第一話
「これは……全てが金属製? 入り口と同じもの……?」
クリスが誰にともなく言ったように、扉の先は入り口と同じ銀色に輝く不思議な金属製。中は大分広く、天井も高い。村で一番大きい祝女の屋敷がそのまま入ってしまうほど、大きな空間だった。そこに何か箱形の棚のようなものが整然と、そして多数並んでいる。
「なんだろ、これ? 黒いものがたくさん置いてあるよ?」
真っ先に駆け寄ったフローラが、棚の間の通路状の場所に入り込み、左右を見回しつつ言う。アーシェも手近な棚を眺めた。金属板を箱状に組んだもので、手の届かない高さまで、何段にも横板が渡してある。その上に、黒い板のようなものが多数並べてあった。
「触って大丈夫かな、これ?」
声のした方にアーシェが視線を向けると、フローラが恐る恐る黒い板に手を伸ばしていた。いざとなったら時間暴走を発動して助けるべく、アーシェは身構える。フローラの指が板に触れ、斜めに倒して引き出した。かなり滑らかな表面をしているのが見える。
「これ、黒曜石じゃないかしら?」
振り向くと、クリスも既に手に取っていて、その黒い板にランタンの灯りを当てて観察している。黒いのに光を反射して、輝いていた。確かに黒曜石と似ている。
「アーシェちゃん、ちょっとこっち灯り貸して」
小走りに近寄ると、アーシェはランタンを持ち上げ、フローラの手元の黒い板をよく照らす。表面が煌々と輝いて見えた。とても精巧な加工がされており、見事な直方体の板となっている。現代の技術で作られたものでないのは明らかだった。
「これなんなんですかね?」
「こういうときのためにあたしがいる。解析!」
フローラの指が作った円と瞳が金色に輝く。すぐに光は消え、フローラは意外そうな顔で結果を報告した。
「これ、ガラスだよ。黒いガラス」
「ガラス!? これ全部?」
棚にびっしりと詰め込まれた黒いガラスの板を見て、アーシェの顔が歓喜に染まる。さらに見回し、棚の数から、ガラスの量を想像する。そして両手を挙げて飛び跳ねた。
「お金持ちですー! こんなにたくさんあったら、ものすごいお金になりますよ? ここ、古代の宝物庫ですかー?」
「アーシェ、これ役に立つと思うの? 向こう側が見えないわ。透明じゃないと使い途ないんじゃないかしら?」
クリスの冷静な突っ込みに、アーシェは大きく肩を落として下を向いた。
「これ、窓とかカンテラとかに使うためのものじゃないみたいだよ。解析の結果では、これは本だって出てる」
「本? これがですか?」
アーシェはフローラの手元の黒いガラスを再び照らし直した。本というからには文字が書いてあるはず。しかし、ただ黒いだけで何も書かれてはいない。どう見ても本とは思えない。
「解析は反応しないんだけどね、何か表面に彫り込んであるように見えない? すごくちっちゃいの」
アーシェは顔を近づけてよく見てみた。確かに完全に滑らかではなく、小さな傷が沢山付いているようにも見える。
「私にも何か刻み込んであるように見えるわ。小さすぎてとても読めないけども……。もしかして、向こうにあるあれで読めるんじゃないかしら?」
クリスは振り返ると、入り口左右に置いてある、何かの古代遺物を指差して言った。
『我もそう思う。あれも何かの機械のようだ。知っているものかもしれぬ。近寄ってみよ』
レティスの声に従って、アーシェはそれに近寄った。フローラもついてきて一緒に見て周る。やはり名状しがたい複雑な形で、アーシェには何に使うものなのかさっぱり想像がつかない。
「なんですか、これ?」
『済まぬ、我にも全くわからぬものであった……。我が最後に召喚された後、相当文明が発達したようだな……』
大きな百合の花のようなものがついた遺物が一つ。台のようなものが取り付けてあり、筒状の何かがその上に二つ付いている遺物もある。同じものがクリスの行った入り口の反対側にもあるようだった。
「やっぱりこれじゃないかしら? この台のところ、ガラス板がちょうど嵌まる大きさになってるわ。ほら、ぴったりと嵌め込める」
「ほんとだね……。嵌めた後になんか動かせるようになってる。この筒みたいになってるところなんだろう?」
フローラは身を屈めて、その筒のところを間近で観察しだす。そして唸る。
「むむむ……これにもガラスがついてるように見える。もしかして、覗ける?」
フローラは二本の筒に両目を当てるようにして中を覗き込んだ。アーシェはカンテラを持ち上げて、筒のところを照らす。
「なんか見えますかー?」
「んー、中暗くてよくわからない……。でも何かが見える気もする。期待薄だけど、解析で使い方わからないかな?」
フローラは一度身を起こして、解析を発動した。金色の光を通して、また何かを読み上げるように語り出す。
「顕微鏡。光学レンズの組み合わせにより、微小な物体を拡大して肉眼で観察するための装置」
「拡大……やっぱりこれで読めってことなのね。使い方は?」
「うーん……理論説明されてもよくわからないよ……」
フローラに向けていた視線を呆れたように外すと、クリスは自分で色々と工夫を始めた。
「アーシェさんにも! アーシェさんにも触らせてくださいー!」
カンテラを顕微鏡なる機械の設置された机の上に置くと、フローラの前に割り込むようにして、アーシェも筒の中を覗いた。何やら煌々と輝いて見える。その形は、古代文字のように思えた。間違いなく祭祀文字と聖刻文字の組み合わせだと確信すると、アーシェは顔を上げて、まだ解析を続けているフローラに言った。
「古代文字書いてあるの見えますよ? キラキラしてます」
「ええっ!? さっきは暗くてよく見えなかったけど……。ちょっと見せて」
フローラはアーシェを押し退けるようにして顕微鏡を奪う。それを覗いて感嘆の声を上げた。
「おおっ、ほんとに古代文字見える。え、なんで? さっきは見えなかったのに?」
クリスもカンテラを持ってこちらに近寄ってきた。
「ね、単にここが暗いからじゃないの? そのガラス板自体を照らさなければならないのじゃないかしら? 今ちょうどカンテラの灯りが横から差し込んでるわ」
「あ、そうかも?」
フローラはカンテラの位置を移動して、再び顕微鏡を覗き込む。
「よく見えなくなった。位置で見え方変わるのかな……。あ、この位置が丁度いいみたい」
色々と動かしてみていたフローラが手を止めたのは、アーシェが最初に置いた位置だった。
「おお、流石アーシェさん! ふふふふ、アーシェさん、実は使い方ちゃんと見抜いてその位置に――」
『嘘は良くないぞ、アーシェ。偶々であろう』
レティスの声がする。クリスもフローラも、白い目でアーシェを見ていた。アーシェは深く頭を下げて謝る。
「ごめんなさい、見栄張りました。ただの偶然です」
「ま、いいや。とにかく読めるようになったことは確か。とはいえ、読み方が……解析で読めるかな……」
フローラは指の輪を顕微鏡の筒の部分に当てて解析を発動する。そのまま目を近づけた。
「お、読める読める。けども、これ変な位置で意味がわからない。端から読まないと」
フローラは解析を発動したまま、ガラス板を横に動かして、文章の始まりを探しているようだった。見つけたのか、声に出して読み上げ始める。
「私の研究成果では、この瘴気への耐性を生み出す遺伝子は、Y染色体によって阻害されることが判明した。女子にのみ耐性を持った個体が発生しているのは、そのためである。三毛猫が雌しかいないのと同じ原理だ。このままでは耐性を持った男子は生まれない」
フローラの語っていることは、アーシェにはさっぱり意味がわからなかった。
『此奴は何を言っておるのだ?』
「レティスさんにわからないのに、アーシェさんにわかるわけないじゃないですか……」
『それもそうだ。愚問であった』
フローラはそのまま意味のわからないことを語り続ける。
「そこで私は一つの解決策を考え付いた。単為生殖が可能なように、DNA書き換えをするというものだ。ゲノムインプリンティングの改変による単為発生の実験は、既にいくつかの動物で成功している。もしこれがうまくいけば、人類は滅亡を免れることが出来るだろう」
「人類の滅亡……。これはやはり古代人の記録に間違いないわね……」
「くーちゃん意味わかるの?」
「最後のとこだけはわかったでしょ?」
アーシェは何度も首を縦に振る。確かに『人類は滅亡を免れる』と言っていた。フローラは解析の発動を解いて顔を上げると、興奮した顔で言った。
「すごい大発見だよ、これ! 古代人滅亡の理由が全部書いてある!」
アーシェとクリスは、目をぱちくりさせながらフローラを見た。同じ言葉が同時に漏れる。
「意味わかるの?」
「ぜんぜん?」
あっけらかんと答えるフローラに、クリスは興味を失ったように背を向けた。
「そんなことだろうと思ったわ……」
「もしかして、ここにあるもの、全部役に立たないんじゃないかな? 読めても意味わからないんじゃ仕方ないし……」
フローラはがっくりと肩を落として下を向く。そして弱々しく言葉を続ける。
「入り口のところにさ、『この扉を開けることが出来るほどの文明』って書いてあったよね……。あたしたち、そんな文明あるわけじゃないんだよね。あたしが解析で無理やり開けちゃったみたいなもので、理解して開けたわけじゃないからね……」
「やっぱりここは開けるべきではなかったのよ。再び封印しましょう。元に戻せば、他の人たちには開けられないわ」
クリスはそう言うと、自分が持ち出したガラス板を置いたままの顕微鏡の方へと歩を進める。アーシェはそんな二人を見て、突然奇声を上げた。
「ふおおおおお!」
クリスが振り返り、フローラが顔を上げる。アーシェは二人の顔を交互に見た後、両手の拳を強く握りながら大声で叫んだ。
「なんでそんな簡単に諦めちゃうんですかー!」
気迫に押されたのか、呆気にとられた顔のクリスを指差して言う。
「くーちゃん! くーちゃんの夢は、この村のみんなを守ることですよね? このままじゃこの村は滅びちゃいます。クロカミが増えてる原因を、どうにかしなきゃならないのです。ここに、その答えがあるかもしれないのです!」
次いで振り返り、フローラを指差して言う。
「フローラさん! フローラさんの夢は、この世界の秘密について解き明かすことだって言ってましたよね? ここにそれがあります! 一つ読んでみてわからなかったからって、さっさと諦めちゃってどうするんですかー! 疑問に思ったら調べるのが信条じゃないんですか!?」
アーシェは部屋の中を走っていき、一番端の棚のところに立った。そしてそれを左手で叩いて言う。
「ここから……」
並んでいる棚の横を走り抜け、反対側の端まで行って、そこの棚を叩いてから続ける。
「ここまで! こんなにたくさん、そのガラスの本があるんですよ? 一つくらいわかるのあるかもしれないじゃないですか! 全部読んでみて、全部わからなかったら、そのとき諦めればいいのです!」
そのアーシェの様子を見て、フローラは感激したように目を潤ませつつ言った。
「そうだね……。そんな簡単に諦めちゃダメだよね! よし、みんなでこの中もっと探検してみよう! 何か手掛かりがあるかもしれないよ!」
「はぁ……負けたわ、アーシェ。あなたの諦めの悪さは村一番ってこと、忘れてた」
そう言ったクリスの顔には、珍しく微笑が浮かんでいた。
「ではでは、みんなで隅々まで調べちゃいますよー!」
アーシェの掛け声とともに、三人は動き出す。ルーチェも入り込んでいて、アーシェのあとをつけて、あちこち嗅ぎまわり始めた。最後にレティスの言葉が響く。
『ほれ、己にも役に立てることはあったろう』




