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第七号 本音


考え方に違いはあれど、相手の事情も知らずに相手を悪と決めつけて一方的に攻撃するのはいかがなものかと思う。


アトゥイの持論はまさに彼独自の者であって、その台詞は一般的な海豚のイメージを覆す者であった。





「何故だと?全く持って愚問だな!


あの人間共は、我々を守ろうとしていた!

確かに、命を守ってくれようとすることは、最初有り難いと思った。


だが、だがだ!


奴らが我々を守ろうとする理由とはつまり、つまりよ!

我々が可哀想だから(・・・・・・)なのだろう!?

我々が哀れだから(・・・・・)なのだろう!?

我々に愛嬌があるから(・・・・・・・)なのだろう!?

我々が愛らしいから(・・・・・・)なのだろう!?

我々が善良に見えるから(・・・・・・・・)なのだろう!?


そして何より、我々を狩る者共が…


我々を狩る人間共が、気に喰わんから(・・・・・・・)なのだろう?



そして奴らは、我々を狩る人間共以上に、悪魔の街(タイジ)の民以上に!


我々の食物を奪い!

我々の住処を潰し!

我々の聖域に、神の力(しぜん)ではどうにも出来ぬ地獄のような毒を平然と流し!

悪魔の街(タイジ)の民以上に我々を苦しめ、意味もなく滅ぼそうとする!


そして奴らの最終目的とは、我々を捕らえ、生涯死ぬまで監禁し見世物にする事なのだろう!?

奴らはその為に、我々を守ろうとするのだろう!?

我々は命こそ守られたとしても、生きていることすら実感できぬ、眠れぬ奴隷として、人間に生涯利用され続けるのだろう?



何より奴らは我々を守ることにより、我々の生涯にとって必要不可欠な闘争(・・)を、完全に奪い取ろうとしているのだ!


我々の敵とは、この広い海へ無数に存在している!

それらは時に、永劫水中で息の続く、鋭い牙を持つ(フカ)だ!

そして時に、巨岩の如し巨躯を誇る(シャチ)だ!

或いは、食物を通じて体内に入り込んだ矮小な(ムシ)やも知れぬ!

更に、同族との戦いを強いられる時も有った!

そして新たに現れた敵こそ、あの人間という種だった!

奴らは馬鹿げた新参で我々より貧弱だが、我々では足下にも及ばぬほどの知性を持っていた!

そして我々は、これらの敵と戦い続け、生き残ってきた!


この愛する地球において生きる者は、常に何かと戦い続けなければ、生き残る事は出来ぬ!

意志のある敵が存在しない者にもまた、神の力(しぜん)は意志を持たず時として敵対する!

つまり我々―少なくとも俺にとって、闘争とは願望であり、生きる意味であり、また生涯そのものだったのだ!

それ程に愛して病まず、無くては成らぬ闘争の敵らは、年々減り続けている!

鱶も、鯱も、蟲も、同族もだ!

そしてまた敵となっていた人間共も、馬鹿な連中によって弾圧され、消されようとしている!

こんな馬鹿な事が有って溜まるか!

生きる意味を奪われ、願望を奪われ、生涯そのものを奪われ、監禁されて奴隷同然に生かされるなど、少なくとも俺は死んでも願い下げだ!



何より奴らが我々を守らんとする理由とは、我々が奴らに愛されているからなのだろう?

そして、我々を弱く哀れな獣だと考えているからなのだろう?

自分たちの手で哀れな我々を守らねばならぬという使命感に駆られているからなのだろう?

つまりだ!

奴らは自分等が我々より上位にある存在だと確信している!

奴らは自分等が我々を見下して良いのだと考えている!

奴らは、偉大なる神の下さったこの自然界を、奴らの手で支配しようと考えている!

こんな連中を、許しておいて良い筈がない!


確かに、我々を狩る人間共は憎い。

だが、真に心の底より憎いのは、我々を生物の有るべき道(・・・・・・・・)から引き離し、自分達で支配しようと考える、傲りの過ぎる人間(クラゲモドキ)共なのだ!」


アトゥイの熱弁を冷静に聞いていた健一は、顔色一つ変えずに答えた。


「アトゥイ…貴方の思い、私の心に響きました。

しかし二つほど、質問があります」


「何だ?」


「まず一つ、貴方の言う『海月擬き(クラゲモドキ)』とは一体何でしょう?」


「何だ。一つ目はそんな事か。

まぁ良い。


お前達人間ならよく知っているだろう?

海亀は海月(クラゲ)が大好物だ。

しかしある時、潮流の噂で『食べた海亀が必ず死ぬ海月が在る(・・)』と知ってな。


古藤様からその正体が、人間共が海へと捨てた『土にも還らず何者も食えず、また土によって消える事のない忌まわしい物体』であり『ビニールブクロ』とかいう名である事を教えて頂いた。


だからこそ、それと同等かそれ以上に忌まわしい人間共を、俺はそう呼んでいる」


―解説―

これもまたリアルな話なんで、真面目に読んで頂きたい。

まぁ腐るほど有名だから、ここで話すまでも無いかも知れないが。


全てのウミガメは雑食性で、特に海月を好む事が有名である。

故に海中を白い袋状の物体が漂っていると、それを海月と認識するそうだ(このように、餌でないものを餌と認識するのは動物界では良くある事である)。

そして海月でなく、海月のように海中を漂う者と言えば―そう、馬鹿が海に捨てたビニール袋等である。

ウミガメはビニール袋を海月と誤認して飲み込んでしまうが、当然ビニール袋は消化されず体内に溜まり続け、窒息死或いは餓死という悲惨な結果に辿り着く事が多い。

更にこの自体はウミガメに留まらず、海鳥等その他の海洋動物でも十分有り得て当然の事であり、廃棄物の方もビニール袋に留まらず様々なものによって被害が拡大している。

地球を守ろうとか、そういう事を言うつもりは無いが、まぁ人類文明は永遠でない事を肝に銘じといてくれればそれで良いから。


健一は顔色を変えず、第二の質問を言った。


「では二つ目に聞きましょう。


貴方は何故此処にいるのです?」


アトゥイは答えた。


「古藤様からの非常に簡単な命令だ。



『力尽きるまで、お前の泳げる範囲に外部から近付く者全てを滅ぼせ』とな」


「そうですか。


大志、直美、千歳、千晴。



手出しは無用です。

寧ろ手出しをしたらば、この獣よりまずあなた方の首を刎ねますからそう思っていなさい」

頷く4名。



健一は拳銃に弾丸を込め、銃口をアトゥイに向けると、引き金を引いた。



晴れた空に、乾いた銃声が木霊した。


―海豚の熱弁よりは少なくとも前・海中―


ガギィン!

ギャイン!

ガギョン!

ギィュン!



薫は海老擬きの繰り出す腕を、野太刀とその鞘を上手く使って防御していた。


「(…某の能力が在れば、こんな単調な攻撃など避けるまでもない!)」


この話まで一万字超えてしまったので、勿体ぶらずそろそろ薫の能力も解説しようと思う。


天才的な剣士たる彼女の能力とは正しく「剣術」であり、これは剣の技術全般を高めると共に、刃物の扱いや本人が「剣」と認識したものの技術を向上させるという役割もある。

箸もまた剣と認識しているため扱いは上手いが、何故か包丁は剣と認識出来ないらしい。

彼女が主に頼りにする効果は「見切り」というものであり、一度防御した技等に対し一度で耐性を付け、二度目以降に同じ技を受けてもそれを完全に防御・回避をこなす事ができるというものである。

これを使えば連射される機関銃の銃弾を全て切り落としたりする事も可能なため、かなり高性能な筈なのだが、防御が完全に成功した技しか見切れないという致命的な欠点があるため、残念ながらそんなに褒められたものでもない。

またこの「剣術」という能力の真の力というのは、その刃を高速振動させあらゆる物体を切り裂く事であり、その形状を「切断」という性質を維持したまま自由に変化させる事でもある。


この内、現在老擬きと戦っている彼女が使っている効果は「見切り」ただ一つであり、それで十分なようだった。

海老擬きが持つ二本の腕から繰り出される攻撃は今や、殆ど彼女の脳に読み込まれており、刀と鞘を使って簡単に防御が出来た。

時折来る大顎も、前に突き出して一定の時間で閉じるという単調な動作のため、既に見切れていたし、重力が無いに近い水中なので、避けるのは容易かった。



「(さて…そろそろ頃合いか…?)」


一分以上防御をしながら熟考を続けていた薫は絶好のタイミングを見計らうと、振り下ろされる海老擬きの左腕へと野太刀を振るう。


そして、次の瞬間。



ズパッ



海老擬きの左腕、鎌の刃に該当する部分が間接から切断され、海中に沈んでいった。

すぐさま魚が集まってきて、青い血液の吹き出る傷口へと群がっていく。


「(やはりそうか…。

幾ら強固な甲殻を持とうとも、その関節部は柔軟性を得るために多少柔らかく出来ていて、切断が容易!)」


そう。

母の手伝いで蝦蛄の殻剥きをやった事があり、また修学旅行で行った北海道で蟹を食べた作者にはその事が良く判る。

節足動物の外皮は硬いキチン質で覆われており、これが天然の鎧となって捕食者の牙や水圧から守られている。

しかし、脚等の関節部は、柔軟性が求められる為にその強度を落とさざる終えない。

薫はこの性質を、アニメ「S●MU●A●7」の野●せ●や「う●●れる●の」の「ア●・カ●●」から学んだのであった。



「(良し…)」


左腕の第一関節から先を切り落とされた海老擬きは、傷口から青い血を噴出しながら苦痛に怒り狂う。

そして両手で野太刀を構え突進する薫に対し、残る右腕を振るう。



しかし、



「(もう遅いッ!)」



ザスッ!



野太刀の白刃が海老擬きの右腕第二関節に突き刺さる。

海老擬きは一瞬自らの複眼を疑い、長く伸びる目玉二つで刺された部位をじっくり見つめようと、一瞬確認のために目を刃の近くに伸ばす。



と、次の瞬間。





ザピッ…





節足動物がそれに気付いた頃には時既に遅し。

海老擬きの目玉と、右腕の第二関節より先は、静かに海底へと沈んでいった。




両腕を切り落とされた上、視覚まで失ったのである。

海老擬きの怒りと苦痛は、並大抵では言い表せぬほどであるに違いない。



海老擬きは考え難い苦痛に苦しみ悶え、その巨体で水中をまるで曲芸のように暴れ回る。

その勢いに気圧され、勇敢な薫でさえも容易に近寄る事を許されないほどに。



「(相当痛いらしいな…。

無理もない…だが某も特に狙ってやったわけではないのだ。許してはくれまいか…)」


そんな事を思う薫。

流石は「義の尊重」を家訓の筆頭に置く村瀬家の一人娘である。


と、此処で海老擬きが落ち着きを取り戻し、触角を振り始めた。



暫く触角を振った後、海老擬きはその頭を薫の方向へと向けると、顎を勢いよく開く。

そして勢いをつけて突進すると共に




バゴゥ!



「(!!)」



海老擬きが噛み付いてきた。

薫はどうにか避けたため無事だったが、海老擬きの大顎は薫の胴体を正確に狙っていた。

噛み付き攻撃の不発を悟ると落ち着いたように引き下がり、再び触角を振り始めた。

薫は悟った。


「(そうか…奴はあの触角に通る神経で、海水の流れや温度の変化を探り、そこから某の現在位置を探っているのか…。


それなら話は早く済む!)」



薫は野太刀を鞘に収めると胸一杯息を吸い込み、その口からレギュレータを外す。

そして器用にダイビング機材を身体から外し、さらにそれを分解して小脇に抱え、空気タンクの口を自らへ向け、左手で空気タンク全体を支えると、右手をその弁に添えた。

そして空気タンクの狙いを海老擬きの頭上に定め、その弁を外した。



シュゴォォォォォォォォォォ!!




内蔵されていた空気を一気に解放された空気タンクは、海中を勢いよく直進していく。

反動で薫も吹き飛んだがすぐに体勢を立て直した。

当然視覚を失った海老擬きは、空気タンクを薫と思いこみ、それ目掛けて噛み付き攻撃を仕掛けようとする。

そして海老擬きの大顎が空気タンクを挟み込み、空気タンクに複数の穴が空いた瞬間。



ボォォン!



酸素しか入っていない筈の空気タンクが、何故か大爆発を起こし、海老擬きの頭を吹き飛ばしたのである。



「(流石は(ごう)教授のバイナリー・エア・タンク…何という爆発力だ…)」


バイナリー・エア・タンクとは、シンバラ社科学科随一の爆破好きにして爆薬のスペシャリスト、郷光昭(ゴウミツアキ)によって作られた品であり、作った本人さえ「マジで誰得だよコレ」という代物らしい。

その構造はサイズの違う空気タンクのボトルを3つ重ね合わせ、出来た溝にそれぞれ濃硫酸とガソリン・灯油・砂糖・アルミニウムから成る混合燃料を入れ、緊急時に爆弾としても使えるというもので、「コノドント」にはこの空気タンクが複数置かれていた。

濃硫酸と砂糖の溶けたガソリンは少し触れただけで爆発的に反応し、粉末状のアルミニウムが入っていればその反応速度が更に高まっていき、混合した瞬間爆破炎上というわけである(どんなわけだ

更に今回はタンク内にまだ空気が残っていたため、中の酸素でその爆発力は更に向上した。



汚く吹き飛ぶ海老擬きの頭。

海老擬きの死を確認した薫はひとまず酸素を確保しようと水上に上がろうとした。

その時である。

海老擬きを上回る大きさの何かが、北側から迫ってきていた。



「(まさか…この状況下で新手か!?)」



薫はぎょっとしたが、「何か」は水中を高速で泳ぎ、海老擬きの死体(・・・・・・・)へと向かっていた。


そして遂に水中を高速で泳ぐ「何か」がその姿を現した。




「(こいつは…ッ!!)」



その生物は全体的に流線型のフォルムで巨大な鰐や蜥蜴に似ていたが、四肢はオールの様に完全なヒレ型となっていて、完全に水中に適応した生物のようだ。

縦に平たい尾からも、その傾向が見て取れる。

まるで白亜紀に生息していた海蜥蜴竜(モササウルス)の様である。

しかし、平均全長8m程のモササウルスに対して、こいつはその二倍以上の17mもある。

明らかに大きすぎる―わけでもない。

嘗て同じ部類のものでハイノサウルスという種が見付かっており、これの全長は15mを超えたらしいのだ。



薫は身構えたが、モササウルスは薫に対して見向きもしないどころか、その存在にすら気付いていないらしく、海中へと沈み始めた海老擬きの死体に食らいつき、それを銜えたまま泳ぎ去ってしまった。


「(最初から某など眼中に無し…というわけか)」


薫は酸素確保のために納刀、海上に顔を出す。

見れば、目標地点の航空母艦は眼前に近付いていた。


―同時刻・総合実験室・玄白―


右半分だけだが(・・・・・・・)、確かに玄白はノートパソコンのモニターに映し出された簡略化された地図を見ながら昼食を取っていた。


「んー…やはりNECTを命令のみで護衛に回すのは無茶だったようだな…。

ちゃんとスティモシーバーの電源入れておけば良かったんだろうが…。

だがしかし、そうした所で無理もない。

偉大なる我らがカンチェン教授の産み出した遺伝子合成の技術を個人的に研究し、高めたとはいえ、現段階で節足動物と無顎類との合成は無茶だったんだ…。

まだ節足動物だけなら良かったものの…それにエクジソンの量もちゃんと計算せずに過去の実験データから適当に割り出した量を使ったから…。

…体内に脊椎を作り出し、循環器系も強化して、現在の陸上でも十分活動可能で、人間を単独で喰い殺せるほどの巨大節足動物を作り出す事は出来ていたのに…!!


しかもちゃんと回収して研究に役立てようとしたらヘルトゥースの奴が丸ごと掻っ攫ってしまうし…。

ここでハイドラのような突撃兵や、或いはファントムのような特殊工作員を送り込むという手もあるだろうが…面倒だしやめておこう。


大体彼女は…村瀬薫は、どうせこの船に乗り込んでこなくてはならないんだ…。

一太のフロッグマンズはどうせ使えないから直ぐ全滅だろうし、うちの海軍で今動けるメンバーを全て送り込んでも、途中で楠木雅子が来て皆殺しにされてしまう…。


どうせ何を送り込んだって無駄な筈なんだよ…。



そう、ああしてNECTを送り込んだのは彼女を試す為…。

他には何も意味など有りはしない…。

今動いている海軍で、彼女を止められる奴なんて居るはずがないんだ…」


そう言って玄白は昼食の片づけを始めた。

人のふり見て我がふり直せとはよく出来た諺だと思う。


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