第八号 生きるだけなら権利は等しい
ただし、どう生きるかによって扱いは変化する
―数分後・海上―
健一とアトゥイの戦いは、熾烈を極めていた。
ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!
ボァシャ!ボシャボシャ!バゴシュ!
健一が拳銃から弾を放てば、それらは五分の確立で水面とアトゥイを貫いたりする。
対するアトゥイは水中を高速で泳ぎ回り、時たま海上へと飛び出し、健一へと格闘攻撃を仕掛けてくる。
格闘攻撃は主に蹴りか突進で、能力的な物を使っている様子は全く見られない。
健一の方も、最初は愛用するマグナムを暫く使っていたが、弾丸の補充が面倒になったのか、途中から散弾銃・レミントン47へと武器を切り替え、アトゥイが十分接近してきた所で弾を放つというスタイルへと変更し、両者共々より慎重に戦いを進めている。
ちなみに大志等は時間を無駄にしない為に、備え付けの小型ボートで先に空母へ向かったようである。
と、健一は此処でレミントンの弾を切らしてしまった。
水中を高速で泳ぎ回るアトゥイは、健一に向かって泳いで迫ってくる。
「(致し方無い…そろそろ使うとするか…)」
健一はレミントンの銃身を左手で掴み、それに右手を翳す。
すると、手で隠された散弾銃から何やら黒く細い糸が伸びてきて、健一の手に絡み付く。
健一が右手を左へスライドさせると、レミントンは黒く細い糸へと姿を変えた。
健一は糸を巧みに操り、それを海へと投げ込む。
糸は丁度その時健一に飛びかかろうとしていたアトゥイの左腕に絡み付き、その腕を切り落とした。
「ッオァァ!!」
苦痛に顔を歪め、バランスを崩し船のへりに腹をぶつけ海に落下するアトゥイ。
海豚が上がってこない間、健一は糸に変えていたレミントンを再び銃に戻し、弾丸を装填した。
そしてアトゥイが沈んでから約一分が経過しようとしていた、その時であった。
バシャン!!
水中から何かが飛び出してきた。
健一はそれに素早く対応し、念のため弾を撃たず瞬時に水中から出てきた「何か」を散弾銃で払い、叩き飛ばす。
ガォン…
鈍い音をたてて甲板に転がっていたのは、切り落としたアトゥイの左腕であった。
「(やはり…つまり奴自身はまだ水中…)」
健一がそう考え、身構えた瞬間。
ジャボァン!
水中から突如としてアトゥイが現れ、健一が対応する暇も与えず彼に掴みかかる。
二人は絡み合ったまま甲板に倒れ込み、その衝撃で船は大きく揺れた。
体勢としては丁度、アトゥイが上に居て、健一の首を右腕のみで締め上げんとしている。
「俺は…俺はまだやるべき事が残っている…!
故にここで、お前には死んで貰わねばならん……!
さァ…死ね……ッ!」
「…ッッッ…それは……ッッッ…出来ぬ…頼みですね………ッッ」
そう言って健一は、左腕を糸に変化させ、その糸を海中まで伸ばす。運の良いことにアトゥイは健一の「作戦」に気付いていない様子で、首を締め付けるのに夢中である。
健一は腕を変化させた糸を通じて海の水に念を送り、海の中から一本の細い糸を紡ぎ出す。
元腕の糸と、海水から紡ぎ出された糸とは、溶け合ったように結合している。
健一は船の上へ糸を引き上げると、腕を元に戻し、左手に糸を持った。
糸に変化させた物体を自由に操るという、自らの能力の一部を用い、細く銀色に輝く糸をアトゥイの首に巻き付ける。
糸は重なり合って、フィクションで猛獣や奴隷に装着される極太の首輪の様な太さになった。
アトゥイは漸くそれに感付いたが、以前首を絞める手を緩めようとはしない。
「人間!こんな細い糸で俺を絞め殺そうというのか!?
馬鹿げている!馬鹿げているぞ!
俺を馬鹿にしているのか!」
それに対して健一は、冷静に答える。
「………いいえ……馬鹿に……など…してはいません……よッ!」
健一は銀の糸を手から放すと、締め付けられて息が苦しくなっている所全力を振り絞り、アトゥイの腹を蹴り上げる。
ドゥゴァ!
「ッゥォ!?」
咄嗟の出来事に対応しきれず、上空へ吹き飛ぶアトゥイ。
大志ほどではないが、健一もまた戦闘要因としてそれなりに身体は鍛えており、体重130kgにも及ぶアトゥイを蹴り飛ばすことが、出来なかったわけではない。
そして体勢そのままに落ちてくるアトゥイの横っ腹目掛けて、健一は回転蹴りを放つ。
ドゴァ!―ゴギリッ!
脚を海面と垂直に立てて放たれた回転蹴りは、勢いよくアトゥイの横っ腹に叩き込まれ、衝撃は全身筋肉の塊とまで称される海豚の腹筋を貫通し、遂にはその肋骨を叩き折った。
「ぉァ―」
アトゥイはか細い声を上げながら、海へと飛んでいく。
健一は素早く起き上がり咄嗟に自身の能力を解除、船を起動させると、慌てるようにして空母へとボートで向かう。
そして、アトゥイが海に落ちたその瞬間。
ボォン!!
銀色の首輪が爆発し、彼の首から上を吹き飛ばした。
「アルカリ金属の爆破反応…。
海の上で助かりましたよ…」
健一は「線分」の能力の片鱗としてあらゆる物体を糸にする能力を持つが、混合物や化合物から特定物質だけを精製して糸にする事も可能である。
更に糸にされた物体は、線分の能力が解除されるまで、主たる健一以外によっては決して千切れる事のないワイヤーであり続け、反応・化合とは無縁となる。
よって、水を糸にして携帯し、喉が渇けば必要な分だけ切り取って能力を解除。
手軽に水分補給をするなんて真似が出来る。
また、パスポートを持たぬ仲間や持ち込み禁止物資を糸にして海外旅行にて携帯した事もある。
糸の状態なら火薬も爆発しないため、ほぼ絶対的に安全だから問題はない。
さて、元素の中に「アルカリ金属」というのがあり、海水に含まれるナトリウムも又これに属する。
動画サイトで「アルカリ金属」とでも検索して頂ければ判るとおり、これらは水と反応して燃焼や爆発を引き起こす。
健一は自らの能力とアルカリ金属、両方の性質を上手く利用してアトゥイを葬る作戦を思い付き、見事成功したのだった。
肉片漂う海面を背に、健一はボートを走らせる。
目指すは仲間の待つ巨大航空母艦。
―拠点内部・玄白―
モニターを見ながら、玄白は涙を流していた。
「アトゥイ…君はまさに僕の実の息子だった…。
何から何までそつなくこなし、僕を何時でも支えてくれた…。
勝手に改造してしまい、申し訳ないと心から反省している…。
何れ必ず僕も後を追う日が来ることだろう。
今は安らかに辺獄で待っていてくれ…アトゥイ」
玄白は静かに部屋を後にした。
そして時は流れ、五話終盤へ。
―現在・総隊長室・松葉&雅子一行、玄白、一太―
「ほら、チャンスだぞ一太」
玄白は言った。
すると一太は、
「何処がチャンスだ!思いっ切りピンチじゃねえか!」
しかし玄白は、
「いやいや、コイツ等をお前が単身皆殺しにすればコガラシ総統から考え難い程の報酬を頂けるし、昇格も夢ではないだろうよ。
それにもしかすれば総統の片腕になれたり、或いは総統としての地位を譲ってくれるかもしれないじゃあないか。
そうなれば僕のようなゴミクズなんて一瞬で解雇することも処刑することも出来るし、人禍で君に逆らえる者なんて存在しなくなる。
そして君の異形としての能力とは、射殺した相手の支配だ。
天才的な才能を持つ君の為に、僕はこの能力を非常に強力なものとして設定してある。
この力を上手く使いこなせば、きっと君はこの地球を手中に収めることも出来るだろう」
明らかな嘘というか、一太を自滅させるために言っているとしか思えない。
どう考えても明らかに見え透いた嘘である。
しかし一太は、その言葉を完全に信じ込んでしまう。
「そうか!そうだよな!」
そして突如大きく立ち上がると、勢揃いした異形達に向けて言い放った。
「ぅおシテメェ等ァ!!
俺は今から世界を支配する為の第一歩に、手前等を皆殺しにする!
覚悟しろよこのド三流共!」
一太は愛用するマグナムを構え、その銃口を松葉に向けた。
「先ずは手前からだ…手塚松葉ァ!」
ズドァン!
当然松葉は一太の能力など知らないし、マグナムの弾丸など当たったところで手で止められたから、安心しきっていた。
しかし此処で、誰もが予想外の事態が起こった。
「まっちゃん、守る!」
そう言って走り出したのは、幼女異形の恋歌。
彼女は凄まじい速度で松葉の元へ駆け寄ると、彼の前に飛び出した。
そして一太の放った弾丸が、恋歌の腹を貫く。
ドブシュ!
「……ぅ…」
地に伏す恋歌。
「恋歌ちゃん!」
恋歌へと駆け寄ってきた雅子は、彼女を抱き抱えてエヴァと共に部屋の隅へ。
一太はそんな一行へと言い放った。
「はっはっハァ!ザマぁ無ぇなぁクソチビ!
シンバラの異形だろーが大した事ぁ無ぇ!
覚悟しとけよ!手前等が何しようが、そいつはもう助からねー!
俺の能力から逃げおおせる事なんざ、誰にも出来ねーんだからなぁ!」
松葉は仲間を傷付けられた怒りを込めて、一太に問う。
「テメェゴミガキ…俺のツレに何しやがったァ…?」
一太は答える。
「はっはっはァ!
俺は人禍に拾われてから異形にされ、能力を得た!
俺が放つ弾の当たった者全てを操る『屍術』の能力をな!」
「屍術…だと?」
「そうとも!
そいつは不運にもテメェなんぞを庇って俺に撃たれた!!
俺の能力は弾さえ当たれば場所なんて関係ねぇ!
大きさにもよるが、その身体なら15分もしない内に俺の奴隷の仲間入りだ!」
余裕な態度を見せる一太に対し、怒りを爆発させたのは薫だった。
「貴様ァ…それでも異形の端くれか!」
「るせェ!シンバラに飼い慣らされた木偶如きに俺に口答えする権利なぞ無ェ!
死ね!」
一太は薫に銃口を向け、引き金を引いた。
ドォア!
放たれた鉛玉は薫目掛けて飛んでいく。
しかし、剣術の異形たる薫にとって、一発の鉛玉を切り落とすことなど雑作もない。
薫の放った居合いは一太の弾を瞬時に切り落とした。
「く…テメェ!漫画みてぇな事しやがって!」
「では撃った相手を操る銃は、漫画ではないと?」
「喋るなカスがぁぁぁ!」
ドォア!
ズガォン!
ガァン!
ガギュォゥン!
自棄を起こした一太は、残る四発の弾丸をそれぞれ大志、直美、千歳、鉄治に向けて放つ。
しかし、現実とはそう甘くない。
大志は皮膚を硬質化させ、拳銃の弾丸如きでは貫けない身体を作り出す。
当たった弾丸は前後に潰されて地面に落ちた。
直美は飛んでくる弾を何と歯で銜えて受け止めた。
痰のように吐き出されたのも、彼女の咀嚼力で潰された弾丸だった。
千歳は視覚が以上に優れていたため普通に避けることも出来た。
しかしここは楽しまなければと思ったのか、拳銃には拳銃とばかりに弾丸を放ち、威力を相殺した。
鉄治は右腕を剣に変化させ、薫と同じようにして切り落とした。
但し此方も遊び心を交えてか、弾丸を跳び上がって縦に切り落とした。
「っちィ!なんつー連中だ!
糞、弾切れか!
(補充分補充分っと…)」
そう言って予備の弾丸を入れておいた筈のポケットに手を伸ばす。
しかし、その中には何もない。
「(!?
何で俺の弾が無いんだ…?
総統に言われて何時も常備してるっつーのに!
まさか忘れたのか?
この俺が?
いや待て、俺は確かに間違いなく確実に、今朝弾丸をポケットに入れた。
糞………糞…糞…糞糞糞糞糞糞糞糞ッ!
どうなってんだよ!)
くぅあぁああっ!」
不安の余り自棄になった一太は、拳銃を松葉に投げつける。
投げつけられた一太の拳銃は、当然松葉によって弾かれる。
「ち……畜生ォォォッ!」
戦う術を無くした一太は、その場から逃げ出した。
「ち、野郎ォ!」
とは大志。
「追います」
とは健一。
「奴め、逃げたか!」
とは薫。
「生かしちゃおかねーぞ!」
とは鉄治。
「そろそろお腹空いたのよねェ〜」
とは直美。
皆一様に一太を追うことを考えているようだが、ここで松葉が
「待てお前等。
此処は雅子に行かせてやれ」
「何でです、旦那ァ?」
「…」
「某にお任せ下さい、手塚殿!」
「そうだぜ、奴の処分は俺達が」
「まっちゃん…どうしてなの?」
「奴と雅子には、どっちかが死ななきゃ切れねぇ縁がある。
だから、ケリは奴に―「手塚さんが行って下さい」
言葉を遮られた松葉は、雅子を見る。
雅子は続けた。
「私はここで、エヴァさんと一緒に恋歌ちゃんの手当をします。
それと手塚さん以外の皆さんには、無防備な私達3人の護衛をお願いします」
恋歌は未だに、雅子に抱かれて息を切らしている。
弾丸は腹に突き刺さっており、傷口は正体不明の菌類か何かによって侵食されているようで、小さな身体にはとても辛そうだった。
「雅子…」
「良いんです。
第一、一太との縁が問題なのは、私より手塚さんの方ですよね?」
「そうかよ…。
それじゃ、頼んだぞ!」
「はい!」
やりとりの後、松葉は一太の後を追った。
そしてその頃、玄白はというと、
―研究室・玄白―
総隊長室から抜け出した玄白は、自分の研究室に戻っていた。
そして一つの扉の前に立ち、その中に居る愛娘に向かって話しかける。
「やぁ、我が愛しの子供達の内、最も軽やかで猛烈な私の愛娘…」
すると中から響いてきたのは、低く少し嗄れたような女の声。
「あァら…古藤様。
私に何の御用です?」
「…どうせ君のことだ、判っているのだろう?
今、僕は君の力を欲している。
無論、床の上の力ではなく、戦場での力だがね」
「そう…久々ですわね。
古藤様が私を戦の為に呼び出して下さるなんて」
「まぁ、君を動かすまでもない場合が殆どだからね。
しかし、こうして呼び出されるだけ感謝してくれ。
何たって、今の今まで二度しか僕の命で本格的に殺し合いに参加できていない兄弟姉妹だって居るのだからね」
「そうでしたわね…では、行かせて頂きますわ」
「宜しく頼むよ」
そして鉄製の扉の中から出てきたのは、哺乳類のような要素と、爬虫類のような要素とを8:2の比率で併せ持ったような、艶やかな獣であった。
その体毛は紺と白銀、全体的に細身でふくよかな乳房と引き締まった四肢、優雅に動く細長い尻尾。
目つきは鋭く足は獣のそれだが、細長い腕の骨格は若干人間の要素もある。
顔の形は肉食恐竜か蜥蜴を思わせ、大きく開く口の中には犬歯しかない。
舌は蛇舅母のように細く、先端が二つに分かれていた。
クズリに近縁とされる新種の肉食哺乳類、ノースヘッドハンターの疑似霊長・ホロビである。
「それで…私は何をすれば宜しいのかしら?」
玄白は二枚の写真を手渡した。
「これは僕の命であり、総統の命でもある。
ストレートに告げよう、この男を殺してくれ。
現在敵襲に遭い逃亡中だが、君の嗅覚を以てすれば探知は容易いだろう」
「畏まりましたわ、古藤様。
それで、何かご指定は?」
「そうだな。
カメラの映像をチェックしたところ、敵の一人がそれを追跡中なようだ。
だがしかし、君は目標だけを狙え。
初対面の異形には決して手を出すな。
これは命令であり、父としての娘への警告だ。
破れば死ぬぞ」
「はい。判りましたわ、お父様」
次の瞬間、其処にホロビの姿は無かった。
それを確認した玄白は、不二子に連絡を入れた。
「コガラシ総統、今丁度ホロビを向かわせました」
『OK。本体の封印装置解除完了、蘇生準備は完了したわ。
無人で可能な作業はこれで総て終了したわ』
「左様で。
では僕も其方に向かい、至急蘇生を行います」
『宜しく頼むわ』
「はい」
不二子との電話を終えた玄白は部屋を出て、船の中枢へと走り始めた。
走りながら玄白は思っていた。
「(一太のポケットから弾を抜き取ってやったぞ…極限まで追い詰められた馬鹿がどんな行動に打って出るかは、実に興味深い。
あとで監視カメラの映像を見ておくとしよう)」
俺は扱いのそこそこ良い人間になりたいから、真面目に生きていたい