第五号 甲板のメインステージ
超えてますよ、一万字。
―前回より・甲板上―
SR-71が垂直に突撃してくる中、甲板にて寝転がっている一人の異形が居た。
全体的に細めな女の異形で、眼鏡をかけて純白の長髪を棚引かせる、清楚な印象の持ち主。
飾りっ気のない紺色のスーツを着こなし、スコープを装着したM-16を優しく抱えている。
そんな彼女の名は、「坂上磨綾」
妹尾姉妹に勝るとも劣らぬ程の銃撃センスを持つ、人禍の機関員である。
彼女は単独行動と歌と音楽をこよなく愛し、大抵何時でもどこか一人で、携帯音楽プレイヤーや携帯電話やパソコンからイヤホンを通じて音楽を聴いているし、歌詞カードを片手に歌っていることだって、そう珍しくはない。
彼女は今、甲板で日傘を広げてくつろいでいる最中だった。
白い日傘に、紺のスーツ。
その姿はさながら、コンクリートを打ち破るほどの根性を見せ、花を咲かせた白い百合の影でくつろぐ、一匹のカワトンボのようである。
「『白百合の影でくぐろぐカワトンボ』ね…中々良い例えをするじゃないの、作者」
いやいや、作者としては当然の事である。
しかしその例えを五七五にまとめてしまうとは、流石と言えよう。
「季語合ってないけどね。
ってか百合は何処の季語よ?
そもそも季語?」
まぁ、そこら辺は置いておけばいいと思う。
季節はずれとか、トンボが夏の季語とか、川柳って事で。
「有り難うーってか、空から何か来たわね…」
おっと、そうであった(何処かア●●リ●●●ル・ク●ヤ風
只今、甲板へマツオロとテツロ―ではなかった、松葉と鉄治が、SR-71で突撃に向かっていたのだった。
まぁ、飛んでんだか落ちてんだかよくわからないのだが。
磨綾はM-16を天とほぼ直角に構えると、白く清潔に輝く歯をむき出しにして不気味ににやけながら、こう言った。
「さァて、仕事かしらネ…」
磨綾はどうやら、愛用のM-16でSR-71を撃ち落とすつもりらしい。
しかし、それはどう考えても無理な話である。
幾らM-16とて、千も二千もの遠距離まで弾を撃つことなどはできないであろうし、何より人類がM-16の弾丸でSR-71を撃墜することなど、大抵不可能だからだ。
しかし、磨綾は異形である。
彼女にもまた、こんな無茶を見事成し遂げる為の能力が存在するのだ。
「コレで終わり…多分ね」
ドォア!!
空高く放たれたライフルの弾丸は、発射と共に突如深紅の光を帯びて、彗星のように空へと上っていく。
と、次の瞬間。
彗星のような銃弾はまるで水中を泳ぐ機敏な小魚のようにその弾道を曲げ、SR-71の機体へ次々と穴を空けていく。
光によって脹れ上がった彗星のような弾丸の空けた弾痕は、野球ボールの1.5倍ほどもあり、とてもM-16が空けた穴とは思い難いものであった。
そう、彼女は「弾道」の異形。
自らの意志で放った飛び道具の方向を、意の侭に操り、必ず対象へと必中させる。
能力の付加された弾丸は、皆全て紅の光を纏い、彗星のような速度で飛翔する。
その弾丸の衝突から逃れる事のできる者は、恐らくこの地球上に一握りも居ないであろう。
―同時刻・上空―
ギュォォォォォ!!
ドゴァ!
ギュイン!
ズボァ!
ギュォン!
シュッ、キュィィィィン!
ズドガァン!
鉄治だけが乗り込んだSR-71は、迫り来る弾雨に対して、一切合切怯まず甲板へと向かって突撃してくる。
幾ら能力により強化されており、威力と口径の増した弾とはいえ、所詮M-16。
高が知れているのか、どうやら偵察機を完全に破壊するまでには至っていない様子である。
とはいえ、中の鉄治は大丈夫なのだろうか?
無論、心配には及ばない。
体育会系で普段から健康に気を遣う鉄治は、比喩・実質両方の意味で「鋼の肉体」を有するのだ。
その証拠に彼は今、偵察機と一つになって空母へと突撃している。
そう、彼の能力とは「金属」である。
しかし金属を操作するとかそういった能力ではなく、直美が松葉に類似した能力を持つように、鉄治は雅子に類似した能力を持つ。
つまり彼の能力を簡単に言い表せば「肉体金属化」であり身体の一部を武器や防具に変形させて攻防一体の戦いを行う。
彼が化けられるのは、地球上に存在する全ての金属であり、また同類を除くあらゆる事象によって傷付く事のない究極の耐久性を誇る金属に化ける事も出来る。
更に溶けるも固まるも自由なので、狭い隙間等は流体金属になって進むことが出来る(そもそも流体の金属として水銀が存在している)し、並大抵の物理ダメージは無意味であり、熱や電流にへの耐性もメンバー随一である。
だからこそ磨綾の集中攻撃を受けても平気だったし、偵察機のエンジンが爆破・炎上していようがお構いなしである。
―同時刻・甲板―
「……何よあの飛行機…。
全ッ然軌道変わってないし、型崩れが一切無いんだけ……ど…?」
磨綾がそう呟いた瞬間、偵察機は既に磨綾の頭上数十mにまで迫っていた。
「………っひぃ!!」
ズドォォォォォォォォォン!!
バゴォォォォォォォン!!
そして偵察機が磨綾目掛けて激突する瞬間、彼女の横から何か細長い針金のような物体が数本伸びてきて、彼女に絡み付くと、磨綾を掴んで安全な位置まで回収した。
針金の様な物体は長身で細身の眼鏡を掛けた人物―小山少年を眠らせた男、通称・博士―の右手から伸びていた。
「!!…こッ…古藤さん!」
「大丈夫ですか、坂上さん。
監視がてらの休憩も良いですけど、思わぬ襲撃も計算に入れましょうね」
「は…はい。有り難う御座います!」
「何、お礼などには及びませんよ。
僕は只単に、同僚を守っただけですからね」
博士こと古藤は、磨綾を抱きかかえながら中々紳士なことを言って見せた。
そして磨綾を下ろし、甲板に突き刺さり、家屋の火災のような炎を巻き上げて炎上するSR-71と、そこから溶け出てくる銀色の流体に目をやりながら考える。
「(全く、シンバラ社緊急特務科は、相も変わらずスケールどころか尻や肩幅から乳にチンコまでデカイのか…。
デカイのは精々勢力と規模だけに留めて欲しいんだがな…。
しかも今回は、事がコトだけに日異連まで動き始めているとは…総統はアレを使って一体ナニをおっ始める気なんだ?)」
古藤がそう考えている間にも、流体は次第に人型を成し、遂にその姿は田宮鉄治のそれとなった。
古藤は鉄治の姿を見て、懐かしそうに話しかける。
「おぉ、久しぶりだねぇ田宮君。
元気にしてたかい?」
その問に鉄治は、古藤を睨み付けながら賺さず答える。
「あぁ。御陰様ですこぶる元気だぜ。
恩義も忘れて、勝手に突っ走った挙げ句悪魔に魂を売り渡した反逆者の古藤玄白先生よォ!」
「ははは。
どうやら予想通り、僕は随分と嫌われているらしい。
それでは坂上さん、ひとまず僕はこの事を小沢総隊長に報告するのに自分の携帯電話を取りにひとまず部屋まで戻りますので、彼等の対処は頼みましたよ」
そう言ってその場から立ち去る玄白。
「はい、喜んで。
って、彼等?
ちょ、それってどういうコトですか?
ねぇ古藤さん!?
古藤さーん!?」
磨綾は辺りを見回すが、既に玄白は見当たらない。
「はぁ…あの人何時もこうだからなぁ…」
半ば落ち込みながら再び振り向いた磨綾は、驚愕した。
「仕方ない…良く分かんないけど二人相手にしよう…ってかマジで一人しか居ない…。
どういうことなの…」
まさにその場には、鉄治しか居なかった。
そして鉄治が口を開く。
「さて、女…坂上とか言ったか?
お前よ、『銃は剣より強し』って、信じるか?」
それに対し、磨綾は口元に笑みを浮かべて答える。
「さぁ…信じるも信じないも、『時と場合に寄りけり』としか…」
「そうかよ…同意するぜ…俺もなァ!」
ダッ!
ドァ!
鉄治の足が踏み出され、磨綾の弾が撃ち出される。
そのタイミングは、きっちり同じ瞬間に起こったものであった。
方や、両腕を剣に変化させ、驚くべき脚力で磨綾へと向かう鉄治。
方や、何発も弾丸を放って、それらを華麗かつ自由に操る磨綾。
ギュイン!ギュオゥン!
ドゴァ!
磨綾の弾丸が鉄治の脇腹を貫き、彼の腹部を抉る。
しかし鉄治から血は流れない。
彼に出来た傷口は銀色で、しかも直ぐに塞がってしまう。
何故なら彼は現在、金属の異形としての能力を解放しているからだ。
つまり彼の身体は今、肉体は愚か身につけている物体すらも、鉄のように硬く水銀のように流れる金属となっているのだ。
しかし、磨綾もそれに全く対抗しない等と思っているわけは当然ない。
その弾道は次第に、ただ鉄治に中てさえすれば良いというものから、走ったり飛び回ったりする鉄治の身体を支えている部分―四肢―を狙って、一時的にでも砕こうとするスタイルへと変化させていたのだ。
弾丸を避けたり、弾いたり、斬ったりしてどうにか対応を続けたが、気力と体力がそろそろ限界に近付いていた。
そして鉄治が地面に左脚で着地しようとした、瞬間。
ズドァ!
磨綾の磨弾の内一発が、遂に鉄治の左膝に直撃。
焦りと疲弊の余りバランスを崩した鉄治は、無惨にも地面に倒れ込む。
ドサァ!
「く!」
磨綾は勝利を確信した。
そして鉄治を完全に殺しきり、ついでに|見えないが存在する二人目も見つけ出して殺す為に、それ専門の部隊を呼ぼうと携帯電話を懐から取り出し、番号を入力。
耳に当てて、出るのを待った。
と、次の瞬間。
―…ヒュルルルルルルルルル……
何かが空中を回転して来たかと思えば、それは
………ザクッ…
布と肉を貫き、骨を断ち切った。
「………は…?」
ガゴッ!
磨綾は自分の身体に起こった事態が今一把握出来なかったが、次の瞬間それを直ぐに理解出来た。
否、理解せざる終えなかったし、理解出来るはずがなかった。
「……腕………腕……?」
磨綾の腕は、綺麗に切り落とされていた。
振り向けば、背後の柱には巨大な十時手裏剣が突き刺さっている。
そしてもう一度前を見れば、そこにはダメージなど気にせず佇む鉄治の姿が。
傷口を押さえた磨綾に対し、鉄治は笑いながら言い放った。
「『銃』対『剣』の戦い、どうやら今回は手裏『剣』に軍配が上がったらしいな」
磨綾は鉄治に言葉を返す事もせず、彼に銃口を向けた。
しかし、次の瞬間。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAHHH!!!」
巨大な肉食獣が吼えたような鳴き声がしたかと思うと、磨綾の眼前に突如、煙の様な醜く恐ろしい目つきの獣が大口を開けて現れる。
「!!??」
何が起こったのか、幾ら考えても全く理解出来ない磨綾。
しかし獣は怯える彼女へ頭から容赦無く喰らい付き、その華奢な上半身に噛み付いて乱暴に引き千切った。
ゴギリ!
ブヂブヂブヂブヂ!!
ドバシャアアア!!
骨は砕かれ、肉と内臓は嫌な音をたてて引き千切られ、鮮やかな紅い血潮が辺り一面に飛び散る。
獣は磨綾の上半身を噛み砕き一瞬で丸飲みにして、更に下半身も喰らい始めた。
バゴシュッ!
ガボリッシュ!
バギュ!
ゴギュ!
ガバギゴリッ!
そして獣は、最後に宙へ浮いた左足を丸呑みにした。
ガボゥ!
食事を終えた獣は霧のような姿から、次第に実体へと近づいていく。
そしてそれは全身に毛の無い醜く恐ろしい巨獣へと姿を変えた。
全身に毛のないメソニクス目のような巨獣―そう、我らが主人公、手塚松葉である。
松葉は人の姿に戻り人としての潜在的才能である「身に纏う能力」で服を修復すると、しみじみと言った。
「まさか人禍に古藤の奴が居たとはな…。
それにこの…何だ。
よく判らねぇが、活性汚泥にすら分解しきれねぇ程酷ぇ悪臭がどっからかするんだよな…」
活性汚泥とは、下水処理場であらゆる汚染物質を分解するバクテリアを無数に保有した泥の事なのだが、解説するまでもあるまい。
―同時刻・航空母艦内部「神の奴隷たる兵士大隊総隊長室」・玄白、小沢―
「おい一太。
甲板に侵入者だ」
突如、小沢の部屋に音もなく現れた玄白は、ただ単純にそう告げた。
王座に座った目つきの悪い男は、そんな玄白に対して乱暴に答える。
「あァ?
んなもんどーせ坂上が皆殺しにすンだから俺達が出向くまでもねぇだろこのバカ。
手前は部屋に籠もって糞の役にも立たねー研究にでも没頭してろ」
小沢一太。
人禍の構成員であり、玄白によって力を与えられた後天性の異形。
人禍における基本戦力の一つ「神の奴隷たる兵士大隊」総隊長を務める。
性格は傲慢かつ自己中心的で身勝手そのものな上に厚顔無恥で傍若無人。
敬意というものは知らないに等しく、コガラシ一族の者以外には一切敬語を使わない。
その癖自尊心は無駄に高いので厄介極まりなく、部下以外からは完全に嫌われており、人禍内部で不人気投票をすればこいつが晩年一位であろう(実際そうであるらしい)。
産まれて直ぐに母を失い、悪辣な父親と極悪暴走族を率いていた兄によって甘やかされて育てられたという過去を持つ(しかもその母は父親の浮気相手だった)。
雅子とは幼稚園からの馴染みで、今でも彼女に好意を寄せている。
小さい頃は純真で正義感が強い性格だったが、小4頃から一気に歪み出し中学時代などは一般生徒どころか同じ不良からさえも嫌われるほどの極悪厨房に成り下がり、中卒後は当然高校など行かずチンピラのような生活を送る。
その後歪みは更に酷くなる一方だったが雅子への思いが途絶える事はなく、何度も彼女にプロポーズを試みるが、雅子の好みが「頭が良くオタクへの理解があって出来れば性格か学歴どっちかだけでも理系」だったので軽くあしらわれ続けた。
その後、雅子は大学である男と出会いその男を恋人同然に慕う様になる。
そして自分を信じてくれる肉親を全て失った一太は、偶然アルセーヌ・コガラシに出会い彼の娘である不二子・コガラシ率いるテロ組織「人禍」の構成員として招き入れられ、元シンバラ社薬学部所属であった異形・古藤玄白が編み出した「非異形の生物を人為的に異形化させる技術」によって異形として生まれ変わり今に至る。
その能力は「屍術」であり、愛用するコルト・ガバメントの弾丸を中てた生物にカビのようなものを感染させ、主の命に従う神の奴隷たる死人として使役するという能力である。
「その磨綾がな、今丁度殺されたんだよ。
それもお前の大嫌いな手束松葉にな」
手束松葉。
その名を聞いた途端、一太の表情は一変した。
「どういう事だ…答えろ藪医者!!」
「まぁ落ち着けよ。
それに僕は医者ってだけじゃなく、薬剤師でも生物学者でもあるんだ。
呼ぶなら『糞マッドサイエンティスト』とでも呼んでくれ」
「御託は良い!
とっとと甲板で何があったか話やがれ!」
一太が手束松葉を此処まで嫌うのには、当然大きな理由があった。
先述の通り、一太の母は彼が産まれて間もなく事故死。
その後は父・兄に加え政治家の伯父に寵愛されて育ったのだが、この3名がまた大変な極悪人だったのだ。
まず彼の父は岡山市の市議会議員で、税金着服からコカイン販売までありとあらゆる不正行為や犯罪を度々働いてはヤクザや弁護士の力を借りて法的な裁きから逃れ続けていたという極悪人であり、その事が日異連にバレて松葉に惨殺される。
また伯父は前述の通り政治家なのだが、こいつもまた恐ろしい程の極悪人であり国を売ろうと政党がらみで計画していたところを弟共々松葉に惨殺されている。
また、諸事情により神奈川にて一人暮らしをしていた実兄は神奈川を代表する暴走族「舞炉狭夢」の首領を勤めており、こいつもまた出張中の松葉によって部下共々惨殺されている(東方禿狗禄第2話「外界における惨劇」を参照のこと)。
玄白は一太に命じられた通り、詳細を淡々と説明した。
「何分か前だ。
甲板で磨綾が昼寝をしていると、突如偵察機が甲板に突き刺さって、中から異形が一匹出てきたんだよ。
磨綾はその異形と交戦し、遂に勝利かと思われたところだった。
突如、松葉と思しきケモノが現れて、磨綾を食い殺してしまった。
詳細は以上だ」
「ンの野郎…こんな所にまで…」
憤慨する一太を尻目に玄白は更に話を続ける。
「あとな、甲板に降り立った異形2名は、まっこと都合の悪い連中だったようだぜ。
馬鹿高い戦闘能力と攻撃性を兼ね備え、更に不死性も高く悪運まで強かったりと、極悪近接型殺戮兵器として支払っても財布から溢れ出るほどの釣り銭が帰ってくるような性能の奴らなんだよ。
予想だが、恐らく連中は只の囮だ。
多分既に別部隊がこの船に潜り込んでいるだろうから、甲板にお前の管理する兵力全てを送り込むのは得策ではない。
寧ろその真逆を行く愚策の中の愚策だ。
だから一太、悪いことは言わないから早まるな。
今は冷静にどうすべきかを考えよう―って、ありゃ?」
説明に熱中していた玄白は一太の席に目をやるが、其処へ既に彼の姿は無かった。
「ヤレヤレ…行ってしまったか。
だがこれで良いのかも知れない。
この世で起こる全ての事象は、全て絶対者の緻密な計算と計画の元に成り立っているのだからな…」
呆れながらそんな事を言う玄白の顔は、確実に笑っていたのであった。
―同時刻・甲板―
…ヴィーン…
機械的な重低音が辺りへ鳴り響き、甲板の床に仕組まれたハッチが一斉に開く。
その中から這い出て来たのは、夥しい数の兵士達。
皆服装が決まっており、黒い防寒着のような服装と、真っ黒の防毒面を着け、殆どの兵士が自動小銃一丁と弾薬に加え、手榴弾を幾つか持っていた。
神の奴隷たる歩兵部隊は、小沢一太率いる神の奴隷たる兵士大隊の内、最も数の多い部隊である。
基本装備は自動小銃に手榴弾、そしてナイフや片手斧が基本だが、中にはロケットランチャーやバズーカを装備した高火力兵や、銃器を装備せず素手と刃物のみで戦う近接専門兵、弾頭に詰められて敵地に投下され、諜報や暗殺を主な任務とする潜入兵等がいる。
これらの内、現在甲板に集合しているのは基本装備の一般兵と、高火力装備の歩兵、そして細身の近接専門兵である。
そして侵入者たる松葉と鉄治のコンビはというと。
「……」
「……」
一太率いるZS部隊に取り囲まれ、四方八方から銃口を向けられていた。
当然身動きなど取れるはずがない。
それを見た一太は高らかに言う。
「ザマぁ無ェな、手塚松葉!
あの連続殺人UMAの禿げ狗が、こんな間抜けヅラを晒すなんてよォ!」
しかし松葉は余裕でこう返した。
「ほォ、世の中の事情なんざ知ったこっちゃねぇであろうと思しき手前もちゃんとニュースの一つや二つも見てンだなァ!
いやこりゃ参った関心関心!」
完全にナメられていると感じた一太は怒りを感じ、松葉に対し怒鳴る。
「五月蠅ェ!!今の手前に何が出来る!?
どうせ何も出来無ェんだろうが!
何なら今すぐ殺してやったって良いんだぜ!!」
その言葉に対し、今度は鉄治がこう言った。
「だったら何で今すぐ俺達を殺さねぇんだ?
只のDQNからチンピラを経て、テロリストの大隊指揮官にまで成り上がったお前が、俺達如きを何故直ぐに殺せない?」
すると一太はこう返す。
「はァ!?
馬鹿手前は!!
俺は寛大で優しいからよ、馬鹿な手前等に対して容赦してやってんだぜ?
今すぐ俺の部下として人禍の機関員になるってんなら、手前等二人の命だけは助けてやる!
だが、もし逆らうようならそいつ等へ発砲命令を下す!
どっちか選べ!」
一太は完全なまでに馬鹿である。
何故なら、玄白の話もロクに聞かないで無駄に大勢で後先考えずに突貫し、挙げ句よく知りもしない敵を勝手に追い詰めた気になって、そのうえその敵の実力や性格も把握していない癖に部下になれと言う。
なんと馬鹿馬鹿しい。
こんな大馬鹿者は近年大変希少になってきているのだろう。
中途半端な馬鹿や中途半端な秀才は居ても、極端にそれらを極めた者というのは、どちらの方向性にしろかなり少ないものである。
少年誌的作品で敵キャラクターが連射系銃器を取り出すのは惨敗フラグと聞いたことがあるが(親友より、根拠不明)、正直それ以上の惨敗フラグではないだろうか。
それどころか、死亡・自滅など、多くの確固たるマイナス系フラグを総立ちにさせているのではなかろうか。
彼には立っているのだ。
時が来れば必ずその通りになる、絶対的なマイナス系フラグが。
鉄治と松葉は暫く黙り込んだ後、しゃがみ込みながらこう答える。
「…少し待ってろ…」
「…今考えるからよ…」
そう言って徐々に溶けていく鉄治と、屈み込む松葉。
しかし一太はそんな二人の行動と、その裏に隠された作戦に気づいていない。
そして幾秒かして、一太は二人に問う。
「どうなんだ?早く答えろ!」
「まぁそう焦るなよ…答えなんざァどうでも良いじゃねぇか…」
とは、姿の見えない鉄治。
「そうだともよ…何たってな、相手がお前ってだけでもう答えは決まってるんだからな…」
とは、しゃがみ込んだままの松葉。
それを聞いた一太は何を血迷ったのか、嬉しそうな表情になってこう言った。
「そうか!そうだよなぁ!
幾ら馬鹿のお前等でも、この状況下で今の俺に逆らおうなんてそんな阿呆臭い事は言わねーよなぁ!」
当然、一太の期待は裏切られる事となる。
しかし当然、一太自身そんな事など予想どころか想定すら全くしていない。
「あぁ…阿呆臭ェ事なんざ一ッ言も言わねぇさァ…。
なぁ、兄貴?」
「おゥよ…俺達は常に自分達の正しいと思った道を行く…。
だからこそだ、納豆」
※一太は昔から「納豆」というあだ名を持っている。
「納豆言うんじゃねぇ!」
「俺達の答えはこうだ…」
「悪く思うなよ…」
そう言って、松葉は立ち上がり右腕を掲げる。
その右腕と右半身は、美しい銀色の金属光沢を放つ何か―液化した鉄治―が、まとわりついていた。
それに最も驚いたのは、当然一太である。
「んなッ……手前…何しやがる気だ!?
それにもう一人は何処にいっt― 「「答える義務も意志も無ェ!!」」
その叫びと同時に、松葉は液化した鉄治のまとわりついた右腕を横に振るうと共に、腕を伸ばしたまま左脚を軸に激しく一回転した。
ズバォァアアアアアン!!
細切れになる兵士達。
肉片が飛び散り、血しぶきが辺り一面に吹き出す。
松葉の右半身へとまとわりついた鉄治が、その身体を瞬時に巨大な鋭い刃へと変化させ、それを利用して松葉が兵士の大群を一気に切り裂いたのである。
一瞬にして部下の9割以上を潰された事に恐れを成し、言葉を失った一太は、一目散に内部へと逃げ帰る。
ゾンビはある程度換えの効くものだが、自分自身の身体はそうでない事ぐらい、この馬鹿も十分判っていたのだ。
―二分後・総隊長室・一太、玄白―
一太が部屋に戻ると、そこには適度にくつろぎながらテレビを見ている玄白が居た。
「おや、お帰り。
もう奴らをブチ殺して来たのかい?
流石だね、総隊t―「くぉぉぉるぁぁぁぁぁヤブ医者ぁぁぁぁぁぁぁ!」
当然それを見た一太の剣幕たるや書き表せないほどに凄まじいもので、幼児は泣き出し小心者は怯え、気の強い女性や猛獣さえもたじろぐほどであった。
「君の身に何があったのかは知らないが、まぁ落ち着こうじゃないか。
どうだい、プリンでも食べないか?」
と、玄白が差し出したのは総隊長室の冷蔵庫に保存されている高級プリン。
「何が落ち着けだ!?落ち着いていられるわきゃねーだろこのウスラバカ!
あとそのプリンは俺のだ!」
怒鳴り散らす一太に対し、至って冷静な玄白はというと。
「おぉ、それはすまなかったね。
まぁ大丈夫だろう。
どうせ僕や磨綾より贅沢な生活をしていたわけだし、それだけ経済的な余裕もあったんだろう?
階級も僕らより上だし、ギャラだってそこらの政治家より多く貰ってる訳だしね」
確かに、人禍における膨大な主戦力の約半分以上をも占めるZS部隊の総隊長を勤める一太は、拠点甲板を見張る磨綾、生体兵器・BC兵器・医務等科学的な分野を担当する玄白の他、武器の調達・管理を行う部署や機械的分野を担当する者など、多くの人禍機関員の何倍も高い報酬を得ており、その報酬で豪遊三昧酒池肉林の生活を営んでいた。
「そりゃまぁな…って、んな事ァどーだって良いんだよ!
それより何だあの二人はよ!
うちの部隊が一気に全滅させられちまったぞ!
どう落とし前つけてくれるつもりだゴルァ!」
「はぁ。
まさか君、あの二人に真っ正面から歩兵隊を仕向けたのかい?」
「いいや!油断してる所を囲んでやった!
そうしたら奴ら、そんなのお構いなしに皆殺しにしやがって…」
「だから言ったんだよ。
奴らは凶悪な接近型殺戮兵器として申し分ないどころか、釣り銭が財布から溢れるほどくる位の性能を持っているってね。
他人の説明・解説は最後まで聞くべきなんだよ」
それを聞いた一太は、
「聞いてねーよそんな話!」
「作者の担任がHRとかで重要な報告をする時よく言うんだよね。
『後で「聞いてませんでした」「知りませんでした」なんて言うんじゃねーぞ』ってさ。
君も先生や親御さんから…いや、何でもない」
「もうガキん時の話はほっとけや!
それよりだな…」
「あぁ。
手塚松葉は『狗』と呼ばれ、また『禽獣』の能力を持つ事から考えても判る通り、鋭い嗅覚を持っている。
だから何れ、総隊長室も奴らに知れ渡るだろうね」
その瞬間、一太の顔色が豹変した。
そして次の瞬間、全く別の3方向から、それぞれ違った音がした。
ドァン!
ドァン!
ドァン!
まず天井からは、乱暴に叩くような音。
シュゥッ―ズボァ!
次に固く閉ざされた鋼鉄製の扉からは、重火器の爆発音らしき音。
ザシュ…ヴァッゴ。ヴァッゴ。ヴァッゴ…
更に後ろの壁の隅からは、何やらノコギリのようなものが出てきて、鈍い音と共に壁を切り抜こうとしている。
「な…何だァ!?」
明らかに怯えている一太に対し、至って冷静な玄白は言う。
「いよいよお出でのようだね、連中が」
「れ、連中!?」
「判らないのか?
シンバラ緊特の連中だよ。
まぁ今回は日異連も絡んで居るんだろうが」
「に、日異連!?
なんで奴らまで!?」
「判らないのかい?
総統の目的には日異連も深く関わっているんだ。
シンバラと手を組んで動き出すことは余裕で予想できるだろう?」
そして次の瞬間。
バゴァ!
天井が勢いよく砕かれ、大穴が空く。
ドゴァン!
扉の向こうで爆発が起き、扉が吹き飛ぶ。
ヴァゴ!
壁は遂に切り開かれ、分厚い壁にトンネルが出来た。
新たに出来た通り道から、総隊長室に異形が入ってきた。
天井からは、禽獣・手塚松葉と金属・田宮鉄治。
扉からは、線分・黒沢健一、猛虎・香取直美、硬度・大喜多大志、四感・妹尾姉妹。
壁の穴からは、変化・楠木雅子、音波・香山恋歌、村瀬薫、エヴァ・ブラウン。
今回出動した異形達が、その場に集結したのであった。
震えが止まらない一太と、少し笑っている玄白。
とりあえず次回から暫くは、甲板で上空チームが戦っている最中、海上チームと海中チームがどんな戦いを繰り広げていたかについて話そうと思う。
何でこうも長くなってしまうのか…