031 酒場のナンシー
「ねぇ、マスター。どこかにいいオトコ、いないかしら」
ナンシーはここ数日、酒場に入り浸っていた。
「いるんじゃないですかあ、どこかには」似たような会話を何度も聞かされるマスターは適当にあしらうようになっている。
「オトコなら星の数ほどいるって言うけどぉ、いいオトコってね、ほんの一握りなの」
ナンシーはそう言いながらカクテルのサクランボを指で遊ぶ。
「テレスちゃん。あのコはいいオトコになるわ。ホントはアタシがいいオトコに育てたかった。でもいいの。あのコとの思い出がアタシの生き甲斐。アタシの心の中(妄想)であのコは美しく輝くのよ」
「良かったですねぇ」
「あん、ちゃんと聞いてるの?客も少ないし、グラス拭いてるだけでしょ」
「グラス拭くのが忙しくて……はは」
「まるでロミオとジュリエットじゃない?」
「なんの話しでしたっけ」
「テレスちゃんとアタシよぉ。ジュリエットがアタシ」
「はあ。」
「ちょっと待って。アタシそしたら、死んだふりしなきゃいけないじゃない」
「え?」
「そのあとテレスちゃん、毒飲んで死んじゃうじゃない。勝手に殺さないでよ」
「なんでそんなことに……?」
「ロミオとジュリエットってそんな感じの話しじゃない。で、そのあとアタシが短剣で死ぬの。だから、勝手に殺さないでよ」
「僕のせいですか?」
「いいえ、テレスちゃんは王子だから、むしろシンデレラ!」
「むしろ?」
「そう、今は深夜0時を過ぎちゃったわけ。魔法が解けちゃ、会うわけにいかないわね」
「夕方4時過ぎですよ」
「あ!ガラスの靴ないかしら!履けば王子と結ばれるじゃない?アタシ、天才?」
「割れて血が出ますよ」
「そういえばダイエットしないとねぇ、いつもさぁ、そんなに食べてないのよぉ?でも見てよ、腰周り。ちょっとつまめちゃうの。ほらぁ」
「確かに、ホラーですね……」
「ホラーと言えば、十兵衛ちゃんはホラーだったわ。久しぶりに漏らすかと思っちゃった」
「指南役にその言い方は……」
「十兵衛ちゃんもいいオトコではあるんだけど、ストイックっていうか、武骨っていうの?アタシって可愛いコ好きじゃない?」
知らんし、と言いたいのをぐっと堪えた。
「十兵衛ちゃんの太刀筋、全く見えなかった。見たところ二十歳くらいなのよ?でも繰り出された技は円熟のそれ。天才じゃないとあんなこと出来ない」
と、マスターが新しいカクテルをナンシーの前に置いた。
「あら、アタシ頼んでないわよ」
「あちらのお客様からです」
と、カウンターの端にいる男を紹介した。




