第六話
アーシェとフローラは、火起こしに使うために置いてあった稲藁を全部奥へと運び、解してから毛布を掛けた。その上に横になると、思った以上に寝心地が良かった。
「おお、悪くないですね、これー」
「そりゃまあ、基本的にはベッドと一緒だし……。燃料用のだから、やっぱり少し硬いけど」
寝心地を確かめていると、ルーチェがやってきて、二人の間の一番いい場所で丸くなる。
「あははは、一緒に寝るってー」
ルーチェの背中を撫で繰り回しながら、フローラは笑顔で応じる。アーシェも改めて横になって、ルーチェと顔を突き合わせた。鼻をペロリと舐められ、くすくすと笑う。
それからフローラは髪を解いて、櫛を通し始めた。解いてみるとアーシェが思っていた以上に長く、腰まで届いている。寝転がったまま手を伸ばして触れると、ふんわりとした感触の巻き毛で、アーシェは自分の硬くてまっすぐな髪と、左右の手で触り比べた。
その様子を見ていたフローラが、髪と同じくふんわりとした微笑を浮かべながら言う。
「アーシェちゃんの髪、性格と一緒でまっすぐだよね」
「そうなのです。とても強情なのです、髪の毛も。ぴんぴん撥ねて、どうしようもないのです」
フローラがアーシェの頭に手をやって、その感触を確かめつつ髪の間に指を通す。
「クロカミの人たちとおんなじ感じだね。あの人たちって、身体は弱いのに、髪の毛は丈夫だよね。アーシェちゃんは、髪の毛だけは、ほんとにクロカミと一緒なんだねえ……」
アーシェは仰向けになり、自分の前髪を摘み上げながらしんみりと語る。
「昔はよくこれで虐められたものです。半分クロカミだとか、眼だけ色塗ってるだとか」
「へー、なんか信じられないな、それ。アーシェちゃん人気者みたいじゃない。明るくて元気で楽しいから、歩いてるだけでみんな声かけてくるよね?」
「昔はもっと暗くて、大人しくて、いつも泣いてばかりでした。誰も相手してくれないか、アーシェさんを虐めるだけで、いっつも独りぼっちだったのです」
フローラは髪の手入れを中断すると、アーシェと頭の高さを合わせて寝転がった。フローラがルーチェの背中を少し押すと移動してくれて、二人で見つめ合う形になる。
「なんか意外だなあ。全然想像つかないや、そんなの」
「くーちゃんのおかげなんです。くーちゃんだけが、アーシェさんの味方してくれて。祝女様――セシリア様も優しくしてくれてたんですけど、もう浄化使えるようになってたから、跡継ぎに決まってて、一緒に遊んだりは出来なくて」
「あの子ってもしかして、昔は明るくてよく笑う子だった?」
フローラの唐突な質問に、アーシェは瞬きをしながら昔を思い出す。
「くーちゃんですか? いえ……昔からああだったと思いますけど。……でももうちょっとは愛想良かったかも。アーシェさんの味方したことで、お友達と仲悪くなっちゃったからかもしれません。他の子とは遊ばなくなって、いつもアーシェさんのお家来てくれてたし」
「その頃って、その……まだアーシェちゃんのお母さんは……」
遠慮がちに問うフローラに向かって、アーシェは寂しそうに微笑んだ。
「ずっと小さいときに死んじゃってて、顔も覚えてないです。アーシェさん、クロカミの人たちに育ててもらったんですよ。その頃の祝女様だった、カテナ様のお母様が、子供を亡くしたクロカミの人をアーシェさんのお母さんにして、育てさせてくれたんです。村の外には出られなくても、家事とかの仕事は出来ますから、丁度いいって」
「それもあって、虐められたのかな……。勘違いされそうだし」
フローラはそう言って瞼を伏せる。アーシェはその哀し気な顔を見ながら、昔を思い出した。
「アーシェさん、悪魔の子って言われたこともあります。お母さん、三回も代わってるんです。みんな早く死んじゃって。クロカミの人たちだから、身体が弱かったせいだっての、今ならわかるんですけど、当時はアーシェさんの側にいたから死んじゃったのかと、本気で思って」
「だからクロカミの人たちのために寄付してるんだね……。昔お世話になったから。これ以上死んじゃうのも嫌だから。ここに住んでるのも、そのため? 一人でも多く上に住めるように、自分で選んだの?」
「そうです。最後のお母さんが死んじゃったとき、もう祝女様がクロカミの保護施設始めてたんですよ。アーシェさん住んでたお家、それに使えないかなって思って。くーちゃんも近くに一人で住んでたんですけど、下の方の小さなお家に引っ越してくれたんですよ」
フローラは瞳を揺らし、何度も瞬きをしながら、アーシェの頭に手を伸ばした。優しく撫でられると、とても落ち着く気がして、アーシェはそっと眼を閉じる。
「アーシェさん、くーちゃんに恩を返せたでしょうか? 頑張って明るく元気な子になったつもりだったんですけど、泣き虫直ってないって言われちゃって……」
「大丈夫、少なくともあたしは、アーシェちゃんに元気をもらってるよ。クリスちゃんもきっとそう。無愛想な振りしてるけど、ほんとはアーシェちゃんのこと大好きなんだよ。好きになってくれるってことはさ、アーシェちゃんがそれだけ魅力的だってことじゃないかな?」
アーシェは意外なことを言われた気がして、瞼を上げてフローラの瞳を覗き込む。至極真面目な様子でフローラは見つめ返してきた。ただの慰めとは思えない、真剣な表情だった。
「アーシェちゃん、ほんの二時間もしないうちに、オーメとの間を二往復近くもしたんでしょ? あたしのために、ものすごい速さで走り回ってくれたんでしょ? それでそのあと、三日も寝込んじゃって。そんな優しい頑張り屋さんだから、みんな好きになってくれるんじゃないかな?」
「アーシェさんは、走るくらいしか出来ないから……。こんな髪に生まれてきたのも、ほんとに半分クロカミなのかもしれないです。頭悪いし、ひたすら走るしか能がないから」
アーシェは再び自分の真っ黒な髪の毛を摘み上げて、それを見つめる。寂しそうなその様子に思うところあったのか、フローラはがばりと起き上がった。
「よし、じゃあ、あたしが調べてあげる」
「ふぇっ!?」
「疑問に思ったら調べるのがあたしの信条。この固有魔法は、そのためにある。解析!」
フローラはアーシェの顔を、黄金色に輝く指の輪を通して覗き込んだ。その口から、震える声が漏れる。
「なに……これ……」
その様子にアーシェは不安を掻き立てられ、慌てて身を起こしてフローラの肩を掴む。
「どうしたんですか? アーシェさん、やっぱりクロカミなんですか?」
フローラは激しく首を振る。その瞳には怯えの色が見えた。
「アーシェさん、もしかして、本当に悪魔の子……?」
『違うぞ、アーシェ。おそらく我を見られた。我に怯えているのだ、この女は』
事情を察したのか、レティスが推測を述べる。ほぼ同時にフローラの唇から洩れた言葉は、それを肯定していた。
「アーシェちゃん、落ち着いて聞いて。あなたの中に、もう一人いる。こんなの、見たことない……。だから髪だけ黒く? もう一人の色?」
「レティスさん……。見えるんですね、レティスさんが……」
アーシェの言葉を聞いて、フローラの眼が見開かれた。ずいと顔を寄せて、瞳を覗き込んでくる。
「アーシェちゃん、自覚あるの?」
「アーシェさんの中には、もう一人います。レティスさんって人。神殺しの咎人って自分では言ってます。アーシェさんが固有魔法二つ使えるのは、一つはアーシェさんのじゃなくて、レティスさんのだから。雷霆はレティスさんので、時間暴走がアーシェさんのなんです」
「クラウ……ソラス? 神殺しの剣……。あたし聞いたことある。古代から語り継がれる伝承に、そういう名前のが出てくるって」
「アーシェさんもそれ聞いて、そう名付けたんです。ほんとは名前なんてないらしいんですけど、ないと可哀想ですし。姓もないっていうから、姫神レティスって名前にしてあげました」
「……もしかして、村のみんなが知ってることだった?」
「くーちゃんにしか教えてないですよ。くーちゃんが誰にも言うなって。固有魔法が二つ使えるのも、アーシェさんが生まれつきの天才だからってことにしてあります!」
アーシェから視線を逸らすと、フローラは顎に指を当てて考える素振りで呟く。
「なるほど……。謎の存在、姫神レティス……神殺しの咎人。……その神って、本当に神? 悪魔が天使で、天使が悪魔。なら、神っていったい何なの?」




