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ありがとう、ガンパケのひと(推定ギャル男)。

ひだまりのねこ様主催『集まれエッセイ企画』に参加しています。

 もう20年近く前の事だと思う。

 私は某携帯電話会社のコールセンターに勤めていた。


 コールセンターには日々、色々なお客様からお電話を頂戴する。嫌なお客様もいれば素敵なお客様もいる。これから話すのは素敵な……いや、素敵なのは否定しないが、最もインパクトのあったお客様の話だ。




「お電話ありがとうございます。◯◯コールセンター、黒星が承ります」

「あー、あのさー、ガンパケしたいんだけど!」

「はい……ガンパケ、でございますか」

「うん! ガンパケガンパケ☆」


 勿論、当社には「ガンパケ」なる商品やサービスは無いし、似た名前の物すら無い。

 当時、私はオタク気質を活かして自社どころか競合他社に至るまであらゆるサービス名を記憶し「知らないことがあれば黒星さんに聞いてみよう」と同僚に頼りにされるレベルであった。その私の自負をもってしても「ガンパケ」は該当するものが無い。

 こういう時は白旗を素直にあげるのが正解である。無駄な押し問答でお客様の貴重な時間を消費するわけには行かない。


「お客様、大変恐れ入りますが、ガンパケとはどう言ったものでございますか?」

「えー? だからガンパケだよガンパケ☆」


 知らないのー? 知ってるでしょー? と言った口振りで一切のヒントを下さらない。それでいてこちらを責めると言うよりも、キョトンとしたような、絶妙に天真爛漫な雰囲気を電話越しに醸し出して来る。


 ここで状況を説明したい。2023年の今、件の会社のコールセンターに電話をかけるとまずはガイダンスが流れ、用件のジャンルを聞かれる。次に携帯電話の電話番号と本人確認として暗証番号を問われる。つまりオペレーターに電話が繋がる前に、殆どの人は本人確認が済んでおり、名乗らなくても名前や住所や年齢はオペレーターが見ているパソコンに表示されているわけだ。


 しかし、20年前はそうではなかった。私はこの「ガンパケ」のお客様が何者かはわからないまま、会話をしているのだ。

 声の感じから、若い……おそらく10代の男性である。喋り方は底抜けに明るく、語尾に☆が付く感じ。彼の後ろからは僅かに雑踏のざわめきが聞こえる。


 もしかして。

 私は得意の妄想力でこのお客様の姿を脳裏に描く。

 渋谷109の近くで座り込み、ヤマンバギャル達と楽しそうに明るく喋る金髪ガングロのギャル()

 確か彼らにとって「ガン」は最上級を表す「超」や「めちゃくちゃ」と同じ筈である。となれば……。


「お客様、ガンパケとは、パケット使い放題オプションの事でよろしいでしょうか?」


 パケットとは、当時の携帯のデータ通信料を表す単位だ。パケット使い放題とは今で言う「何GB(ギガバイト)でも使い放題だよ」と同じだと思っていただいてかまわない。尤も、当時はギガどころかMB(メガバイト)も行かない人さえいたのだが。


 話が少し逸れた。つまりガンパケとは、めちゃくちゃパケット通信をしても定額だから安心だ! という意ではないかと私は考え、お客様に問うたのである。

 それに対してのお客様の返答はこうであった。


「うん! ガンパケガンパケ☆」

「……はい。かしこまりました」


 なんということだ。

 全く何の躊躇いもなく、この話の最初から7行目と寸分変わらない言葉が飛び出した。

 普通、自分が全く違うサービス名を言い出した手前、少しは照れや、わかって貰えて嬉しいという気持ちがあるものではないか?

 正しいサービス名を提示された時に「あっ、それです」とか「そうそう、パケット使い放題のことを言いたかったんだ!」という意見のすり合わせが自然と出ると思う。

 しかしこのお客様は動かざること山の如しとでも言いたくなるほど自分の立ち位置から妥協されない。ブレないのだ。そのブレなさに、私は声に出さぬよう努力していたが内心酷く動揺した。


 文字ではとても表現しきれないが、このお客様は今まで会話したことのある誰とも違うタイプのお客様だった。

 自分のやり方をゴリ押ししてくるお客様はごく稀にいらっしゃる。「お客様は神様だろ! だから客が白いものを黒と言ったら黒だと言え!」という主張の方もいる。

 でもこの方は違う。こちらに意見の押し付けをしたり、圧力をかけてきたりは全くしないのに、自分のスタンスは1ミリも間違っていないという気概を感じる。


 なんというか、ハゲのおっさんに向かって「ねぇねぇ、なんでおじちゃんの頭には髪の毛が無いの?」と無邪気に訊いてくる、キラキラした目を持つ幼児のような純粋無垢さがあるのだ。


 太陽は丸い。

 犬はワンと鳴く。

 箸は二本で一膳。

 「パケット使い放題」と書いて「ガンパケ」と読む。

 ……ぐらいの、当たり前だよね感を電話越しに出してくる逸材だったのである。


 その瞬間、私の妄想スクリーンに描かれた金髪ガングロギャル男くんの瞳が、チワワの如く一点の曇りもないキラキラとした眼に描き変えられた。そして。


「ねー、早くガンパケしてよー。ガンパケ☆」


 ガンパケは「する」物だったらしい。もうダメだった。

 私は、本来この仕事ではあるまじき事と重々承知してはいるが、唇がわなわなと震えた。


「で、ではお手続き()()


 やっちまった。

 お手続き()、と言おうとして吹き出してしまった。しかしそ知らぬ顔をして続けようとする私に、天真爛漫で純粋無垢なお客様が疑問を挟む。


「なんスか☆ なんか面白いスか?」

「い()、いい()()……」


 ダメだ。耐えられない。

 お客様の言葉は文字だけなら、私が笑ったことに気分を害していると捉えることもできよう。しかしヘッドセットから聴こえる彼の声には怒りや不快感は1ミリも感じられなかった。それどころか喜びもない。今までと全く同じテンションなのだ。


 もしかしたら私は彼に遊ばれていたのかもしれない。若者が悪ふざけと悪ノリで、コールセンターのお姉さんを何とかしてからかってやろうとしていた行動だった可能性はある。

 だがしかしそれならば私が吹き出したことで、からかいが成功した! と喜びを出しそうなものなのに、彼はこれまた不思議そうに「なんか面白いスか?」と訊いてくるのである。

 そして彼の後ろからは相変わらず雑踏のざわめきしか聞こえない。悪ノリなら他に聞いている人間が居て、そこからクスクス笑いでも起きるだろうに。


 もうこのお客様がどういうタイプなのか、完全に私のカテゴリー外であった。とにかく底抜けに明るく、自分の主張は一歩も引くことはなく何が起きてもブレない。それでいて他人には自分の意見を押し付ける圧がない。泰然自若とはこの事か。

 私の脳内では、チワワのような綺麗な目をした金髪ガングロギャル男くんが渋谷の真ん中で「引かぬ! 媚びぬ! ガンパケ!」と言っている姿が再生された。

 そして私はただひたすらこみあげる笑いを抑えるのに必死だった。


「し、失礼致しました……」

「はーい☆ 早くガンパケしてね☆」


 失礼した、という軽い謝罪に「別にいいよ」でも「ほんと(に失礼)だよ」でもなく「はーい☆」という返し。更にまたもやガンパケ「して」が私の腹筋に刺さったが、私はぷるぷると震えながら手続きを進めた。

 料金プランの変更にあたり本人確認が必要で質問をしていくが、そこでも彼は一切ふざけないでスムーズに受け答えをしていく。先程の一切譲らぬ「ガンパケ」とのギャップが激しくて、やはり彼は逸材だと確信した。


「ねー☆、ガンパケいつからできんの?」

「パケット使い放題は今月からと来月からでお選び頂けます。どちらになさいますか?」

「えー、じゃあ、今からガンパケね!」


 やはり最後まで彼は「パケット使い放題」に歩み寄ること……いや、それに疑問を持つことすらなかった。

 本来の私の仕事であれば、サービス名の共有が出来ていないまま手続きを終えるなどあり得ない。後々「勝手にサービスを変更された」等ととんでもないイチャモンをつけられる可能性を考えて念を押す必要があるからなのだが、今回はこれで良いと私は確信していた。彼はそんな小者ムーブをするような器では無いからだ。

 そして、その後クレームはなかった。私の考えは正しかったのである。




 私のコールセンター勤務歴は長かったが、彼のような逸材には二度と会えていない。

 時々、彼の事を思い出して「ふふっ」と笑ってしまうくらい、私には強烈な想い出だった。私がコールセンターで辛かった時の支えのひとつと言っても良いくらいだ。


 見も知らぬガンパケのひと。貴方に感謝しています。電話をかけてきてくれて、私に笑いをくれてありがとう。

お読み頂き、ありがとうございました!

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ヘッダ
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フッダ

― 新着の感想 ―
[良い点] ああ……この人私の知り合いかもしれない(笑) でも年齢が合わないから別人か。 泰然自若の超新星とプロフェッショナルなチーコさまのやり取りが面白すぎて何回読んでも腹筋が…… こんな特大のネタ…
[良い点] 異文化交流ですね…!
[一言] これまた面白い方ですね( ´∀` ) まぁクレームとかつけられるよりはマシなパターンですなぁ(;'∀') 一時期サービス業にいたんですがこういう方と巡り合えれば人生少しは華があったかも(ォ…
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