第60話 気配感知の鍛錬
休養日明けのこの日、朝からダンジョンに移動した5人は15層に飛んだ。
「このフロアは時間の概念があるぞ」
階段から15層を見たレインが言った。
「この前最後に見た時は陽は真上にあったんだ。ただ今はほらっ、真上じゃない。これが朝なのか夕方なのか」
「暗くなるのはきついぞ」
エマーソンの言葉に皆頷く。慣れない砂漠。しかも寒暖差がある中でいきなり砂漠の中で野営するのはきつい。と言って明かりが無い中を進むのもリスクが高い。
暫く見ていた5人。日が昇っていくのを見てホッとする。
「ひょっとしたらだけど地上の時間帯と同じかもしれない」
「だといいな。とにかく行こうぜ」
レインの言葉に続けてスコッチが言い、攻略を開始した。基本は14層と同じだがちらほらとランクSのスコーピオンが現れだした。そしてサンドワームも4体と固まっている数が増えている。ただこちらのランクはまだAだ。
スコッチがしっかりとタゲをとっている間にエマーソンの片手剣とニーナの矢、それにミスティの魔法で倒していくが蠍の魔獣は時折尻尾を大きく反らせてその先についている毒の針で刺そうとしてくる。エマーソンはその尻尾の動きに注意を払いながらスコーピオンの体に傷をつけていく。
「来るぞ!」
そう言うとすぐに後ろに飛び下がるスコッチ。スコーピオンが反らせた尻尾の先にある毒の針をヘイトを取っているスコッチに向けるがエマーソンの叫び声で既に身を引いていたスコッチはそれをうまく回避しては再び魔獣のヘイトを稼いでくれる。その間にニーナの矢が連続して蠍の胴体に突き刺さってスコーピオンは光の粒になって消えていった。
「ランクSだから体力があるな。討伐に時間がかかる」
「ああ。でもこれは良い鍛錬になるぞ」
魔獣を倒して再び砂漠を進みながら前衛の2人が話をしているのを聞いていたレイン。
「スコッチの身のこなしも随分よくなってきている。慣れてきたかな」
「エマーソンが声出してくれるからな。正面から対峙すると目の前にある爪の動きを見るのに集中しないといけないからあいつの尻尾の動きまで見えないんだよ。助かってる」
チームワークの良さがこのパーティの身上だ。ニーナもミスティも今は何も言わないがそれは常日頃からお互いを信頼している証でもある。いちいち言葉にする必要はない。
「左前方の地中に何かいる!」
歩いていたミスティが声を上げるとすぐに戦闘準備にはいる5人。スコッチが先頭で近づくと地中から4体のサンドワームが姿を現した。すぐに一番手前のワームに挑発スキルを発動。4体全てがスコッチに向いたところでニーナとミスティの矢と魔法が1体に命中して倒すと順にワームを倒していく。サンドワームの魔法をなんとか受け止めているスコッチ。その背後からはレインが回復魔法で完璧にフォローしていた。エマーソンはサンドワームでは出番はないがその代わりに周囲を警戒して他の魔獣が近づいてこないかどうかをチェックしている。メンバー全員がやるべきことをしっかりとやっていた。
陽は今は真上にあり強い日差しが砂漠に照りつけている。しかし昼食を取ったり休憩する様な適当な場所は見当たらない。360度全てが砂漠の中に蛇行しながら伸びている踏み固めらえた道が見えるだけだ。砂漠は平坦ではなくゆるやかな起伏がある。その起伏の上に向かって踏み固められた道が伸びていた。
5人は戦闘の合間に水分を補給し、干し肉を齧って栄養を補給しながら砂漠の道を進んでいた。レインはスコッチの後を歩きながら干し肉を齧っていた。周囲にも目を配ってはいるが頭の中ではさっきのミスティの気配感知から始まった戦闘を思い出していた。
自分は気がつかなかった。おそらく気がついていたのは彼女だけだ。まだ100%ではないがミスティの気配感知の能力は間違いなく上がっている。自分も頑張らねばと干し肉を飲み込むと周囲を警戒しながらスコッチに続いて歩いていると視界の先に違和感を感じた。
「右前方!」
それだけ言うと他の4人が戦闘の準備にはいる。すぐに地中からSランクのスコーピオンが姿を現した。強化魔法をかけるとしっかりとタゲを取るスコッチ。レインはその背後からしっかりとスコッチをフォローする。エマーソンの剣、それに矢と魔法でスコーピオンが光の粒になって消えるとエマーソンが言った。
「レインも気配感知でわかったのかい?」
「砂漠を見ていると違和感を感じたんだよ。思わず叫んだ」
「そうそう。それよ。私もさっき視線の先に違和感を感じたの」
ミスティの言葉を聞いてこれがそうなんだとレイン。初めて気配感知の一旦に触れた気がした。砂漠を歩き始めると隣にミスティがやってきてサムズアップする。サムズアップを返すとにっこりしたミスティは後方の自分の所定の位置に戻っていった。
陽が地平線に傾いてきた。まだ十分明るいが全員が初めての経験だ。徐々に暗くなるのかそれとも一気に暗闇になるのか誰も知らない。自然と砂漠の道を歩くペースが上がる。ただ魔獣はこちらの事情に関係なく襲ってくる。
砂漠を徘徊していたランクAのスコーピオンを倒して砂漠の中のちょっとした起伏を越えたとき、先頭を歩いていたスコッチが声を上げた。
「オアシスだ」
後から起伏を登ってきたニーナとミスティの目の前にオアシスが見えた。1kmも無いだろう。遮蔽物がないからよく見える。池がありその周囲には椰子の木が何本も生えているのが見えていた。
「慌てずに周囲を警戒しながら行こう」
エマーソンが気を引き締める。オアシスが見えて気が緩んだところに地中から魔獣が出てこないとも限らない。5人ははやる気持ちを抑えながら今まで通りに周囲を警戒して進み、オアシスが見えてから30分ほど経って無事にオアシスにたどり着いた。
陽は大きく傾いているが木の影に入ると心なしか涼しい気がする。池の水も透明で澄んでいて飲み水としても使えそうだ。
「ここは安全地帯かな?」
腰を下ろしたエマーソンが言った。池にも魔獣がいないことを確認した5人は池の辺りに生えている多数の椰子の木の根元に思い思いに腰を下ろした。流石に丸1日戦闘を繰り返しながら砂漠を歩いてきたので皆疲労の色が濃い。
「砂漠の中にあるオアシスは安全地帯になっている。これは確認済みだ。このフロアは1日で攻略することを前提にしていないのだろう。おそらくここで野営をして2日かけてフロアを攻略する設定になっているな」
レインの説明を聞いた4人。今夜はここで夜を過ごすことになる。安全地帯なので見張りが必要ないというレインの説明を聞いた時は全員が安堵のため息を吐いた。
「それにしても本当にダンジョンって不思議ばかりだよね」
各自が自分のテントを貼ってる時に隣でテントを張っていたニーナがミスティに言った。
「本当よね。一体どうなっているのやら」
「ダンジョンは謎だらけだよ。でもそれがあるから俺たちは強くなれる。ニーナ、手伝うよ」
レインが近づいてくるとそう言った。
「ありがとう。助かる」
こうやって皆が助け合っていく中で良いチームワークが生まれる。ニーナのテント張りを手伝っているレインを見てミスティはつくづくこのメンバーでよかったと思っていた。
「この下の階層も1日ではクリアできないと思った方が良いな。食事をしたら皆しっかりと休んで疲れを取ろう」
ニーナのテントを張り終えたレインの声が聞こえてきた。




