第七話
「ふわぁぁぁぁ」
アーシェは大きく欠伸をしながら身体を起こした。流石にベッドと同等とはいかなかったようで、身体の節々が少し痛い。見回してみると、フローラの姿はなかった。
「ああぁぁぁぁ」
もう一度大きく欠伸をする。眠くて仕方がなかった。どのくらいの時間までだったのかはわからないが、昨夜はあの後、神と天使、悪魔と神殺しについて、何が本当で何が嘘なのか、フローラと二人でさんざん議論し合った。結局、答えは出なかった。
「レティスさん、どうして昨日教えてくれなかったんですか?」
アーシェは何度も語り掛けたが、レティスは答えをきちんと教えてくれなかった。
『だから言ったであろう。我にもよくわからぬと。我は天使を名乗るものと戦ったことはある。しかし奴らが神と呼ぶものとは戦っていない。だからどんなものかは知らぬ。本当に神であるかどうかすら知らぬ。我が戦い、殺していたのは、おそらくもっとずっと昔の時代の別の神だ。それですら、己らの言うところの神と、同質のものであるかどうか知らぬ』
「つまり、レティスさんは、実はただの人殺しだったかもしれないってことですか?」
アーシェの的確な突っ込みに、レティスは珍しく狼狽えたように答える。
『ひ、人聞きの悪い言い方をするな。確かに我の生きていた時代の人間は皆、神の子孫であった。だから、神も人も大して変わらず、同じものなのかもしれぬが……』
「まあ、いいです。とりあえず、レティスさんはアーシェさんに協力してくれるいい人ですし。フローラさんだって、レティスさんが力を貸してくれなければ、助けられなかったでしょうし」
それでフローラがいないことを思い出して、アーシェは改めて周囲を見回した。ほぼ真っ暗なのだが、レティスの影響か、アーシェは夜目が利く。流石にこれで生活出来るほどではないが、ルーチェもいないのと、ランタンがなくなっていることには気付いた。
「お外までお水でも飲みに行ったんですかね?」
『呼んでみろ。返事があるはずだ。先程、ルーチェを追いかけてあの穴に潜り込んでいった』
「毎度思うんですけど、どうしてアーシェさん寝てるときのこと知ってるんですか?」
『魂だけだからか、眠る必要がないらしい』
「まさか……アーシェさん寝てる間に、勝手に身体使って何かしてたり……」
『試したことはあるが出来ぬようだ。この身体はあくまでも己のもの。己の魂を殺すなり、贄として身体と共に捧げでもしてもらわぬ限り、動かせぬのだろう』
「そうなんですね……。良かったです。知らない間に変なことされてたりしたら困るんで」
『我をなんだと思ってるのだ、全く……』
レティスの不満の声を搔き消すように、アーシェは大きく声を張り上げた。
「フローラさーん! ルーチェー! どこ行ったんですかー!?」
耳を澄ますも、フローラの返事はない。代わりにルーチェの鳴き声が聞こえた。レティスの言う通り、確かに壁の穴の向こうのようだった。
アーシェは床を這っていき、穴を潜って向こう側に出た。洞穴の奥がぼんやりと光っており、左に曲がった先にランタンがあるのだろうことがわかる。
「あっち、古代遺物のところ……?」
『ふむ……自力で見つけたか。行ってみよ。奴ならば、あれが何なのか、固有魔法で調べることが出来るのではないか? 我が知っている時代よりも、ずっと進んだ文明の遺物に違いない。我も興味を惹かれる』
レティスに言われるまでもなく、アーシェは立ち上がって奥へと進んだ。角を曲がると、奥の金属机の上にある古代遺物の前で、フローラが何かをしている。
「フローラさん、何してるんですかー?」
くるりと振り返ったフローラの顔は、興奮と歓喜に染まっていた。
「アーシェちゃん、あたし大発見! これ古代遺物! ここ、やっぱり古代遺跡だったんだよ! この左手が入り口みたい。きっと重大な秘密がこの中に!」
アーシェはフローラの元へと駆け寄った。机の上にあった、金属製の複雑な形状の物体の一部が取り外されているのを見て、アーシェは叫ぶ。
「あー! 壊しちゃってますー! 古代遺物、それどんだけ価値あるかわからないのにー!」
フローラは慌てた様子で、手と首を振ってそれを否定する。
「違うの、違うの! これは修理してるの! そこに書いてあるんだよ、これそのままでは使えないようにしてあるって!」
アーシェは目をぱちくりとさせながら、フローラを見つめる。
「古代文字……読めるんですか?」
フローラは自慢気に、ニヤリと笑う。
「ふ……あたしを誰だと思ってるんだね? 古代文字くらい、解析でどうにでもなるんだよ!」
「読んで読んで! 教えてください! これずっと読めなかったんですよー」
壁に嵌め込まれた、古代文字の刻まれた金属板の前に行って、アーシェは期待に目を輝かせた。フローラが隣にやってきて、それを読み上げ始める。
「この扉を開けることが出来るほどの文明を人類が再び持った時、ここに眠る古代の英知と忌まわしき歴史が蘇る」
「古代の英知と……歴史?」
「つまりね、ここ開ければ、古代人がどうして滅びたのかわかるんだよ! 古代遺物みたいのの作り方もわかるんだよ! あたしの勘はやっぱり当たってた。この村に秘密の全てがあったんだよ!」
「おお、おおー! すごいです、すごいすごいー! 続きは? 続きも読んでくださいー!」
アーシェは両手を挙げて飛び跳ねて、全身で喜びを表す。フローラは再び古代文字に視線を戻し、読み上げ始めた。
「このダイヤル錠を開けるフレーズは、回転盤式暗……暗なんだっけ……?」
首を捻って思い出す素振りをするフローラ。アーシェは昨夜天使像に解析をしていたときのことを思い出した。古代文字を知っていて読めるわけではなく、解析にて読み上げただけなのだろう。きっと続きは忘れてしまったのだとアーシェは理解した。
「もう一回解析してみたらどうですか?」
「それでもいいんだけど、あたしにもよくわからないことが結構書いてあったから……」
『よくわからぬのに、あれをあんなにしてしまったのか、この女は……』
心の中で響いたレティスの呟きに、アーシェは強く同意した。
「あ、とにかくね、ここに書いてあるこの六つ並んだ古代文字。アルファベットっていうらしいんだけど、これをこっちの壁のとこのこれ! 合わせればいいみたい、こうなるように」
フローラは今読み上げた古代文字の刻まれた金属板の横に並んでいる、円盤が埋め込まれたと思しき部分を指してそう言った。そこには確かに、同じ種類と思われる古代の線文字が刻み込まれている。指で動かすと回るようになっていて、文字を変えることが出来る仕組みだった。
「でもこれ、アーシェさん試してみたことありますよ? それ動くのは知ってたんで、ここに書いてあるのと同じ並びにしてみたことあります」
「ふっふっふっふ、甘いね、キミ。このままじゃダメなんだよ。そんな単純な考え方しか出来ない人間には、開けられないようになってるの。書いてあったでしょ、『この扉を開けることが出来るほどの文明を人類が再び持った時』って」
「逆にしてみてもダメでしたよ?」
フローラはアーシェの前で人差し指を左右に振る。そしてしたり顔で解説を始めた。
「ここに刻み込んであるこの六つは、そのままが答えじゃないんだ。これを元に暗……暗……なんだっけ? あ、そうそう、暗号! 暗号とやらを解いて、その答えを揃えなきゃダメって書いてあるの。で、それは普通に考えても無理らしくて、そっちのあの複雑な形のあれ」
フローラは奥の机の上の、壊してしまった金属の何かを指差して続ける。
「あの暗号何とかを動かして、答えを出さなきゃならないらしいんだ」
『なるほど、あれは暗号を解くための機械であったか……。我の時代にあった、星の動きを知るための機械と似ておるとは思っておったが……』
それはそうなのかもしれない。しかし、その機械とやらの状態を見て、アーシェは最初と同じことを叫んだ。
「で、なんで壊しちゃってるんですかー!」
「だから修理してるんだってばー! これもそのままじゃ使えないようにしてあるって書いてあるの。知恵を試すためだって。仕組みがわからない程度の文明では、使えないようにしてあるって」
「期待したアーシェさんがバカでした……」
アーシェはくるりと振り返ると、両肩を落としてとぼとぼと帰り始めた。自分たちはその仕組みがわからない程度の文明なのだから、使えない。つまり、扉は開けられない。
「ふっふっふっふ、甘いね、キミ。あたしを誰だと思ってるんだね?」
やけに自信あり気なフローラの台詞が再び響く。アーシェが振り返ると、フローラは腰に手を当て、自慢げに微笑んでいた。
「直し方くらい、解析でどうにでもならないんだよ!」
「どうにでも……ならない……?」
「いや、だって、全部はちゃんと理解出来なかったし……」
何を言っているのか理解出来ず、アーシェは半眼になってフローラを見上げる。
「でもでもね、あたしこれ見てて直し方わかっちゃったんだよ。大きさが同じ円盤、入れ替えてあるだけじゃないかって。全く同じ形だから、入れ替えても動くのは間違いない。三つが同じ大きさだから、それ入れ替えて試してたとこなの」
アーシェは機械の元に駆け寄り、その形をよく観察した。確かに取り外した円盤のうち三つは同じ形をしているように見える。内側に穴が開いていて、ギザギザになっているのも同じ。外周部に並んでいる古代の線文字の順番だけが違うようだった。
「つまり、全部試せば、答えが出るってことですか……?」
「そうそう。六通りあるから、六回やればどれかが正解のはず。間違っても魔獣が襲ってきたりはしないみたいだし、時間さえかければ、きっと開けられるよ」
アーシェの顔がぱあっと輝く。飛び跳ねながら、大きな声を出して騒いだ。
「やりましょう! 全部試しましょう! 古代の秘密、解き明かしちゃいますよー!」
フローラもアーシェの手を取って飛び跳ね、二人で踊るようにして喜びを示す。
「ではでは、古代遺跡発掘隊行動開始! 早速第一助手のアーシェちゃんに仕事を与えるよ!」
ルーチェであれば尻尾をぶんぶんと振っているような顔で、アーシェはフローラを見上げる。
「アーシェちゃんには、朝ご飯係を命じる! もうあたしお腹空いちゃって……」
再び両肩を落として、アーシェはとぼとぼと引き返した。
「ですよねー。アーシェさんにやれることなんて、あるわけないですよねー」
『とは言え、実際必要なことだ。文句を言わずに働け。この先、己にも役に立てることはきっとあるであろう』
珍しく慰めてくれるレティス。アーシェはむしろ、何もないことを予想しているからこそ、慰めているのだと理解した。
§
「うまくいかないもんだねー」
フローラはアーシェの作った握り飯を頬張りながら嘆いた。既に二度目の食事。つまり昼過ぎである。
「あと二通りあるんですよね? きっとどっちかが当たりです! 今やってる途中のダメだったら、アーシェさんちょっとお買い物行ってきますね。浄化してあるご飯、もうルーチェ用のしかないんで、買ってきます」
「よし、じゃあ先に試しちゃおうか。あと一文字だし」
フローラは握り飯を机の上に置くと、暗号を解く機械に手を掛けた。右端の円盤を手前に引いて回していく。連動して、他の円盤も回り始めた。左にいくにつれ、円盤の動きが遅くなっていく。フローラはそのまま右端の円盤をどんどんと回していった。
左端の円盤の横についている目印のところに、壁に刻んであった古代の線文字の最後の文字がくるまで、ひたすら右端の円盤を回していく。ぴたりと合ったところでフローラは手を止めて、右端の円盤を見た。それから、身体を起こして壁際に進む。
「アーシェちゃん、祈っててね。最後の文字、合わせてみるよー」
(姫神様、お願いします!)
アーシェの祈りが通じたのだろうか、最後の文字を合わせた瞬間、カチリと金属音が響いた気がした。
「お? お?」
「今の音聞こえた? これ、開いた音じゃないのかな?」
「きっとそうですー! 扉って、ここのとこ? 少し隙間あるとこ?」
アーシェはアルファベットを合わせた回転盤横の、僅かな金属の隙間のところに近寄る。今までただの壁の凹凸だと思っていたところが、急に取っ手のように見えてきた。
「どっち? こっちに引っ張るの?」
「ふおおおお!」
二人で取っ手のような部分に指をかけ、思いっきり横に動かす。
「ぐぎぎぎぎ、これ……動かな……あ、少し動いたかな? 隙間広がったよ!」
フローラの指摘に、アーシェはいったん手を放して、隙間を確かめる。確かにほんの少しだが広がった。そこに目を当て、中を覗き込む。
「真っ暗で何も見えないですー」
『しかし奥に空間があるぞ。狭すぎて我にもようわからぬが、部屋なり通路なりがあるのは間違いない』
「おお、奥に何かあるってレティスさん言ってます! 開けてみましょう」
再び二人で力を合わせて、取っ手を引っ張る。
「ふおおおお!」
しかしほとんど動かない。しばらく格闘したのち、二人とも力尽きてその場にへたり込んだ。
「アーシェちゃん、固有魔法でどうにかならないの?」
「なりませんよー。アーシェさんは速くなるだけで、力持ちになれるわけじゃないんで……」
「二人じゃ無理かー……。誰か力持ちの人を……」
二人ではっと顔を見合わせる。互いの表情がぱあっと明るくなった。
「くーちゃん! くーちゃん力持ちです! ここのことも知ってるし、手伝ってもらいましょう。アーシェさん、ちょっとひとっ走りしてきますー! 時間暴走!」
アーシェはそう言うと目にも止まらぬ速度で走り出し、あっという間に壁の穴を抜け、暗い洞穴を駆け抜けていく。外に出ると眩しさに目を瞬かせながら、村の方へと曲がって坂を駆け上がっていった。
「くーちゃーん! どこですかー!?」
そう叫びながら村の門を跳び越える。
『時間暴走したままでは、叫んでも理解してもらえぬぞ』
レティスの冷静な指摘に慌てて時間暴走を解いて、もう一度叫び直す。
「くーちゃーん! くーちゃーん!」
窓から顔を出した近くの家の村人が、大きな声で教えてくれる。
「クリスなら、さっきここを通って上がっていったぞー」
「ありがとーございます! ふおおおお! くーちゃーん! くーちゃーん!」
村に入って幾らも進まないところにあるクリスの家へと、大声で叫びながら向かう。辿り着くと、萌葱色の瞳が窓から外を見ていた。半眼になって睨みつけている。
「くーちゃん! 良かった、お家にいたんですね!」
アーシェは建物に駆け寄ると、窓枠に手をかけ背伸びして中を覗く。
「騒がしいわね。今度は何があったの?」
「えっとですね、あの――」
『中で小声で話したほうが良い。あまり大っぴらにして良い話ではない』
「あ……そうですね。くーちゃん、ちょっとお話があるから、中入ってもいい?」
返事はないもののクリスの姿が窓際から消え、入り口の扉が開いた。アーシェは嬉々として中に駆け込んでいく。
「で、何? 私、午後もやりたいことあるんだけど?」
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいんで、力貸してください。あのですね、アーシェさんのお家の奥、古代遺跡ありますよね? なんとあれの扉、開いちゃったんです!」
クリスの眼が大きく見開かれた。瞬きを何度かした後、ゆっくりと確認するように声を出す。
「あれを……開けられたの? 傷も付かない頑丈な扉なのに……。もしかして、あのフローラが開け方を?」
「そうそう。でもですね、扉重すぎて、ちょびっとしか開かないんですよ。で、くーちゃんに手伝ってもらおうかと思って」
アーシェの説明に、クリスはやや怒気を含んだ調子で応じた。
「フローラにあの場所を教えたの? 誰にも教えるなと言ったのに……」
「それがですね、ルーチェの後追っかけて、勝手に見つけちゃったみたいで……」
申し訳なさそうに答えるアーシェを見て、クリスは軽く溜息を吐いた。
「だから穴塞いでおけと言ったのに……。それはもう遅いけど、まだ開けていないのなら、開けない方がいいと思うわ。私たちはあの中に入らない方がいいから、開けられないようになってたんだと思うから」
断られるとは思っていなかったアーシェは、困惑顔でクリスを見上げる。そのまましばらく二人で見つめ合うと、クリスはふいっと視線を逸らして、独り言のように言った。
「――と言って諦めるような性格じゃないわね、あなたも、あのフローラも。私が断ると、誰かその辺の人に声かけて周るんでしょうね……。はぁ……いいわ、私が行く。あの場所のことを言いふらして周られるよりはマシだわ」
「ふおおおお! くーちゃん、ありがとー!」
「声を落として。本当に騒がしい子ね……」
クリスは渋々といった体ながらも、アーシェの後を追って家を出た。
§
「私、やっぱり帰るわ……」
広間まで来てから、突然クリスがそう言って踵を返す。アーシェは困惑顔でその背に縋り付いた。
「なんでなんでー? ここまで来て帰るとか、ありえないじゃないですかー!」
「やっぱり開けない方がいいと思うの」
クリスはそう言うも、笑いを堪えた様子のレティスが事実を教えてくれる。
『アーシェ、クリスはあの穴を通り抜けられないのだ。フローラでぎりぎりであったからの。奴の尻では引っかかってしまうのを見抜いたのであろう。昔は入れたから、大丈夫だと思って来てしまったのであろうな。随分と元気に育ったものだ』
「なるほど……。くーちゃん、ちょっと待っててください。別にこれ、広げちゃっても構わないですよね? 雷霆!」
アーシェが手のひらを丸く動かすと、光の剣が複数飛んで、壁の穴の周囲を穿つ。もう一度同じことをすると、綺麗に崩れ落ちて、穴は一回り大きくなった。
「さささ、これで入れるはず。奥行きましょ、奥」
クリスは微妙な表情を浮かべて無言で見ていたが、アーシェが瓦礫を除けて先に穴を潜り始めると、小さく溜息を吐いてから後に続いた。
「あ、クリスちゃん! 来てくれたんだ。助かるよー!」
角を曲がると、地面にへたり込んだままだったフローラが立ち上がり、クリスを笑顔で歓迎する。クリスは周囲の様子を注意深げに観察したのち、確かに隙間が出来ていることを指で触って確認しながらフローラに問う。
「もしかして、古代文字を解析して開け方を知ったの?」
「そうなんだよ。こう書いてあったの。『この扉を開けることが出来るほどの文明を人類が再び持った時、ここに眠る古代の英知と忌まわしき歴史が蘇る』って」
「古代の英知ですよ! きっとガラスとか、あの錆びない包丁とか、何でも切れる鋏とか、作り方全部わかるんですよー?」
「天使の秘密もわかるんだよ? あたしが探していたものが全部、きっとこの中にあるんだよ?」
アーシェとフローラはそう興奮して、クリスの周囲で手を振り回しながら飛び跳ねる。しかしクリスは、やや不安気な表情を浮かべて言った。
「私はそれよりも、『忌まわしき歴史』って書き方が気になるんだけど……。知らないままのがいいことじゃないのかしら? やっぱり開けない方が……」
「じゃあどうぞお帰りください。アーシェさんは組合に依頼を出してきましょう。力持ち募集、って!」
クリスは恨めし気にアーシェを見下ろすと、扉に取り付いた。
「こっちに引っ張ればいいのかしら?」
「きっと三人で力を合わせないと無理ですよ」
「せーの!」
三人で精一杯引いてみるも、扉はなかなか動かない。
「これ……本当に開くの……? レティス、聞こえてるんでしょ? あなたも手伝いなさい。あなたが魔力を供給すれば、アーシェが私くらいの力は出せるの、知ってるんだからね」
『知られておったか。致し方あるまい。身体が壊れぬ程度に力を貸してやる』
「貸してくれるって! ふおおおおお!」
三人と一人の力を合わせると、扉は軋み音を立てつつ、ゆっくりと動いていった。
「動いてる動いてるよ、このまま頑張れー!」
数十秒後、三人は地面にへたり込みながら、カンテラの灯りが照らす奥の様子を目にしていた。
「はっ、はっ……やっと開いたよ……」
「中、なんか並んでますね? 入ってみましょう」
アーシェが先頭に立ち、カンテラを掲げて扉の隙間を通り抜け、中へと踏み込んでいく。そこには見たこともない不思議な光景が広がっていた。




