェが後ろを振り返ると、そこには人が倒れていた。アーシェを狙ったつもりの雷撃に打たれたのだろうか。様子を窺いに来ていたと思われる人々が何人も倒れ、助かった者たちは逃げ惑っていた。落雷が直撃したのか、炎と煙が立ち上り、燃え上がりつつある家もある。


「なんで……なんでこんなことを……みんなを助けなきゃ!」


『足を止めるな、馬鹿者!』


 慌てて天使の方を振り返ると、その手はアーシェに向けて真っすぐに伸びており、今にも雷撃が発射されようとする瞬間だった。


「うわああああ!」


 アーシェは倒れ込むようにしてその軌道上から逃れる。もう遅いと思っていた。しかし、その後アーシェが前転をしながら立ち上がっても、まだ攻撃は届いていなかった。天使の方に視線を送ると、アーシェを狙った姿勢のまま固まっていた。ぎこちない動きで僅かに身をくねらせ、何かから逃れようと必死に抗っているように見える。


『クリスだ。足元を見ろ。またお前を助けてくれたぞ』


 地面を這ってきたのだろうか。クリスは必死の形相で天使の足首を掴み、時間凍結フリーズによってその動きを束縛しているようだった。


『好機! 戦え、アーシェ! 人々を救いたければ、あれを倒すしかないぞ!』


「レティスさん、力を貸して! 雷霆クラウソラス、連続展開!」


 アーシェは弧を描くように横に走りながら、多数の光の剣を並べていく。クリスが足止めをしている間に、天使の周囲を一周した。逃げ場がないよう、雷霆クラウソラスで完全に包囲する。クリスによる時間凍結フリーズが充分な効果を発揮しているのを確認すると、さらに距離を詰めて展開しつつ、クリスを抱き上げた。そのまま身を低くして離脱していく。


 クリスの手が離れたことで、時間凍結フリーズから解放された天使は動き出したが、時すでに遅し。その身体に次々と光の剣が突き刺さった。蒼白い輝きが無数に穴を穿ち、貫通していく。腕を、脚を、頭を、吹き飛ばしていく。


「くーちゃん、大丈夫ですか?」


 屋敷の中に逃げ込むと、アーシェは時間暴走オーバードライブを解いてからクリスに話しかけた。あの雷撃に打たれて何ともないわけがない。


「私は大丈夫。時間凍結フリーズで自分の身を守れた。天使の攻撃でも、防ぐことが出来るみたい」


「良かったですー。くーちゃんまで死んじゃったら、アーシェさんは……」


「まだわからないわ。あれを見て。もう再生している」


 柱の陰から外の様子を覗いていたクリスがそう言う。アーシェは時間暴走オーバードライブを発動してから、窓の方へ周って外を確認した。何事もなかったかのように元の姿に戻っている天使が、そこにはいた。アーシェの位置を見失っているのだろうか、あらぬ方向に落雷を招き寄せている。


「天使は無敵なんですか……? どんな攻撃も、通じない……?」


『いや、そんなわけはない。雷霆クラウソラスは神殺しの剣。神の使いに過ぎぬ天使ごとき相手に、通用しないわけはない。ましてや、あれは先程クリスに頸を刎ねられていた。人の攻撃でも充分通用するのだ』


「じゃあ、あれは天使じゃなくて別の何か……? もしかして、本当に悪魔……?」


『いや、天使だろう。我がかつて戦った、天使と名乗る輩たちと同質の魔力を感じる。しかし、彼奴らには雷霆クラウソラスは充分な効力を発揮していた。あのように瞬時に再生するようなこともなかった』


「じゃあどうなって――」


『クリスめ、無茶しおって! 外に出ておるぞ!』


 レティスの指摘で入り口の方に視線を向けると、そこにクリスの姿はなかった。慌ててアーシェが駆け寄ると、目の前が閃光で染まる。


「くーちゃん!」


 続けて何度も光が走る。アーシェが顔を出したとき、クリスは天使の雷撃をものともせず、前へと突き進んでいた。先程と異なり、天使の攻撃方法を見極めているからか、時間凍結フリーズで対処出来るようだった。


『無事なようだ。時間を稼いでもらおう。何か仕掛けがあるはずなのだ。我は数多の神々を殺してきたが、無敵な者などいなかった。一見全ての攻撃が無効と思えても、必ずどこかに弱点がある。しかしそれを見つけられねば、勝つことは出来ぬ』


「弱点……見つける……」


 アーシェの頭に一人の顔が思い浮かんだ。好奇心に輝く菜の花色の瞳。金糸雀色の柔らかい巻き毛。疑問に思ったら調べるのが信条の、どんなことでも調べてしまうフローラの顔が。


「くーちゃん、フローラさんはどこ!?」


 柱の陰に身を隠したのち、時間暴走オーバードライブを解除してクリスに問いかけた。集中力を削ぎたくはなかったが、この事態を打開するのには、必要不可欠なこと。クリスからの返事はなかったが、代わりに後ろから別の声がした。


「あたしならここだよ! 大丈夫、怪我とかしてないよ」


 振り返ると、裏手の窓から、探していた当人の顔がひょっこりと現れた。クリスと共にやってきて、そのまま隠れていたのだろう。アーシェは窓の下まで素早く進むと、小さな声で問いかけた。


「フローラさん、あの祝女様の姿をした天使、解析アナライズ出来ませんか?」


「あれは祝女様じゃないんだね、やっぱり。祝女様、あんなことする人じゃないもん」


「弱点を調べて欲しいんです。雷霆クラウソラスが効きません。すぐに元通りになっちゃいます。何か仕掛けがあるはずだってレティスさんは言ってます。フローラさんなら調べられませんか?」


「任せて! でも見えるところに行かないと……」


「アーシェさんにお任せください。抱えたままでもやれますよね?」


 フローラが自信ありげな笑顔を見せると、アーシェは時間暴走オーバードライブを発動して動き出した。台所に裏口があったはずだと思い出し、天使に見られないようそこから飛び出す。フローラのいる建物の裏まで周り込むと、その身を抱え上げた。


 禁足地の森に踏み込むようにして、建物から離れて周りこんでいく。天使の姿を視界に捉えたのか、フローラの瞳が金色に輝いた。そのアーシェたちの背後を雷撃が襲う。しかしアーシェの速度には追い付かず、狙いが定まらないのだろう。樹々の間を縫うようにして駆け抜けていくと、後ろの樹を次々と雷撃が打ち据えていった。


 金色の光が消えると、アーシェは近くの家の裏手に隠れた。時間暴走オーバードライブを解いてフローラに尋ねる。


「フローラさん、結果は?」


「あれは祝女様そのものだよ。どういうこと? 天使じゃない。操ってるだけってこと?」


 そう答えると、フローラはしきりに首を捻りながら、考え込み始めたようだった。


『なるほど、そういうことか。天使の力は確かに感じる。セシリアの身体に力だけを供給し、操っているのだ。無敵なのではなく、単に天使がセシリアを再生しているだけなのだろう』


 フローラの解析アナライズ結果からの推測を、レティスがそう述べた。


雷霆クラウソラスが通用しないんじゃなくて、通用してるけど意味がないってことですか?」


『そうだ。破壊しているのはあくまでもセシリアの身体。同様の手口に嵌められたことがある。この場合、天使本体の魂を攻撃しないと意味がない。しかし、魂をどこに隠しているのか……』


 レティスの疑問に対して、自慢気にふっと笑いながらアーシェは言う。


「愚問ですねー。あそこに違いないですよ! フローラさん、一緒に山頂まで――」


 頭上で閃光が炸裂する。轟音が襲い掛かるのとほぼ同時に時間暴走オーバードライブを発動し直し、フローラを抱えてアーシェは走った。隠れていた建物が落雷によって弾け、木片が飛んでくる。それを躱しつつ距離を取り、フローラをいったん地面に降ろした。


 そして再び走ると、祝女の屋敷の屋根の上に跳び上がってから叫ぶ。


「くーちゃん、しばらくここお願い! 足止めよろしく!」


「まさか……させるか!」


 アーシェたちの意図に気付いたのか、天使は山頂への道に駆け出した。その前に立ち塞がりながらクリスは宣う。


「行かせない。ここは死んでも通さないわ。私は神薙かんなぎクリス。この姫神村の守護神。絶対に守ってみせる!」


 再び天使を時間凍結フリーズすべくクリスが動き出したのを確認すると、屋根から飛び降りつつアーシェは叫んだ。


時間暴走オーバードライブ最大出力マキシマム! ふおおおおお!」


 目にも止まらぬ速度で動き出し、フローラを担ぎ上げると山頂への道をひた走る。クリスが足止めをしてくれている。天使がセシリアの身体を使ってこれを阻止することは出来ない。あとは、本体が迎撃態勢を整える前に辿り着くだけ。


 アーシェはほんの三十秒もしないうちに山頂まで駆け上がると、フローラを地面に降ろした。既に瞳は金色に輝いている。アーシェが時間暴走オーバードライブを解いてすぐに、求めていた答えがフローラの口から飛び出した。


「あれは石像じゃない。天使そのものだよ!」


「レティスさん、力を貸して! 時間暴走オーバードライブ最大出力マキシマム! 雷霆クラウソラス、連続展開! ふおおおおお!」


 石像に化けていた天使の周りをアーシェが駆け巡る。その軌跡には無数の光の剣が並べられていった。飛び跳ねつつ立体的に取り囲み、完全に逃げ場をなくしていく。


「これでどーですか!」


 数えきれないほどの光の剣が天使像を貫いていった。無数にひびが走り、粉々になって崩壊していく。


 ――そして恐ろしい声が響いた。


「人は……やはり過ぎたる力を持った。再び審判の時がきた。カマエル様、天界の兵を今ここに。能天使エクスシーアイの軍団の派遣を要請いたします。全ての人間に、裁きの雷を!」


 崩壊する天使像から、天に向かって一条の光が伸びた。いつの間にか厚い雲に覆われていた空を貫いて、一帯を光り輝かせる。それが収まると、雲間から幾筋もの光芒が、光の柱となって降り注いだ。


『天使の階段……これは、あの時と同じ……バビロンの聖塔での戦いの時と……』


 光芒の中を、背中に翼を生やした人型の姿が降りてきた。幾条もの光の梯子の中を、数多の天使がゆっくりと降臨してくる。その光景はとても神々しく、そして絶望に充ちていた。


「こんなの……勝てるわけありません……」


 さしものアーシェも、ただ茫然ぼうぜんとそれを見上げるだけだった。たった一体の天使であの力。村からは多数の煙が上がっている。いくつの家が焼き払われ、何人の人間が生命を落としたのか、想像もつかない。それが、あの数えきれないほどの天使によって、もう一度行われる。


 ――世界は再び、滅びるのだ。神の手によって。人が背負った罪を裁くために。


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