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姫神オーバードライブ  作者: 月夜野桜
第四章 時間凍結(フリーズ)
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第六話

「じゃあ、カテナ様お出かけしちゃったんですか?」


「はい。まだ暗いうちに起きてこられて、行き先も告げずに行ってしまわれました。お二方への伝言を託っております。それほど遅くならないうちに戻るから心配せぬように、と」


「そうですか……。ありがとうございました」


 アーシェは夜番の見張りの側女に頭を下げた。フローラと話しながら居間へと戻る。


「どこ行っちゃったんですかねー?」


「んー、まあ、昨日の話聞く限り、村の様子見にいったと考えるのが妥当かな? ずっとアーシェちゃんたちから話聞いてただけだし、心配になるのが普通だよ。あたしもちょっと見て周りたいくらいだもん」


 フローラの言葉に、アーシェはそれ以上は考えず納得した。きちんと伝言を残してくれているのだ。何か手助けが必要ならば、当然言伝があるはず。


『心配に思っても、村人に聞いて周るでないぞ? カテナは不在と認知されているから、不自然に思われるやもしれぬ』


「わかってますってばー」


 アーシェはフローラと朝食を共にし、その後見張りの側女に後のことを任せると、一度組合へと足を運んだ。他の人々が以前よりも積極的にこなしてくれるようになったが、オーメ行きの依頼など、明らかにアーシェがやるべきものもある。


「組合長さーん、今日はアーシェさんやった方がいいのきてますかー? なければ帰りますー」


 掲示板を見るのも億劫で、アーシェは入るなりそう声を掛けた。当然、組合長の反応はこう。


「お前、最近忙しいのはわかるが、いきなりそれはないだろう……」


「あははは、畑のこと気になっちゃいまして。魔獣いないの一応見てはきたんですけど」


「全くどうなってるんだろうな、最近。アタシまで昨日魔獣退治だよ。すぐそこに出てなあ」


 組合長はそう言って肩を竦める。昔は腕っぷしの強さで有名だったそうだが、もうそれなりの歳なので、アーシェは少々心配になった。


「大丈夫でしたか?」


「まだまだ現役でもいけるかもしれないと思ってしまったくらいさ。とりあえず今日は、敢えてお前に頼まなきゃいけないようなのはきてない。昼過ぎにでもまた足を運んでくれ」


「わっかりましたー! ではでは、アーシェさんは畑の巡回に戻ります!」


 右手を挙げて元気よく宣言する。微笑まし気に眺める組合長の視線が、アーシェの斜め後ろに向いた。同時に背後から声がかかる。


「アーシェ、そこにいたの。丁度良かったわ。話があるの。こっちきて」


 振り向くとクリスが手招きをしている。アーシェが向かうと、クリスは崖際の樹の下へと移動した。そのまま追いかけてすぐ側まで行くと、耳元に口を寄せて囁いてきた。


「母様を呼んできてくれないかしら? 村にいることをあまり表沙汰にしたくはないから、そのあたりどう工夫するかは、母様に相談して決めて」


「何があったんですか?」


 不穏な空気を感じ取り、アーシェは小声で問いかけた。


「シャロンを知ってるでしょ? 母様の助手の癒し手。昨夜梯子から転落して、頭を打ったそうなのよ。生命に係わるほど酷い怪我には見えないんだけど、意識がなくて。他に癒し手はいないから、シャロンをどうにかしてもらうか、一時的に屋敷に戻ってもらわないと」


「あのですね、それがカテナ様、行き先も告げずに出てっちゃったみたいなんですよ」


 アーシェの言葉にクリスの眼が訝し気に細められる。少し考えるような素振りをした後、再び囁いた。


「村の外? それとも中?」


「わかんないです……。そこまでは聞きませんでした。でも、それほど遅くならないうちに戻るって、伝言を頼まれたそうなので、多分村の中だと思うんですけど」


「ちょっと確認してきてくれないかしら? 村への道を上っていったのかどうかくらいは見てたはず。私は一度シャロンのところへ戻るわ。目を覚ましてくれるようなら、目立つようなことをしてまで母様を探す必要ないし」


「もしかしたら、カテナ様、戻ってるかもしれないですしね。ちょっくら行ってきます」


 アーシェはクリスにそう告げると、時間暴走オーバードライブを発動して走り出した。レティスが心の中で語りかけてくる。


『ほんに色々と起こるの、最近は……』


「なんなんでしょうね? 神様が怒ってるからとかだと困っちゃいますね……」


 アーシェは心配顔のまま村の外に出る。坂道を下っていくと、昼番と交替したのか、見張りをしていた側女が上ってくるところだった。


「あ、丁度良かったです。ちょっと耳を……」


 周囲に誰もいないことを確認はしたものの、アーシェは一応耳打ちで訊ねた。


「カテナ様って、こっち来ました? それとも村の外のどっか行きました?」


「この道の方に曲がってこられました。そのあと出てきておられないので、少なくともこちら側から村の外には行っておられないはずです。斜面を飛び下りたとは考えづらいですし、まだ村の中におられるのでしょう」


「わかりました、ありがとうございました。それとなく探しながら上ってみます」


 アーシェは側女に頭を下げると、再び時間暴走オーバードライブを発動した。そのまま村の中に戻り、建物の裏なども含めてあちらこちら確認していく。窓から家の中を覗いたところで、レティスの声がかかった。


『何をしているのだ、うぬは。まさか、そうやって村中探して周るつもりか?』


「だって、聞いて周るわけにもいかないですよね? 内緒にしたいのかもしれないし」


『それはそうだが……。しかしそうであれば、行き先は割と限られておるのではないか? 暗いうちに出ていったということは、村人には見られたくないということ。ならば行先は、自身の屋敷か、特に信頼出来る者の家か。とにかく人目に付かない場所だ』


 人目に付かない場所という言葉で、アーシェの頭に一つの発想が思い浮かぶ。


「もしかして、禁足地行ったんですかね? 天使像見にいったとか?」


『あり得るな……。古代の記録を調べるうちに、何か確かめたいことでも出てきたのやもしれぬ。うぬらがついてきたがるのを嫌い、秘密にしたと考えれば妥当。クリスと相談してみよう』


 アーシェは探すのはやめ、祝女の屋敷へと急いだ。途中、少なくとも目に付く場所には、カテナの姿はなかった。近くまでいくと、時間暴走オーバードライブを解き、声を張り上げながら寄っていく。


「くーちゃーん、アーシェさんですよー!」


 その視界が閃光に染まる。直後、返事の代わりに、耳をつんざく轟音が頭上から降り注いだ。アーシェは思わず頭を抱えてその場にうずくまる。


「なんなんですか、これ? 雷ですか? 晴れてるのに?」


『いや、自然の雷ではない、強い魔力を感じた! 何者かの魔法攻撃だ! 山頂の方だったぞ!』


「魔法攻撃って……」


 アーシェは山頂の方を見上げた。やはり雲一つない晴れた青空。こんな空で雷というのは、生まれて初めてだった。


「アーシェ、今のは何? 晴れてるのにどうして雷が?」


「レティスさんは魔法攻撃だって言ってます。山頂だって」


 クリスも山頂を見上げる。そしてすぐに駆け出した。


「アーシェ、山頂に行くわよ。母様がいるかもしれない」


 アーシェも駆け出し、追いかけながら言う。


「それ、相談しようと思ってきたんですよ。村の中にいるはずだって。なら、禁足地の中かもって」


「アーシェ、お願い。先に行って。あなたの方が速い。登山道には見張りがいるけど、無視して進めるでしょ?」


「わかりました。もし怒られたら、一緒に謝ってくださいねー。時間暴走オーバードライブ!」


 アーシェは相対的に減速した時間の中、クリスを置き去りにして一気に駆け上がっていく。すぐに鳥居が見え、そこに立っている見張りが山頂を仰いでいるのを見つけた。その横を疾風のように通り過ぎる。その先は足場こそ良くなかったものの、一応道にはなっていた。


 一本道なのが幸いし、迷わずに駆け上がっていく。樹々の背は高く、まだ山頂の様子は見えない。頂上付近の地形をぐるりと一周する形で登っていくと、視界の先が開けてきた。上がりきって右を見ると、そこには確かに天使像――悪魔として伝わっているものを象った像があった。


 そしてその足元には――


「カテナ様ー!」


 俯せに倒れているのは、紛れもなくカテナだった。瑠璃色の長い髪を低い位置で一つにまとめた髪型。そしてその服装と体格。顔は確認出来ないが、見間違いようもない。


「カテナ様! カテナ様!」


 アーシェは時間暴走オーバードライブを解くと、カテナの身体を抱き起こしながら大きな声を掛けた。ぐったりとしており、反応はない。何か生理的な嫌悪感を抱く、妙な匂いが鼻を突いた。


『この髪が焦げたような匂い……。足の裏を見ろ。火傷の跡がないか?』


 言われるままにカテナの足を手に取った。靴の裏に焦げ跡があり、脱がすまでもなかった。


『今の落雷に打たれたんだ。まだ死んではいまい。呼吸はしているか? 急げ。適切な処置をすれば、助かるやもしれぬ。力を貸してやる。必ず助けろ!』


「ふおおおお! 時間暴走オーバードライブ最大出力マキシマム!」


 アーシェはカテナを両腕で持ち上げると、飛び下りるような勢いで山を下り始めた。足下が崩れれば跳んで誤魔化し、もつれる脚を無理やりに動かして、レティスからの魔力で強化された身体能力を頼りに突き進む。前方にクリスの姿が見えてくると、一瞬だけ時間暴走オーバードライブを解除して叫んだ。


「屋敷へ!」


 クリスの反応も確かめずに先へ進み、祝女の屋敷の扉を蹴破った。ルーチェを治療してくれたときの、カテナの寝室まで行ってベッドに横たえる。


『人を呼べ。シャロンでなくても、カテナの側女ならば、応急処置の一つくらい出来るはずだ』


 レティスの言葉に従い、屋敷内を走った。突然のアーシェの侵入に後を追いかけてきていた側女に向かって叫ぶ。


「カテナ様が! カテナ様が雷に打たれました! 誰か応急処置が出来る人を!」


「しかし、シャロン殿は……」


「誰でもいいから、とにかく助けて! カテナ様が死んじゃう!」


 側女は振り返ると、屋敷の他の側女にも声を掛けてから奥へと向かった。アーシェがその後を追いかけようとすると、クリスの声がかかる。


「アーシェ、さっきのは母様?」


「カテナ様、雷に打たれたみたいなんです! まだ生きてるみたいですけど、このままじゃ死んじゃうかもしれません……」


 クリスは血相を変えると、アーシェを押し退けるようにして奥へと進む。


「とりあえずベッドに運びました。他の人たちに声もかけて診てもらってます」


 アーシェは後を追いながら説明をする。クリスはカテナの寝室に飛び込むと、駆け寄ってカテナの首筋に手を当てつつ、鼻と口に耳を寄せた。


「脈はあるわ……呼吸もかろうじて……」


 それから側女たちを見上げて問う。


「シャロンは? シャロンはまだ目を覚まさないの?」


「無理やりにでも叩き起こしたいところですが、彼女も頭を負傷しておりますので……」


 クリスの顔が悲痛に歪む。アーシェが一度も見たことないほど、感情を露わにしていた。


「オーメまでカテナ様連れていきます。癒し手の一人くらい、いるかもしれません!」


「都合良くいてくれれば、確かにその方が早い……。でも、そんなの耐えられる状態には見えないわ」


「でもでも、このままじゃ!」


 クリスは歯を食いしばったまま、珍しく迷ったように動きを止める。ややあって立ち上がった。アーシェの瞳をまっすぐに見つめながら、その肩に手を置く。


「アーシェ、お願いがあるの。オーメまで行って癒し手の方を連れてきて頂戴。その方が時間はかかるけど、そもそもいるかどうかわからない。その前にシャロンが目を覚ましてくれるかもしれない。私はここに残って、その可能性に賭ける。……せめて側にいてあげたいし」


 クリスの眼には、今にも零れそうなほど涙が浮いてきていた。カテナを連れていってしまうと、今際の際にクリスが側にいられなくなる。そこまでは考えていなかった自分を、アーシェは激しく責めた。


「わかりました。絶対連れてきます。オーメにいなかったら、他の村まで行ってでも絶対連れてきます。どこにもいないわけなんてないんですからー!」


 アーシェは即座に時間暴走オーバードライブを発動して屋敷の中を駆け抜けた。外に出るとさらに速度を増す。


「レティスさん、力を貸して! 時間暴走オーバードライブ最大出力マキシマム!」


『その脚が壊れても、必ず救え! 今カテナを失うわけにはいかない。奴はこの村にとって必要な人間だ。何より、あの魔法攻撃を誰がやったのか、聞き出さねばならぬ』


「ふおおおおお!」


 葛折りを飛び下り、村の門を跳び越え突き進む。畑を、谷を、沢を、森を、ひたすら走り抜ける。レティスによる雷霆クラウソラスの遠隔操作での進路確保にも助けられつつ。最後は、オーメを囲む壁をも跳び越えて、中央の集会場を目指した。


「すみません、どこかの癒し手の人来てませんか? 誰か知りませんか?」


 集会場に飛び込むと、中に一人だけいた見知らぬ人物に話しかけた。驚いて目を丸くするだけの相手の肩を掴んで揺さぶりつつ、再度訊ねる。


「カテナ様が大変なんです! ここにいなければ、一番近い村を教えてください!」


「さ、先程まで能山のやま村の祝女の使いが来ておった。確かあれは、治癒キュアーが使えたと思う」


能山のやま村ですね? 行ったことあります」


「北の道を行け。丘を越えた後、谷沿いに進む道を知っているか? 急げば追い――」


「ありがとうございます!」


 アーシェは最後まで聞かずに時間暴走オーバードライブを発動して、集会場を飛び出した。何度か手紙の配達で行ったことがある。通る道さえわかれば、必ず見つけられる。無理だったら村まで行ってしまうだけ。もう一人くらいはいるはずなのだから。


「ふおおおおお!」


 門に回るなど時間の無駄と思い、石積みの建物を足場にして、道すら無視して街の中を突き進んだ。そのまま壁の外に出ると、言われた通り北の谷への道に向かって猛進する。


 小さな丘を越え、谷のように凹んだ地の森の中を走っていく。アーシェの速度からするといくらも進まず、だが実際には三キロ以上は走ると、前方に数人歩いているのが見えた。前に回り込んで振り返りつつ叫ぶ。


「すみません、能山のやま村の人ですか? 治癒キュアー使える人ですか?」


 突然現れたアーシェに戸惑ったのか、誰も何も答えない。アーシェは必死の形相で声を張り上げた。


「『はい』か『いいえ』くらい、すぐ答えてください!」


「わ、わたしが治癒キュアーを使えるが……」


 中の一人がおずおずと答える。


「じゃあ失礼します!」


 アーシェはそれだけ言うと、時間暴走オーバードライブを発動して問答無用で抱え上げた。そのまま事情も説明せずに走り出す。


「ふおおおおお!」


『いくらなんでも、無茶苦茶過ぎるぞ、アーシェ』


 流石にレティスがその行動を窘めた。しかしアーシェは、説明に必要なほんの数十秒が命取りになるのを恐れた。


「説明してる間に死んじゃったらどうするんですかー!」


『しかし、此奴にも事情はあるだろう。能山のやま村で怪我人が待っているのかもしれぬのだぞ?』


「そしたらあんなのんびり歩いてません! もし待ってたら、カテナ様助けてもらった後、アーシェさんがまた走ります! のろのろ歩いて帰るよりも早く、村に帰してあげますよ!」


『ほんに、暴走娘とはよく言ったものだ……。しかし、今はそれくらいで良いのかもしれぬ』


 そうしてアーシェが再び爆走して、畑のある盆地まで一気に戻ると、村へ上がる道のところにクリスとフローラがいるのが見えた。クリスがカテナの側を離れたという事実に、アーシェは言い知れぬ不安を胸に抱いた。それは、二人の前で立ち止まってすぐ、確信に変わった。


 クリスの眼が赤くなっていた。涙は流していない。しかし、明らかに泣いた痕があった。その顔はいつもの無表情。その裏に秘められた深い哀しみを、アーシェは感じ取っていた。


「うわあああああ! カテナ様ー!」


 アーシェはその場に崩れ落ちながら泣き叫んだ。涙が止まらず、声が止まらず、魂が悲鳴を上げ続けた。自分の無力さを痛感して、自分の価値を見失って、ただひたすらに泣き叫んだ。


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