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第十号 大小


自分は偉大だとかそういう事言って胸貼ってる奴は大抵三流どころか五流の小物。

しなかった。


見れば、ホロビは艶やかなポージングで船内に立ち、不適な笑みを浮かべていた。

見れば、潰された筈の一太は、喚き散らしながらのたうち回っていた。



そう、全ては嘘だったのである。

無論作者が読者諸君に嘘を付いたのではなく、ホロビが一太に嘘を付いたのである。

否、嘘を付いたと言うよりは騙した(・・・)という表現の方が適切であろうか。


大抵の読者諸君は気付いて居るであろうが、これはつまり彼女の能力によるものであった。



「幻覚」



そう、ホロビは幻覚の異形であり、天才的な幻術と精神攻撃のスペシャリストなのである。

能力の片鱗として、ホロビの海馬には彼女専用に作られた呪文が刻み込まれていて、とても地球上の生物が発音することの出来ない言語で出来ている。

しかし、彼女が幻術を行使するに当たってこれらの呪文を詠み上げる必要性はない。

自分が決めておいた適当な文章を読み上げれば、それがパスワードの役割を果たして呪文の力を解放し、辺り一面を幻覚で染め上げてしまうからである。

但し幻術によって相手に見せる映像の内容は、常に彼女の記憶の中にあるモノでなくてはならい。

しかも基本的な効果範囲は自分自身と相手の全身のみであり、それ以外の、例えば地面や空まで幻覚で染め上げる為には、周囲の地形に関する明確な「記憶」が必要になってくる。

例えば何年も住み慣れた自宅を無人の怪物屋敷に見せたり、行きつけのラーメン屋が全焼しているように見せる事は出来ても、初めて来た他人の自宅全体を恐怖的空間に見せることは不可能なのである。

だがしかし、彼女には松葉の「身に纏う能力」と似た、異形としての能力とはまた違った潜在的な「才能」が有った。

その才能とは「記憶に入り込む能力」であり、相手の表層意識の中に自身の精神を侵入させ、相手の「記憶」を読みとったり、地形や人物に関する記憶を丸ごと奪い取ったりもするのである。


この能力が故に、彼女の脳内は数多くの知識や記憶が渦巻いていて、その中にはあまり必要性の感じられない知識なども多くあった。

そういった記憶・知識を彼女はどうしているのかというと、共存を考えていたのだが、人禍機関員の機械工学におけるスペシャリスト達が彼女の為にと作ってくれた装置によって、外部に保存されているのだった。



さて、一太は未だ喚きながらのたうち回っている。

ホロビは無言でにやけながら、指を立てた右腕を振り翳し、





ズグシュ!





一太の腹を貫き、その内蔵を引きずり出して投げ捨てた。



十二指腸が、胃が、肝臓が、大腸が、引きずり出されて床に落ちた。





そこで漸く幻覚から目覚めた一太は、言葉にならない悲鳴を上げた。





「…ぉ……ぉぁ………ぁぁぁ……………アァァァァアアアァァァァァアアァァァ!!」





口からは血と唾液と胃液と鼻水が混じったものが吹き出し、一太の服を血色に染めた。




そして一太は、一分もしない内にその短い生涯を終えた。




「『真理とは皇あっての民に非ず。

『真理とは民あっての皇である』


古藤様の信条よ…まぁ、永遠に地獄(ゲヘナ)から出ることの出来ない貴方に何を言ったって、意味なんて無いんでしょうけど」



ホロビは地に伏した一太の頭を踏み付け、中指の爪で頭を胴体から切り離すと、髪を掴んで何処かへ持って行った。




―数分前・総隊長室―

獣化した松葉が急に戻ってきた。


「エヴァ!居るか!?」

「手塚様!?

一体どう為されました?」

「奴に撃たれた!

俺も奴に操られるかもしれん!

至急浄化を頼む…って、アレ?」


松葉は何か違和感があるようである。


松皇(マツオロ)…さん?」

とは、どことなく清楚な演技の雅子。

「おにーちゃん?」

とは、何時も通りの恋歌。

「兄者…?」

とは、少し古風な演技の鉄治。

「総隊長?」

とは、真面目な表情の大志。

「閣下…?」

とは、いつもの薫。

「陛下、如何為されました?」

とは、古風な演技の健一。

「あら松葉様、どう為さいましたの?」

とは、何故か敬語の直美。

「手塚様…?」

とは、何時ものエヴァ。



松葉は言った。

「いや…背中に違和感がない…。

ってか、弾ァ完全に抜け落ちてるっぽいわ…」


念のため仲間達が松葉の背中を確認したが、弾痕こそ有ったが恋歌に出たような菌類的なものは見当たらなかった。

念の為にと雅子が、松葉の全身至る所を切り開いてもである。



そう、つまり松葉はゾンビーになぞ成るわけがなかった。

弾切れを起こして銃を投げた時、一太は既に屍術の能力を失っていたのだから。



皆一様に安心し、談笑を始める。

版権ネタのくだりにも、誰も突っ込もうとはしない。

しかし、そんな流れをぶった切る声が、総隊長室に木霊した。



「お待ちなさい!貴方達!」


それは妙に甲高い声で性別判定に迷ったが、辛うじて男であることが判るような声であった。


「誰だ!?何処に隠れて居やがる!?」

鉄治は叫んだ。

「隠れている…?何を馬鹿なことを!

私はちゃんと、貴方達の目の前にいますよ!」

しかし、声の主は見当たらない。

「…高度な擬態系の能力を持った異形か何かですか?」

健一は問う。

「今私は能力の類を一切使用していませんし、私にそんな能力はありませんよ!」

だがやはり、声の主は見当たらない。

流石に痺れを切らしたのか、声の主は咳き込んで歌い始めた。


「見〜下〜げて〜ごらん〜♪」


言われた通り足下を見た異形達は、皆一様に驚いた。


「「「「「「「!!??」」」」」」」



そう、そこには地面に仁王立ちして上半身にタキシードを着た間抜け面の縞栗鼠が立っていたのだ。

縞栗鼠は言った。


「初めまして、僕はマイケル。シマリスの疑似霊長です。

人禍のエリート機関員として古藤教授に頼まれて、色々な任務をこなしています。

どうぞよろしく!」


挨拶をビシッと決めたつもりのマイケルは、自信満々な表情で胸を張った。

しかし、異形達はというと、



「…喰う気も起きねぇぞ…」

「…蛙の餌にすらなんね…」

「…切り身にされたいか…」

「…叩き潰してやろうか…」

「…絞殺か輪切りか選べ…」

「…千歳、撃とうか?……」

「…千晴、撃とうよ?……」

「…とっても可愛くない…」

「…酒の肴にも成んない…」

「…新手のサタンですか…」


当然誹謗中傷の嵐。

そして止めに恋歌の一言。



「…………………うざい…」


マイケルは相当ショックだったようで、へなりと床に伏した。

「そんな…偉大な小沢さんの舎弟であるエリートの僕が…こんな仕打ちを…」



(あぁ、だからか)


一同は確信した。

そりゃそうである。

自分をエリートと思いこんでいるならまだ頭が可哀想で済まされよう。

しかし小沢一太の舎弟で、一太を偉大だと本気で思っているのなら、もう生物として駄目過ぎる。

と、ここで健一と松葉が話題を振った。


「ところで貴方、疑似霊長と言うことは…アトゥイの仲間か何かですか?」

「…ホロビの事も知ってンだろうな?」

マイケルは得意げに答えた。

「あぁ…アトゥイ…。

奴は只の筋肉馬鹿ですよ。

生きる意味が身体しか無いから何時も古藤様からは邪魔者扱いされていて、仕方ないから僕が子分にしてやっているんですよ」


全く持って嘘であろうが、健一は一応納得したように見せておいた。


「それと…ホロビですか…。

奴は只の変態ですよ。

常に性欲の塊で、いつも誰かを犯そうと狙って居るビッチなんですが、外見だけは良いので僕の肉便器にしてやっていますよ」


まず絶対に嘘であろうが、松葉は迫真の演技で納得したように見せておいた。



「フフフ…驚くのはまだ早いですよワイルドなお兄さん!

僕はなんと、あのコガラシ総統から人禍総統の正統後継者として、ただ一人選ばれたのですよ!」


こんどは一同が大げさな演技で驚いたように見せた。

ますます胸を張って得意げになるマイケル。

と、此処でまた総隊長室に声が響いた。

こんどは何やら知的で悪辣そうな中年男の声である。


「だァれが次期人禍総統だってェ!?」


「そ、その声はッ!!」

急に丸まって震えだしたマイケル。


「アトゥイが子分?

側通るだけで土下座してる奴のか?

ホロビが肉便器?

雄としての魅力皆無な奴のか?


巫山戯ンのも大概にしやがれ!

あとお前、そいつらに騙されてるって自覚ねぇだろ!?

だから縞栗鼠の面汚しなんだよテメェは!」


怒鳴りながら現れたのは、何と全長3.5mに達するほど巨大な見のヤモリであった。

しかもそのヤモリは大きさどころか容姿まで普通ではなかった。

その脚は八本で、背中には紅い手のような文様が走り、頭の二つ以外に11個で計13個もの目玉を持っていたのである。


雅子はヤモリに問う。

「アンタ…何者…?」


するとヤモリは答えた。

「おぉ、綺麗なお嬢さん。

私は名乗るほどの者ではないよ。そんな事は烏滸がましいと思っている。

だがまぁ、まぁ私が人禍ではっきり自分より格下であると言い切れる奴の内の一人が名乗ったのだ。

名乗るとしよう。


私はヤールー。ヨツメヒルヤモリの疑似霊長だが、この通り人間寄りなのは知能だけだ。

名前の意味は沖縄弁(ウチナーグチ)でヤモリを意味する。

まぁ、そのまんまだが嬉しいと思ってる。


それはそうと…」


ヤールーはマイケルを睨み付ける。

丸まって震え上がるマイケルを、ヤールーは怒鳴りつける。

「この糞鼠擬きが!何処で油を売っていた!

無能なお前にせめて立場をやってはやれぬかと、私が総統へ直々に掛け合ってお前にくれてやった農場の見張り業務!

それも衣食住確保で日給2000円!あれほど楽な仕事だというのにこの給料とは、人間ではまず有り得ん!

自分がどれ程楽な生活を送っているか判っているのか!?

それを堂々怠けては自分はエリートだ何だと語りおってからに!

大体、元はといえばカリフォルニアの貨物船で最上級のクルミを食い尽くし、その事がばれて船員に追い回されている所を偶然出会ったZS部隊の潜入兵にひっついて人禍本部に紛れ込んだんだろうが!


要するにお前は盗人の上に不法侵入者なのだ!


それでお前の持っていた潜在的才能『同族以外全ての脳に自分の言葉を直接伝える』という、役立つんだか役立たないんだかよく判らない微妙すぎる能力で古藤様に異形にしてもらい、挙げ句マイケルなんて贅沢な名前まで貰った!


そしてお前は自分を間接的に逃がしたのがあの役立たずの小沢一太だと知り、奴なんかに忠誠を誓い、奴如きの舎弟になった!

異形としてのお前の能力も巫山戯たものだよな!

『服従』!

ただ他者に従い、波風立てずにうまくやりすごせる確率が僅かに増えるだけ!

それも齧歯類限定と来ている!

これが全ての種に対応し、確実にうまくやりすごす事ができるなら、お前の利用価値は今とは真逆だったろう!

だがおまえはそうならなかった!

理由?

そんなもの知るわけがない!

古藤様はちゃんと万能的な『服従』の異形に仕立て上げるつもりだった!

それなのにお前は、そうなってしまった!

異形の能力とは、その者の性格や個性、素質や才能、趣味趣向によって、持ち主に最も相応しく、また持ち主が十分満足するようなものが与えられる!

そして古藤様はお前の要素を遺伝子から探り出し、能力を付加しようとお考えに成られた。

だが現実は思わぬ方向に向き、お前のその性格が、能力の性質を強制的に歪め、お前同様全く使えぬものにしてしまった!


だが私とて同じ、疑似霊長として情けの一つや二つはある。

だからこそ、お前に色々な職を与えては、養ってやろうとした。

だが!

だがだ!

お前は私や他の者どもの気遣いをフイにして、仕事をさぼり続けた!

自分が楽に生きるために、さぼり続けたのだ!


良いか糞鼠擬き?

命有る者は、基本的に皆全て平等だ。

だがしかし、それが絶対なのは成長の遅い健康な人間の場合でも生後2年半までの事!

それ以降我々生物は誰もが、複数で暮らす場合余程の理由が無い限り何かしらの『役割』を持つべきなのだ!

否、持たねばならない!

力が無いなら鍛えればいい。

知識がないなら学べばいい。

それでも駄目なら、自分の出来る限りの事をすればいいのだ。

何だって良い。

自主的に、善意で行うことが大事だ。

そして何より重要なのは、仕事を得たことで自分がその集団の中で必要な存在だという事を自覚することだ。

だがお前はそれすらしようとしなかった!

何時も不要同然の連中とつるんでは勝手に行動しおって!

お前等の馬鹿騒ぎは基本外部で行われるからこちらにとって無害だったが、同時に無益でもあったぞ!

お前達はまさしく、人禍を食い潰すガン細胞だ!

小沢は死んだ!

ホロビによって殺された!

故にお前は、ホロビの兄弟である私によって殺される!

小沢の舎弟であるが為に!

そしてお前と同等の役立たず共…

お前と同じ疑似霊長の面汚しのデイヴィッドも、ロリコンで露出狂のゴードンも、無駄に若ぶるばかりの高橋も!

皆世のゴミとなっていた貴様等を総統が人禍に入れた理由は、命有れば救い有り。この世が捨てる神ならば、私は拾う神となろうとの慈悲であった!

だがしかし、貴様等は調子に乗りすぎた!

貴様等は既に戻れぬ道へと踏み込んだ!

貴様等はもう再点火など叶わない!


もう遅い!

もう遅いのだ!


貴様等は小沢のように、我ら疑似霊長によって殺される!

そしてホコリのように死んだ貴様等は、地獄(ゲヘナ)の底で一生泣いて歯軋りしながら己の過ちを後悔するのだ!


お前を喰うなど、下手物食いの私ですらご免だ!

きっと悪食の蛆にすら喰われないだろうよ!



ンベェアッ!!」


ヤールーは蛙のような長い舌を伸ばし、松葉が壊した天井の瓦礫を絡め取り、それを鉄球のように振り下ろしてマイケルを叩き潰した。


ドグシャアッ!!



「…これで終わりだ…。


さて、話を戻そうか。

偉大なるシンバラ社緊急特務科及び日本異形連盟東京チーム諸君。


何れこの部屋にホロビが来る。

そこで君らの方からも二人、この場で我々と殺し合う者を選出し、ここに残して欲しいのだ。

残りの面々はだな、基本自由にしてくれ。


現在実行中の巨像蘇生プログラムを止めにかかるなり、

コガラシ総統を殺しに行くなり、

古藤様を殺しに行くなり、

この艦そのものを破壊しにかかるなり、

好きにしてくれて構わない。


但し、我々とは二対二で戦ってくれ。


判ってくれたかね?」


ヤールーの問に、松葉はチームを代表して答えた。


「おうよ、良いぜ。


それじゃ、此処に残りたい奴挙手」



手を挙げたのは、鉄治と直美。

松葉は真剣な表情の二人を見て、言った。



「二人共…やってくれるな?」



黙って頷く二人。




「ィ良しお前等ァ!

此処は俺達のメタルマンとタイガーレディに任せて別行動だ!」


「「「「「「「「了解!」」」」」」」



何手かに分かれて行動を開始した一同。


部屋に残ったのは、鉄治と直美とヤールーのみ。


と、上から何かが飛び降りてきた。



シュタッ!



白銀と紺の毛。

しなやかな体つき。

鋭い目つき。


ノースヘッドハンターの疑似霊長・ホロビである。


「ご免ご免。

ご飯で遅くなっちゃった」

「いや。遅くなど無いさ。

寧ろ早いくらいだ」

「そう…なら良いわ。

で、奴らが今回の相手?」

「そうだな。

どちらも凄腕の近接系異形だそうだ」

「能力が近接系?

じゃあ、肉体が接近戦特化でも能力はファンタジーの魔法みたいな感じの私らとは対照的ね」

「そうだな。

お前の『幻覚』と俺の『眼力』

どちらも呪術のような能力だ」


そしてヤールーは直美と鉄治に視線を向ける。



「…さて、お二人共。




そろそろ初めて宜しいか?」








真剣な表情の二人は、ゆっくりと頷いた。

謙遜な態度の奴は大抵一流以上の大物。

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