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第5話 緊急事態

 『お前たちは決して誰にも姿を見られてはならない』


 ヴォルガルと結んだ契約の一つがそれ。

 半人半魔の俺たちからすれば人に姿を見せなくていい仕事は理想的だが、今思えばそこにつけ込まれたのだろうことは明白。

 勇者パーティがエンシェントドラゴンを討伐したことに湧き上がる喧騒のなか、今日も俺たち兄妹は目立たずに一日を終えようとしていた。


 「冒険者の皆さんは至急集まってください!!」


 ギルドホールに響く切羽詰まった声に、ちょっとした安堵感は吹き飛ばされた。


 「今のうちにこっそり出てこう……」


 そっとヘレナを連れてギルドホールから出ようとすると、後ろから声をかけられた。

 

 「あれ、二人とも帰っちゃうんですか……?」


 はぁ……そんなこと言われたら帰れないだろうが……。

 声の正体は、受付嬢のミーティア。


 「……青銅級には、出来ることもないかなってな」


 何しろうだつの上がらない冒険者ってのが俺やヘレナの普段の姿なのだ。

 初心者である鋼鉄級に毛が生えた程度の存在である青銅級。

 そんな俺たちが有事の際に役立つはずもなく―――――。


 「おいおい、テメェは逃げんのか?逃げたいなら逃げればいいだろうが!!この腰抜けが!!」


 ブルーノにもバレたのか、ブルーノの不機嫌な声が聞こえてきた。


 「なら、ありがたくそうさせてもらう」

 

 そう言ってヘレナの腕を掴んで出ようとすると、ヘレナは立ち止まった。


 「お兄ちゃん、私はみんなと行くよ……」

 「……どういうつもりだ?」

 「だって、お世話になってる人もいるから……」


 ヘレナにはヘレナで付き合いというものがある。

 ヘレナが皆と戦いたいと言うのなら、引き留めるようなことはしない。


 「くれぐれも目立たない範囲でな?それから何かあれば思念通話エスィドで連絡を寄越せ」


 大気中の魔素に干渉して声を任意の相手に届ける魔法、【思念通話エスィド】。

 距離や魔力量に左右されるが、この世界においてはもっとも時間のかからない情報伝達の方法だった。


 「ん、わかった。行ってくる」


 踵を返すヘレナは冒険者仲間に迎えられ、反対に俺は蔑むような視線を浴びせられる。

 でもいいんだ、これで。

 何しろ俺たちは魔族と人の子。

 この世界においては忌み子なのだから。


 ◆❖◇◇❖◆


 「なんだよコレ……」


 街から歩くこと数時間―――――山麓へと到着した冒険者たちは、予想だにしない光景に言葉を失っていた。


 「森が枯れている!?」


 青々と茂っていたはずの樹海は、今や瘴気を撒き散らす朽木の大群へと変わり果てていた。


 「Gyaaaaoooon!!」


 鼻をつく臭いと共に聞こえてきたのはマンドラゴラもかくやという程の叫び声。


 「なぁ……これって……」


 ブルーノが不吉な予感を口にしかけたその時、突如として長細い何かが冒険者たちを襲った。


 「避けろぉぉぉぉッ!!」

 

 重々しい風切り音と共に襲ってきたのは、まるで鞭のような触手。

 粘液を撒き散らしながら冒険者たちの真ん中へと落とされたそれは、数人の冒険者を叩き潰した。


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 女性の冒険者たちは悲鳴をあげ、男達は固唾を飲んだ。

 

 「クッソ……俺たちが血路を開く!!その隙に前衛アタッカーは、各々の持てる最大威力の攻撃を繰り出せ!!」


 ここまで冒険者たちを率いてきた金等級の冒険者ダスターは、口早に指示を飛ばすと魔法剣を構えた。

 判断の速さと的確さそして冷静さ、それが金等級が金等級たる所以だったが、彼らの前に立ちはだかる魔獣『大蛞蝓スラッグ』は、彼らの既知のそれとは姿も攻撃手段もかけ離れていた。

 ダスター率いるパーティ月華一閃の面々が、矢面に立ち、苛烈な魔法攻撃を仕掛けるが大蛞蝓スラッグはそれをものともせずに、新たに三本の触手を伸ばして間断なく月華一閃の面々を襲い始めた。


 「エリーゼ!!防御魔法の展開を急いでくれ!!」


 後衛の魔術師にダスターが叫ぶが


 「今やってるわよ!!」


 エリーゼもまた手一杯であった。

 魔力消費の激しい魔法の並列行使は、いくら実戦経験豊富な彼女にとっても厳しかったのだ。


 「今だ、走れぇッ!!」


 得物を手にした前衛は、月華一閃の四人に大蛞蝓スラッグの注意が向くと同時に走り出した。

 だがそれも束の間―――――


 「新しい触手だ、来るぞぉぉぉぉッ!!」


 大蛞蝓スラッグは、吶喊する前衛の冒険者にも対応してきたのだ。


 「【飛行フライト】」


 間一髪のタイミングでヘレナは冒険者の一人を抱えると空中に飛び上がり、襲い来る触手を回避した。

 回避出来なかった冒険者を待ち受けているのは、衝撃と暗転。


 「二人持ってかれたぞ!!」


 このままだと被害が増えるのは誰の目にも明らかだった。


 「【思念通話エスィド】――――お兄ちゃん、聞こえる?」


 ヘレナは一縷の望みをかけて頼れる兄を呼び出した。

 

 「何かあったのか!?」


 魔法陣の向こうから聞こえてくる声は、心配するような兄の声。


 「北の森に大蛞蝓スラッグの変異種が出た。私一人じゃどうにもならない!!みんなを助けて!!」

 

 ヘレナが懇願するように叫ぶと一言、頼れる兄は言った。


 「待ってろ、すぐ行く。それまでヘレナはヘレナの出来ることをしろ」

 「ありがとう……」


 ヘレナは地面へと降りると剣を構えた。

 

 「みんなは退がって。あの人が来るまで私が凌ぐ!!」


 いつもの外套と青銅の冒険者証を脱ぎ捨てて、ヘレナは決然と言った―――――。

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