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前編


 これは春に相応しい。今でも恥ずかしい気持ちと誇らしい気持ちがない交ぜになる、私の思い出の話。

 

 私は中学を卒業後引っ越す予定だったので、輝石(きせき)県の高校を受験した。中学までの友達と離れて、また新たに友達を作るんだなと。この時、漠然と思ったのを覚えている。

 その後、受験に無事合格した事がわかり、ようやく新生活が始まる前日。真新しい制服に袖を通した私は浮かれていたんだ。


 春の日差しが暖かい。鮮明に甦る記憶。あの頃の一人称は僕だった。


 キーンコーン、カーンコーン。始業の鐘が鳴り、教室に女性が入ってくる。30代と思わしき女性は教卓の前に立つと歯を見せて笑う。


藍玉(あいぎょく)高校に入学おめでとう。私は1年2組、君たちのクラスの担任になる山田清子だ。これから一年間よろしくして欲しい」


 やまきよせん。体育の先生で快活な声が印象的だった。今日は入学式用にスーツ姿で化粧も派手になっている。チークの量が多かったんだ。


「君たちは、この教室にいる者達と共に晴れて高校生活を送る事に成ったわけだ。だが、君たちはお互いの事を知らないだろう」


「知っている奴もいまーす」 


 遠藤 定吉君、クラスの中で一番のお調子者。文化祭の時、フェイスガードを着けてニメンソーマンなんて言っていた。


「そうか。それは良い事だな。君たちはこれからも多くの人、仲間の事を知っていく。知る事で変わっていく事もあるだろう。そして、自分自身の事も知る」


 山清せんが小難しい事を言って、教室の空気を微妙なものにさせる。あとで聞いた話だけど山清せんは大学で哲学を専攻していたらしい。

 

「今まで知った自分の事を皆に教えて欲しい。話しても良いと思える範囲でいいから」


「はい」 


 スッと手を挙げる生徒がいる。金沢 めぐみさん。何事も熱心に取り組む人で、一度彼女のノートを見せてもらう事があった。

 そのノートを見て、僕は本当に同じ授業を受けているのかと信じられなかった。いや、信じたくなかった。彼女のノートには何度も見返した跡があって、注釈が加えられていたり応用が書き込まれていたりとしていたのだ。

 板書されたものを写すだけで満足していた自分がとても小さく感じたものだ。


「ん?なんだ?」


「それは普通の自己紹介とは違うという事でしょうか?」


「そうだな。それを話す前にまず普通とは何であるか、から話合わなくてはいけないが。すまない、脱線しすぎだな」


 山清せんが首に手を当てて苦笑いをする。この動作をよくしていた。どんな話でも脱線してしまうのがこの先生の特徴だった。


「各自、思い思いに自分の事を紹介してくれればいい。では、出席番号1番から」

 

 椅子と床の擦れる音がして、教室の廊下側、一番前の席の子が立ち上がる。僕の座る席から一番遠い席だ。彼女は相浦 弥生さん、青いラケットケースを肩に下げ、部活に向かう姿を良く目にした。


「相浦 弥生です。磨石市立琥珀中学出身、部活動はバトミントンをしていました。高校でもバトミントンをする予定です。よろしくお願いします」


 一礼する相浦さん。山清せんが拍手を始め、皆もそれに続く。


 磨石市は輝石県にある市で人口は約3万9千人。市町村合併で統合された市らしく、長閑な風景が広がる。この藍玉高校の生徒数は三学年合わせて270人程。

 相浦さんが予定といったのは新入生次第で廃部になる部活動があるからだ。一学年90名の1クラス30名の3クラス。僕のクラスは丁度男子と女子が半々だった。


「よろしく。では次、2番」

 

「は~い。遠藤 定吉です。6人兄弟の末っ子で・・・」


 順番に続いていく自己紹介。次第に僕の緊張も高まっていった。いや、自己紹介が始まった瞬間から心臓の高鳴りを抑えられなかったんだ。

 だから、遠藤君の自己紹介が始まったぐらいからの記憶はあやふやだ。


「次で最後だな」


「はっはい。ぼ、僕の名前は......わかもと たけじぇい!.....です...」


 あーあーーあー。忘れたい感情が蘇る。ずっと前から僕は顔見知りもいない高校での生活に不安と期待で一杯だった。前日の夜もなかなか眠れず、期待と不安を深夜のテンションで混ぜ合わせてしまった。

 そして、睡眠不足の頭で火を通した結果。

 僕は自己紹介で一発ギャグをするという答えに至った。

 たけじぇいのじぇいの所でJの形を腕で作る。何て画期的で素晴らしいのだろう、これで人気者間違いなしだ!って夢想したんだ...。


「よ、よろしくな。若本 健志君」


 儚かった。山清せんが僕をフルネームで呼んでくれたけど、焼け石に水どころか、なめくじに塩だった。周りの様子なんて覚えていない。ただただ、身を小さくしていた。

 あとで聞いた話だと嘲笑も起こらず、ほとんどが共感性羞恥を感じていたんじゃないかって。

 そんな自己紹介で始まった僕の高校生活。臆病に掛かった僕は部活動にも入れず、独りで過ごす事になる。周りからいじめられはしなかったけど、何か腫れ物でも扱うように避けられている気がした。


《ぼっち生活》響きとか字面はかわいいけど、実態はかわいいものではない。「アハハッ」「何それ」「昨日さぁ」等と何気ない会話が聞こえてくる。

 本当、何気ないことなんだ。

 それが僕の心を逆剥けさせた。夢想した、憧れていた高校生活を隣りで見せられる度に羞恥心に下を向く。不意に湧く悪感情、僻みや妬み。彼らは何も悪くないのに詰まらない奴らだって思ったり、酷い目に会えばいいなんて思ったりもした。


 表面上では平気な振りをして変わらず過ぎていく。後悔と自己嫌悪の宿題を抱えて教室を出ていく日々が続いた。

 

「こんな筈じゃなかった」


 帰り道、夕日が地平線に消えていくのを見ていた。こんな僕に構うわけも無く今日も地球は自転していた。

 

 転機が訪れたのは入学から1ヶ月が過ぎた、体育の授業の時だ。準備運動にストレッチ。腕立てと腹筋、背筋。山清せんの号令に合わせて済ませる。

 授業の内容は1500メートル走だった。400メートルのトラックを3周と4分の3。ペースを考え、息を吐き走る。

 10分もしない内に男子15名が走り終え、各自クールダウンをする。僕は思うように走れなくて中学の時よりも30秒遅くなっていた。


“山田 清子先生お電話が入っています。至急職員室までお戻り下さい” 


 2回目の測定を前に校内放送がかかり、山清せんは僕たちに断りを入れると校舎へと戻った。そして、突如それは起こった。


「あれ何だ?」


 数名の男子が騒ぎ出し、グラウンドの中央を指差している。僕もつられて見ると、そこには黒いモヤが出来ていた。なんだなんだとグラウンド中央に集まり始める15名。

 黒いモヤは近づくと、SFで見られるワープ空間みたいで中に入れる様に見えた。


「中は別の空間みたいだ!」


 実際に入れた。遠藤くんが黒いモヤに首を突っ込んで見たようだ。全員に行き渡る大きな声。この状況に興奮しているのだろう。僕も胸が高鳴っているのを感じた。

 非現実的な出来事を前に僕たちは年甲斐も無く、皆浮き足立っていた。訂正、年相応に浮かれていたのだ。


《中二病》この言葉を耳にした事があるだろうか?

 

 中学二年生頃の思春期にかかる病。自己愛に満ちた空想に浸り、自分を特別な存在だと周囲に思わせようとする病。

 それは、ありとあらゆる情報が押し寄せる中、埋没していく自分を見失わないように誰かに見て欲しくて発現する。ひとつの願いの形でもある。


 僕たちは中二病の2年先輩のOB。だから、非現実な出来事を前に、すっかりあの頃の患者に戻ってしまったんだ。


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