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中編


 風が気持ち良い、自然と笑みが沸き上がる。一年の内に、こんな日は何日あるのだろう。

 私は今ゆっくりと街を歩いている。西へ行こうが東へ行こうが、私に構うこと無く地球は西から東へと自転をする。

 自転は私がいる場所で時速1500キロぐらいの速さだそうだ。そう思うと、私はもの凄く速く進んでいるのか。いや後退しているのかも知れないのか。

 また風が吹き、私の髪をなでた。記憶が鮮やかに蘇る。


 僕たちは黒いモヤの中に入って行く。15人、一人も残らずに。誰も危機管理なんて言葉を使い慣れていなかった。


「暗いな。端末のライト...ってないよな」


 布部 陸君だ。彼は意識高い系の男子だった。休み時間にカエサルという雑誌をよく読んでいた。


 目がだんだんと慣れてくる。始めは暗くじめじめしていたから、鍾乳洞みたいだなって思った。けれど壁が脈打ってるかのように動いているのに気付いて、鍾乳洞ではなく別のものだと思い直した。今だったら内臓の中みたいだと思うかもしれない。

 脈打つ壁、その事実が僕をわくわくさせた。

 

 気味悪がる奴は一人もいなかった。

 目の前に非現実的な出来事が起きているのに飛び込まないなんて考えられない。中2病患者の僕たち。

 

「何があるんだろうな」

 

 小柳 蓮君。運動が得意で、バスケ部に所属。コンボガードをしていて髭を生やそうと毛生え薬塗っていたけど、結局高校では生えなかった。 

 曲がりくねったみちを進んでいく。距離にして200メートルくらいの所で雰囲気が変わった。明らかに別の場所に着いたって感じだった。

  

「あっ、何か明かりが見えてきたぞ」


「ほんと?」


 遠藤くんの声に東山 幸助君の声が弾んで、大きな体も弾む。クラス1の体格をしていた幸助君。その体に見合った大食漢で、とあるラーメン店での早食いの上位記録者に名を列ねていた。今じゃ考えられないけど。


 この間、仕事の関係で久しぶりに店の前を通ったけどラーメン店は無くなっていて、寂しくなった。随分と前に店主の引退と同時に店も閉めてしまったらしい。コインパーキングになったその場所は以前とは時間の扱い方が変わってしまっている。

 

 どれくらいの時間、僕たちは歩いていたのだろう。3分ぐらいだったような気もするし、もっと長かったような気もする。初めて目にする光景を前に時間の事なんて忘れていた。

 

 コツ、コツ、コツ


 明かりの向こうから僕たち以外の足音が聞こえた。僕たちは何者かの存在に驚きと興奮が隠せず、ざわつき始める。


「大丈夫なのか?」


「なに怖じ気づいてんの?」


「ちっ、うっせ」


「あ?」


 茂上 宗次郎くんと三上 悟くんが前で言い合う。2人は野球部で高三の時には二遊間を組んでいた。幼馴染みで息の合った連携プレイは野球未経験の僕でも憧れたものだ。でも、この時の2人は仲が悪かった。

  

「静かに」


 学級委員の川崎 優一くんが口に手を当てて皆を見渡す。いつの間にか先頭に立っていた川崎くんは5人兄弟姉妹の長男で、遠藤くんがよく「お兄ちゃ~ん」ってダル絡みしていた。

 川崎くんに言われてから明るい所まで皆、静かに歩いた。だけど、静けさが僕たちの興奮を冷ます事はなかった。息づかいや息を飲む音が聞こえ、それが妙に生々しくて。今の状況が現実なのだと知らせる。

 僕の鼓動が脈打つ壁と同調する。


「まっ眩しい」


 鈴木 丈助くんの声だ。一際高い声。選択授業で音楽を取っていた彼は事あるごとに合唱に参加させられ、その美声を披露させられていた。


 開ききっていた瞳孔が調整されるまでの間、僕は薄目になる。だから余計に敏感に感じたんだと思う。その時、僕ははっきりと風を感じた。冷たい空気の流れが僕たちに向かって吹いていた。


「セレテ」


 聞いたことのない発音と組み合わせ。外国に来たなんて思わない。目の前には西洋甲冑を来た人が2人と白髪頭の老人が1人と僕たちと同じくらいの背格好の5人が居て、その老人と5人の容姿が明らかに僕たちとは違ったから。


 異世界だ。


 単純にそう思った。当時は異世界の物語、特に異世界転移や転生の物語が流行っていたのもあるだろう。SFが流行っていれば宇宙の世界を思ったかも知れない。

 明るい所に出た時から騒がしくなっていた僕たち。多田 順くんと保住 秀太くんが二人でヒソヒソと話しているのが目に入る。彼らは特に異世界の物語が好きだった。おすすめの物語をいくつか紹介してもらったけど、僕とは趣味が合わなかった。それでも楽しそうに話す彼らが好きで良く昼休みに話を聞かせてもらったものだ。


「エルフだ」


 保住くんが言う。エルフとは北欧神話に出てくる森等に住む妖精または小神族のことだ。とても若々しく美しい外見だとされている神秘的な存在。おすすめの物語では、魅力はそのままにもっと人に近しい存在として描かれていて、長寿で魔法に精通している姿で描かれる事が多かった。


 事実、僕たちの前にいる8人は薄い光の膜で包まれているみたいで神々しい。


 エルフと言う言葉が飛び交い、異世界という現実が僕たちを包み、歓喜の声が上がる。僕も声を出していた。でも、それはすぐに驚きの声に変わった。


 どうして歓喜の声が聞こえるんだ?と思った。

 

 僕は高校生活が嫌になっていて、どこか遠くの知らない場所に行きたいと思っていた。それが現実に起こった今、喜びの声が僕から溢れてくるのは分かる。

 けど、皆はどうして?動揺する心に思考が妨げられて目の前がくらくらする。 

 

「セレキテ、ミ、コレルス」


 訳の分からない言葉が聞こえた。知らない言語は不安を覚える。今でもそれは変わらない。何を言われているのか分からないのもあるが、疎外感を感じてしまうのが一番の原因だと思う。そんな経験の中で、愛想笑いは惨めな気持ちになる事も知った。

 僕の動揺は周囲の変化によって押しやられた。沈静。不思議な現象だった。世界から音が消えてしまったと思わされたんだ。

 皆も僕と同じように呆気に取られていた。高2の夏に「冷静沈着」という字で書道の金賞を取った樋口 晃くんも冷静からは程遠い表情をしていた。口を開けてパクパク。逆腹話術、私の得意技の1つ。簡単に出来るのが凄いところだ。

 

「アメンダリエル ルネール。ロッロ、ロッロ。ティアセレテ」


 白髪の老エルフがエルフの女の子を見て、満足げな顔をしている。エルフの女の子も胸を張り他のエルフの子たちの喝采を浴びていた。拍手の音もエルフがすると何か違う特別なものに思えた。

 拍手を終えると男の子のエルフが一人前に出てきて僕たちに話しかけ始める。何を言いたいのかちっとも分からなかったけど、この時に気付いた。全ての音が消えてしまっているわけでは無い事に。僕たち側から生まれる音だけが消え、彼ら側から発生した音は届くようになっていた。どういう原理なのか未だにさっぱり分からないでいる。

 魔法だから。その一言で片付けてしまうのは乱暴だと思うけど、実際にそういう現象が起きていたのだから仕方ない。

 そう。魔法だったんだ。でも、それは後から分かった事。 


「キエンテ?ウ~ン。ヤコ!アメンダリエル、ソウジョウルト、ルレッテ」

 

 前に出てきたエルフが、先程の女の子と髪がボサボサのエルフの子を手招き何か話し合う。数秒後、彼らは揃って言う。


「「「ジエルファ、ワワ、リエンルトィミーテス」」」


 空気の色が二転三転した。写真でいうセピアカラーとかモノクロみたいに、色違いのサングラスを連続でかけ直したみたいに景色の色が変わって元に戻った。

  

「どう?言っている事が分かる?分かったら手を挙げて」


 正直、頭が変になったのかと思った。エルフの男の子が言っている事は分かったのだけど、口が合っていない。


 後年、何かの本で人間というものが視覚に左右されやすい生き物だという話を読んだ際、この時の事を思い出して腑に落ちやすかった。

 聴覚と視覚。五感の内の2つで対等に見えるが、そこにも序列があるなんて世知辛い。

 そもそも対等だという話は初めからないのだけれども。

 

 エルフの話が分かるようになり、事態は僕たちの思いも寄らない方向に走り出す。

 

    

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