後編
公園にシロツメ草の白い花が咲いている。
クローバーの事を日本ではシロツメ草と呼ぶけれど、シロツメ草はクローバーの1種だ。クローバーは世界中に色んな種類があり、白い花だけじゃなく赤や紫の花を咲かせる。また有名な話だが、クローバーには幸運をもたらすと言われる四ツ葉のクローバーが存在する。
四つ葉のクローバー。私たちは君に成りたかったんだ。
しゃがみこんで探してみるが、そんな簡単に見つかる訳もなく苦笑いを浮かべて立ち上がる。春の日差しが眩しい。記憶が鮮やかに蘇る。
「私たちはリルエン。君たちもリルエンか?」
エルフはエルフではなく。僕たちが自分の事を人間だと言うのと同じ様に、リルエンと自らを指して言った。
「いいえ、人間です。あの、僕達の言葉が分かるんですか?」
川崎くんが皆を代表して答えた。さすが立候補で学級委員になった川崎くん。面倒見の良い性分が誰も立候補しないのに耐えかねたのだとしても。
小学生の時は学級委員とか何かの委員を決める際に推薦というのがあった。その推薦っていう名の押し付け合いは大人になってもある。もっと言えば、大人になると言葉と言葉の中身が違っている事がよくある。遊園地のマスコットみたいに。
「言葉は分かりません。ですが、あなた方の伝えたい事は分かります。あなた方との間に、ある魔法を設置しましたので」
「魔法!?どんな魔法?」
普段、物語やゲームの中でしか聞かない台詞を前に僕達の興奮度は全開になる。皆これから起こるアトラクションを期待するゲストのように顔を高揚させていた。僕も沸き上がるニヤニヤを押さえられなかった。
僕たちが落ち着いたのを確認すると、白髪の老リルエンが魔法について説明してくれた。
それによるとお互いの話す言葉が設置された魔法に触れると、相手に伝わる言葉に変換されるらしい。なんでも言葉に乗せられた意思と思考エネルギーを同調させる仕組みが魔法に組み込まれているとかなんとか。結構な魔力量が必要で、今しがた前に出てきた3人で魔法を設置したと。
「ミートハイトス エージーク。ソウジョルト トレッテ。アメンダリエル ルネール。すごく綺麗に設置が出来ている。素晴らしい」
「ザイトファム先生、ありがとうございます」
初めに前に出てきたリルエンの男の子たちが、白髪の老リルエンの言葉受けて照れ臭そうにする。あとのリルエンたちも嬉しそうにしていた。
自分と関係ない事で人が誉められている場面に立ち会うと、微笑ましく思ったり疎外感を感じたりするけど、僕たちには後者が多かったみたいだ。
「ここは何なのですか?」
川崎くんが白髪の老リルエンに尋ねる。
「おお、すまん。ここは魔科学研究機関の地下施設じゃ。君たちの世界とは異なるがの」
「異世界!!」
皆が口々に異世界と言う。期待していた事が現実に起こったんだ。中2病とか異世界の話を知らない人には分かり難いかも知れないけど。
例えば、サンタクロースが実在して空飛ぶソリで子ども達にプレゼントを配っていたのを目撃したらどうだろうか。それぐらいの出来事が僕たちに起きていた。
再び騒ぎ出した僕たちの喜びようったらない。
「「異世界召喚!」」
多田くんと保住くんの声が重なる。異世界転移の物語では異世界に呼ばれた主人公たちが、その世界で活躍するんだけど。
リルエンたちが集まってヒソヒソと話しだす。彼らの後ろには何だかよく分からない機械みたいな装置が置かれていた。
「多田、アレは僕らの能力を見出だす物なのでは?」
「おお!流石は保住。慧眼だな」
多田くんと保住くんの話しを受けて、遠藤くんが手を挙げてリルエンたちに問いかける。
「あの!俺たちってこれからどうなるんですか?魔王を倒しに行かされるのですか?」
物語でよくある展開だ。召喚された主人公たちが異世界人である事を理由に特別な能力に目覚めたりして、現地の人では太刀打ち出来ない敵と戦う事になる。
「喚んでない」
「魔王を倒しに!?そんなの聞いていないよ。勝手に召喚してひどい!」
「国際問題だ」
和久井 義希くんがネガティブな想像をしたのだろう、酷く狼狽えている。和久井くんはワッキーと呼ばれ、樋口 晃くんと矢田 充生くんのアッキーとミッキーで3人揃うとキートリオと呼ばれていた。
ネガティブは悪い意味で捉えられる事が多いけど、物事の先を見る時にネガティブな想像をして備えておく事も必要だと思う。健康については特にだ。体は意思に従って動いた分消耗するし、異常をきたす事もある。ポジティブに見て管理を怠ってはいけない。
だけど、この時。僕たちに必要だったのはネガティブでもポジティブでも無くて、視野の広さ又は客観的に物事を見る事だったんだ。国際問題だと言ったのは布部くん。
「だから、喚んでいませんよ!」
女の子のリルエンが大きな声で伝えてきた。「喚んでない」と伝えてきた事は分かっていたけど、受け入れたくなかったんだ。誕生日ケーキのロウソクの火を吹き消そうという時に、先に消されてしまったら誰だって受け入れられないように。
「私たちはあなた方を召喚などしていません。実験を行っただけです。えっと、私はここの研究生でアメンダリエルと言います。こちらのピルリカンヴァ ザイトファム先生の元で次元の研究を手伝っています」
白髪の老リルエンを指すアメンダリエルさんに、ワッキーくんがまたネガティブな想像をして顔を青ざめさせた。
「人体実験!?」
「ほっほっほ。そんな口にするのも、おぞましい事などせんわ」
ザイトファム先生の怒ったような悲しい笑い声だった。そんな事をすると思われたのが心外で怒ったのだとこの時は思った。だけど、そうじゃなくてそんな発想が僕たちみたいな子どもから出る事が悲しくて怒ったんだと今では思う。
「召喚間違いって事?それでも何らかの能力は得られるんでしょ?」
「間違いも何も、儂らは何も喚んどらん。それに何じゃ?お主らの世界では突然能力を得る事があろうてか?」
中2病に罹患した者なら突然能力を得る又は目覚める事を夢みた事があるだろう。クラスの皆も保住くんの質問がどう返されるのかに期待を寄せていたんだ。
だから、ザイトファム先生の答えを聞いた瞬間、あちこちから溜め息が聞こえてきた。そこにはワッキーくんの残念そうな顔もある。
ここで僕たちの心は半分くらい折れた。
「能力なんか得られなくても。素の力や知識で敵やモンスターを倒せるんじゃ」
十倉 九くん。古武術を習っていた。普段は目立たないんだけど、球技大会では身のこなし方が違い、格好が良かった。十倉くんの声に僕たちは下がりかけた視線を元に戻して前を見上げる。すると、モノクルを着けたリルエンが恭しくお辞儀をしていた。
「はじめまして。僕はギザンバロッテ チャウォス。期待に添えなくて申し分け無いんだけど、僕らの世界にはその、あなた方の言う敵やモンスター?というのは存在しません」
軽蔑の混じった思い。他のリルエンの子たちも野蛮な物を見る目で見ていた。そんな視線に気まずくなって気付く。急に現れた人が好戦的な事を言い出したら、僕もリルエンたちと同じような目をするだろうという事に。「違うんだ。僕たちは戦いを望んでいる訳じゃない」そう言いたかった。
皆も挫けそうなこの状況を覆したかったのだと思う。次々と口を開いていった。僅かでも夢みた事が実現する可能性があるのなら、すがってしまう。その気持ちが僕には痛いほど分かった。
「僕たちの世界は科学が発達していて、車とか飛行機とか宇宙船があります」
「食事の文化が発達していて、お菓子や調味料の種類が豊富です」
「異世界同士で交流をすればイノベーションが生まれ・・・」
自分には価値があるのだと知って欲しくて、特別な存在だと思って欲しくて。自分でもそう思いたくて。
皆、あんな自己紹介をした僕とそんなに変わらない。
「早く帰ってくれないかしら」
そんな思いを踏みにじるかのような言葉が伝わってきた。
「スエミファリス!」
「いいのよ。何の話をするかと思えば低次元の話で聞くに耐えないわ。車?宇宙船?何世紀前の話よ。食事の文化?どうしてあなた方の世界の方が優れていると思うの?」
「いや、豊富としか彼らは」
「ソウジョルトは黙って。いい?豊富なんて言葉は優れていると思っているから出てくるのよ。異文化交流?笑わせないで。仮に交流したとしても、あなた方の世界に待っているのは支配よ!」
スエミファリスと呼ばれたリルエンの女の子が軽蔑の眼差しで僕たちを見る。皆、返す言葉も無く下を向いた。
「スエミファリス ミアメ。彼らはここに来たばかりじゃ。無知を責めるのは酷じゃろうて」
ザイトファム先生が下を向く皆に、色々と話をしはじめた。この魔科学研究機関ではタイムトラベルの研究をしていて、その実験の最中であった事。失敗で異なる次元の世界と繋がってしまう事はよくある事で、過去に僕たちと同じようにこちらの世界にやってきた者がいたが、それこそ人体実験されたり、スエミファリスの言うように支配されたりした事。そこから異世界との交流は道徳面から禁忌とされ、忌避感を覚えるものが多いのだとか。
そして、自分を大きく見せようとするのはいいが、相手の事を知らなければ恥をかくだけだと。
皆、下を向いたままだった。
「僕の名前は!わかもと たけじぇいです!!」
そう叫んだ。皆の姿が1ヶ月前の僕の姿と重なったから。知らなくて何が悪い、知って僕たちは成長していく、一回の失敗で下を向くな。
ポーズを決める僕に呆気に取られるリルエンたちと吹き出し始めるクラスメイト。
「ぷっ。なんだよお前。笑わせんじゃねぇよ。それお前、自己紹介の時やらかしたやつじゃねぇか」
小柳くんが僕の背中叩く。
「俺の名前はこやなぎ れぇぬです!」
Nのポーズを決める小柳 蓮くん。ちょっと無理がある。
「僕のなまえはかわさき ゆーいちです」
Uのポーズの川崎 優一くん。クラスの皆が僕の真似をしていった。それが終わるまで呆気に取られたままのリルエンたち。
そうして吹っ切れた僕たちは、リルエンたちと話す気も無くなって、元の世界に帰った。
「おーい。お待たせ」
黒いモヤから出ると、山清せんが戻ってくる所だった。後ろを振り返ると、黒いモヤは既に消えていて、何故かホッとした。
黒いモヤ、異世界への道は多分、リルエンたちが僕たちが戻ったのを確認して、閉じたのだろう。悪いリルエンではなかったと思う。
「ん?なんだ君たち?良いことでもあったのか?楽しそうな顔をして。ランナーズハイか?いや1500でそれは無いか。そもそも走っていないしな」
山清せんが首を傾げる。そして何を思ったのかポンと手を打ってこう言ったのだ。
「私の名前はやました けーよこです!」
Kのポーズで顔を真っ赤にして。
「ぶはっ」
巻き起こる笑い。さっきの事もあって僕たちはいっぱいに笑う。僕も本当おかしくて、嬉しくて。山清せんはあまりの受け具合に戸惑っていたけど僕と目が合うと、にっこり笑ってくれた。
最初に躓いた高校生活。クラスメイトの事も自分の事も何も知らなかった僕は少しずつ、時には間違って。色んな事を知っていく事になる。地球の自転と共に。
公園を抜けて藍玉高校が見えてきた。今日は同窓会。数年振りに会う皆は元気だろうか。
手には四つ葉のクローバーは無いけれど、もうじき私の目にはたくさんの四つ葉のクローバーが写る。
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終り