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姫神オーバードライブ  作者: 月夜野桜
第五章 雷霆(クラウソラス)
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第二話

「そろそろいらっしゃる頃かと思っておりました。母上が全てを話してしまわれたと聞きまして。相変わらず、脚が速いのでございますね」


 アーシェが祝女の屋敷に辿り着くと、セシリアは外で待ち構えていた。至極落ち着いた柔らかな態度。いつもと同じ、温かで透き通った、それ自体が浄化してあるかのような声。


「祝女様、どうして人をクロカミに戻すんですか?」


「人とは本来あのような動物だからでございます。とても弱く、固有魔法など持たない存在」


「それは本当だと思います。古代の人の記録にもありましたし、ルーチェを見てると、人がイロカミになるのは瘴気の影響だって、魔獣と一緒なんだって、わかります」


「ならばおわかりになられるでしょう? 魔獣も浄化すれば動物に戻るのでございます。イロカミも浄化して、人に戻すべきなのでございます」


 セシリアは、邪気のない微笑を浮かべながらそう言ってのけた。自身のやっていることの問題点に、全く気付いていないかのように。アーシェが何を聞こうとしているのか、理解していないかのように。それが哀しくて仕方がなかった。アーシェは声を震わせ、絞り出すように問う。


「なんで……なんで今、それをやるんですか? 瘴気で苦しんで、死んじゃうのがわかってて、なんでやるんですか? 今やる必要があることなんですか!? 誰にも相談しないで、本人の同意もなしで、内緒でやっていいことなんですか!?」


 最後は語気を荒げ、叫ぶようにして言ったアーシェの言葉。それですら、どこ吹く風とばかりに涼しい顔をして、セシリアは答えた。


「全ては神の御意志でございます。そして人を守るためでございます。……あるとき、御神体である天使像から、御声が聞こえてまいりました。天使様の御声です。天使様は仰いました。イロカミを浄化してクロカミに戻せと。人とは本来、皆クロカミであるべきなのだと」


「なんで考えもなしに、それに従ったんですか? なんで断らなかったんですか?」


「もちろん、わたくしも意義について疑問に思ったのでございます。天使様はこうお答えになられました。かつて人は、過ぎた力を持ったが故に、濫用を繰り返し、神罰を受けて滅ぼされることになったと。イロカミは固有魔法という、人に非ざる過ぎた力を持っている。それを取り除かないと、再び審判の時が来てしまうと」


 セシリアは天を仰ぎ、胸の前で両手を組んで、祈りを捧げるようにして続ける。


「わたくしは訴えかけました。クロカミになったら、人々は生きていけないと。天使様はお約束くださいました。全てのイロカミを浄化して、クロカミだけの村に変えることが出来たら、この村の周囲からは瘴気を取り除いてくださると。本来の人であるクロカミのまま、魔獣と戦うこともなく、平和に暮らせるようにしてくれると。なんと素敵なことでございましょう」


 確かに素敵な世界だとアーシェも思う。ルーチェのように人懐っこい動物たちと、家族のようにして楽しく暮らす世界。誰とも争わず、何とも争わず、誰も苦しまずに済む世界。だがそのためであっても、誰かを犠牲にすることは決して許されない。ましてや、自分の母を。


「カテナ様は! カテナ様は、そういう世界を作ろうとしてたんです。誰も苦しまずに済む方法で、誰も犠牲にしないで済む方法で、それを実現しようと頑張ってたんです。なのになんで殺しちゃったんですか? なんで一緒に頑張ろうとしなかったんですか?」


「全てはこの村と人々を守るためでございます。母上は禁断の知識に手を付けました。決して開けてはならないと伝わる扉を、開けてしまったのでございます。だから天罰を受けました。天使様に抗った、当然の報いなのでございます」


 その言葉を聞いて、一連の事件の幕を上げたのは自分だと、アーシェは知った。あの古代図書館の扉を開けたのは、アーシェとフローラなのだ。そしてフローラをこの村へ連れてきたのも、彼女があの場所を見つけるきっかけを与えたのも、最初に見つけたのも、全てアーシェ。


「あの場所を見つけたのはアーシェさんです。開けたのもアーシェさんです。罰するなら、アーシェさんにしてください!」


「そうでございますね。あなたも咎人。あの古代図書館は閉鎖しなさい。あの知識と技術は神への反抗。再び審判の時が来る。もうすぐそこまで来ている」


 セシリアは予言でもするかのように、アーシェの後ろを指差しながら言った。そこにある何かを見ているかのように。迫りくる運命が見えているかのように。


 だがそんなものはまだ来ていない。これからいくらでも、どうにでも出来る。だから、アーシェは曲がらない。ただ前へと突き進むだけ。


「なら先に天使様に、安全に暮らせる場所を用意してもらってください。クロカミでも安全に暮らせる場所を、動物が魔獣にならずに暮らせる場所を、浄化しないでも食べられる作物が育つ場所を、天使様に用意してもらってください」


「対価を先に受け取ろうとは、人間とは誠に浅ましきもの。だから神に罰されるのだ」


 浅ましいかもしれない。だがそうしないと人は生きていけない。セシリアは一番身近にいて、一番沢山見ているはずなのに、何も見えていない。アーシェは最近やっと見えたことを告げる。フローラと共に調べて、知った事実を。


「だってそうしないと、みんながクロカミになる前に、この村は滅びちゃうんですよ? 毎年何人のクロカミが産まれてるか知ってますか? 何人の子供が産まれる前に死んじゃったか知ってますか? このままじゃもう、誰も大人になれないまま、この村はなくなっちゃうかもしれないんですよ? ……天使様のところへ連れてってください。アーシェさんが交渉します!」


「そんな必要はない。やはり回りくどい方法など採るべきではなかった。貴様たちは滅ぶべきなのだ。我はこれを見て、この時代の人間が女しかいない理由を知った」


 セシリアはそう言うと、懐から黒い何かを取り出した。アーシェがここのところ毎日目にしている、黒く輝く四角い物体。古代図書館に収められたガラスの本の一冊。


 それを見て、ルーチェを殺そうとした犯人が誰なのかアーシェは悟った。あの大人しく、人懐っこいルーチェが、セシリアにだけ吠えた理由も。


「祝女様が、祝女様がルーチェを!」


 アーシェの叫びを無視して、セシリアは続ける。無機質な声で、無慈悲な言葉を。


「姫神村発祥の今の人類は、造られた存在。神の摂理に反し、禁断の技術を使って、人が生み出した偽物。その存在自体が神への反逆。生きているだけでも罪。イロカミも、クロカミも、全てを滅ぼす。図書館も破壊し、永久に事実を封印する」


 何かがおかしい。セシリアの言動とは思えない。アーシェがその違和感の正体に気付く前に、セシリアの手が天に向かってかざされる。


「貴様の罪が一番重い。知恵の樹に実る禁断の果実に手を付けた罰を、その身に受けるがよい」


 アーシェは死を覚悟した。時間暴走オーバードライブを使っても避けられるわけがない。カテナを殺した落雷。あれはセシリアが落としたのだ。いや、セシリアの姿をした、この得体のしれない何かが。


雷霆クラウソラス


 アーシェの意思とは関係なく光の剣が現れて、その何者かの腕を斬り落とした。心の中の声によって発動した神殺しの剣。レティスがアーシェを守ってくれた。


『天使だ、あれは。セシリアではない。天使がその力を揮おうとしているぞ、アーシェ』


 セシリアの姿をした天使は、肘より先を失った腕から盛大に血飛沫を撒き散らしながら、平然とした顔で告げる。狂気ともとれる無表情のままで。


「この我を攻撃するか……。身の程知らずめが。初めから直接手を下していれば良かった。罪のない動物や植物を巻き込むことを、恐れるべきではなかった。死ぬのは罪深き人間だけでいい。だが、事ここに至っては已むを得まい」


 天使は無事なままの左手を掲げる。そして再び宣告しようとした。神の裁きを。


『無駄だ、雷霆クラウソラス!』


 すかさずその手に向かって光の剣が飛んでいく。しかし天使は予測していたのか、後ろに跳んで剣を躱した。もう一度手を掲げ直したところで、その頭だけが宙を舞う。金色の長い髪が、地面に散らばっていった。


「ごめんなさい、姉様。私はアーシェと、村の人たちを守らなくてはならないの」


 吹き上がる血潮の向こうに、萌葱色の瞳が見えた。深い哀しみを湛え、沈んだ色をしたその瞳には、強い決意が現れていた。右手には一振りの刀。クリスが屋敷の中を回り込み、後ろから不意打ちをして、一撃で頸を刎ねたのだ。


 頭部を失った天使の身体は、どう見ても死んだはずなのにまだ倒れていない。くるりと振り返ると、クリスに向かって左手を伸ばした。


「くーちゃん! 避けて!」


 クリスは素早く建物の屋根の下まで跳び退った。そこならば落雷には巻き込まれないと判断したのだろう。しかし、天使の攻撃は落雷ではなかった。クリスに向けられた手のひらから、雷撃が飛ぶ。人には回避も認知も不可能な速度で魔力が迸り、クリスを打ち据えた。その身体が倒れ込んでいく。


「あ……あ……くーちゃん……くーちゃん!!」


『狼狽えている暇はない、アーシェ。こちらにも来るぞ!』


 レティスの言葉通り、天使の顔がこちらを振り向いた。アーシェを見て、残忍に歪む。無くなったはずの頭部は、いつのまにか再生していた。右腕も復活している。それを振り上げて再び宣告する。


「神の御使いの力を侮るな。最下級ならばいざ知らず、権天使アルケーであるこの我には、人の子の力では抗えぬ。この者に裁きの雷を!」


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