032 カウンターの男
ナンシーはそう言われて男を見た。「まあ!なんてナイスミドル!」
男は立ち上がり、ナンシーの前で紳士の挨拶をする。「ワタクシ、オンブラと申します。レディ、お隣りよろしいでしょうか」
執事だろうか。六尺を越える長身。黒い礼服に身を包み、シルバーの髪をオールバックにしている。
「アタシはロドリゲスよ。周りはアタシの事をナンシーって呼んでる。カクテルを戴いたんですもの、よろしくてよ」
「失礼」とオンブラは腰をかけた。
ナンシーは、おもむろに髪をかきあげる。「それにしても、アタシを口説くなんて大胆な執事さんね」
「実はレディ、先ほどお話しされていたことに関心がありまして」
「ああ、テレスちゃんねぇ。残念だけど、アタシの片想い。それより、ガラスの靴持ってないかしら」
「いえ、テレス王子ではなく……」
「あらやだ!アタシ!?そんなこと言われたら、意識しちゃうじゃない」ナンシーが赤くなる。
「いえ、レディ、」
「アタシ、年上から声をかけられたのって、パパ以来かも。あなたよく見たら渋くて、いいわね。なんだか世界感が365度変わったわ」
マスターが、「ほとんど変わってませんけど、あ、一年365日と混ざったみたいな?」と笑いだした。
「お馬鹿ねぇ、一周回って、ちょっと変わったってことよぉん。アタシ、若いコが好きだったんだけど、オンブラ、あなたを見て180度変わったの。でも、やっぱりテレスちゃんは忘れられない、で一周回って、でも待って!ナイスミドル、ちょっとアリなのかしら?今ここなの」
「レディ、そうではなく、」
「オンナってね、気づいて欲しい生き物なの。見て。昨日と違うピアス」
マスターは、知らんし、と言いたいのをぐっと堪えた。
「レディ!」オンブラはナンシーの両手を持って、「十兵衛様のことをお聞きしたいのです!」
「十兵衛ちゃん?なんかお話ししたかしら。それより、大胆ね。告白されたみたいに今、ときめいてる」
「いやその、十兵衛様とレディが試合されたお話しが、」
「ああ、あれねぇ。十兵衛ちゃんは木刀でアタシは両手斧。普通アタシの勝ちよねぇ。でも、アタシの必殺技の隙をついて一瞬の連擊。おかげでアタシは無職のプーちゃんってわけ」
「彼の強さは、その、本物なのでしょうか」
「わかんない。気づいたら身体中痛くて負けちゃったし。アタシ、痛いの嫌なの」
「ナンシー様、十兵衛様にご紹介いただけないでしょうか!」
「彼、ストイックで武骨よぉ。アタシなら対象外。あんなのがいいの?」
「はい。対象です。強さを是非とも知りたいのです!」
「でも、紹介するってことは、アタシも行くわけね。それって、またテレスちゃんに会えるってことよね!」
「レディはテレス王子に、ワタクシは十兵衛様に会う。一石二鳥ですな」
「わかったわ。アタシに任せて!」




