第26話 たとえ大賢者の言葉であっても
翌日5人は水のダンジョンの20層に飛んだ。目の前には19層と同じく池や川が流れていてその間に土の道が伸びている。いくつか石の橋があるのも見える。そしてその地上部分にいる魔獣は2体、3体と固まっていた。彼らのランクはAだ。
「2人は余裕で並んで歩ける道だな。スコッチが先頭、その後ろに俺とレイン、その後ろにニーナとミスティでいこうか」
フォーメーションを説明している間にレインとミスティが強化魔法を掛ける。全員にかけ終わるとスコッチが前に進み出した。こちらを認識したAランクが2体襲いかかってきたが前衛3人であっさりと倒している間にミスティは左右の池を警戒していた。
「右の池から来る」
ミスティの声を聞いたスコッチがすぐに体をそちらに向け、池から飛び出してきた半魚人、サハギンと言うらしいが、そいつに挑発スキルを発動してタゲを取る。と同時にミスティが雷の精霊魔法を撃つとサハギンの頭が吹っ飛んだ。
「大した威力だな、ミスティ」
サハギンを倒した後、周囲を警戒しながら進んでいくスコッチの後を歩いているエマーソンが言った。
「水と雷は相性がいいからね。地上の敵よりもダメージがアップするの」
魔法には適正があるというのは魔法使いなら知っている事実だ。
土ー風ー氷ー火ー水ー雷ー土
という属性があり土は風に弱いが雷に強い。火は氷には強いが水には弱いという関係性がある。今回は水のダンジョンということで水系の魔獣が多くなりそれに対抗するために雷の魔法を使用するミスティ。この属性の魔法を撃つと通常よりも1.2倍から1.5倍のダメアップになると言われており、さらに魔法がレジストされることも減るというのが証明されていた。
エマーソンもその理論は知ってはいるがそれでもミスティの魔法の威力はまた一段とアップしたなと感じている。ミスティは相性がいい魔法を撃ったからだと言っているがそれだけじゃなく魔法そのものの威力がまた増してきているなと感じていた。
20層を進んでいると前方の橋の上に1体だけいる魔獣が今までとは違う雰囲気で立っているのに気が付くメンバー。
「ランクSだな。ここからランクSが出てくるのか」
レインが前方に立っている魔獣を見て言った。
「橋の手前の右側に窪んだ場所があるでしょ。スコッチあそこまで魔獣を引っ張って。そうしたら川の中からの魔獣を気にせずに戦えるから」
「わかった」
背後から飛んできたミスティの指示で一斉にメンバーが動きだす。少しずつだが戦闘時の指示をミスティが出してそれに合わせて他の4人が動き出すという流れが出来つつあった。強化魔法がかかると戦闘開始だ。スコッチが挑発して右に動くとその動きに合わせて橋の上にいたランクSの魔獣が橋を渡ってこちら側にやってきた。
その時にはすでに5人の位置どりが終わっておりスコッチとエマーソンの剣による攻撃が始まり、同じタイミングで敵対心マイナスの妖精の弓を持っているニーナが矢を射る。ミスティも精霊魔法で攻撃し苦労せずにランクSを倒した5人。
ちょうど窪地で周囲から隠れる様になっている場所だったのでそこで小休止を取る。全員が地面に腰を落としてしっかりと休憩し水分を補給すると再びフロアの攻略を開始した。その後も水の中はランクAだが地上ではランクSとランクAが混在している中を敵を倒しながら進んでいった5人は21層に降りる階段を見つけ、石盤に記録するとそこから地上に戻る。
ダンジョンを出ると夕刻前だった。エイラートに戻る道を歩いている5人。レインが歩きながら空を見て言った。
「そろそろ初雪の季節だな」
その言葉に全員が曇天の空を見上げる。ニーナ以外は皆このエイラート出身だ。秋空を見ただけである程度天候の予測はつく。
「移動は寒くなるけどダンジョンの中はそれほどでもないから助かるわ」
エルフの森出身のニーナが言った。彼女は寒さが苦手だ。年中春の気候のエルフの森と違ってここは四季のメリハリがはっきりとしており冬が長い地域だ。ニーナはエイラートに来て生まれて初めて雪を見たと言っていた。
「そう言えばここ3年程ニーナは冬の間はエイラートにいなかったから久しぶりのこの街での冬越しになるわね」
「そうなのよ。でも以前買った防寒具が部屋にあるからなんとかなると思うけどね」
ミスティとニーナはそんな話をしながらエイラートの街に戻ってきた。ギルドで精算を済ませた彼らはいつも通りに酒場のテーブルに腰掛ける。彼らが報告を済ませたタイミングで続々とギルドに冒険者達が帰ってきた。
そんな彼らを挨拶を交わすエマーソン以下メンバー。一通り挨拶が終わると全員がテーブルに向き直った。
「明日は21層の攻略でいいかな」
エマーソンの言葉に頷いたミスティがその後で言った。
「雪が降るまでは今まで通りの1日がフィールド、2日がダンジョン。これでいいと思うの。ただ雪が積もって郊外での活動ができなくなった時にどうするか。と言うのは3日連続でダンジョンに入るとダレることもあるって父親が言っているの。ダレると事故が起こりやすいから皆で相談したらいいって」
そうなのかとエマーソンがミスティを見ると彼女の隣に座っていたレインがその通りだと言う。
「別に3勤1休が悪いとは言ってないんだ。ただたとえば2日をダンジョンにして1日は個人鍛錬にするとか活動にメリハリをつけた方が良いんじゃないかと言ってる」
「なるほど。薄暗いダンジョンに3日連続で入ると知らず知らずのうちに緊張が緩むことがあるってことか。十分にあり得る話だぞ、エマーソン」
「ああ。事故が起こってからじゃ遅いしな。じゃあ3勤1休は続けるとしてどうしたらいい?」
そう言って皆の顔を見るエマーソン。スコッチはダンジョンに2日入って3日目を自己鍛錬の日にするのはどうだと言い、ニーナもそれに賛成する。そんな中ミスティが言った。
「まず3日連続でダンジョンに入ってみようよ。私の父親はそう言ってるけどさ、自分たちで実感した方が良いと思うの。そしてその疲れ具合とか精神面とかを見て変更するのならしたらどうかしら?」
ミスティの言葉を聞いた他のメンバーがびっくりして彼女を見る。父親のSランクの賢者の言葉は冒険者にとっては天の声だ。それを聞いてきた彼女自らがその発言を否定する様な提案をしている。
「お父さんの言ったことは間違ってないと思うの。でも間違ってないのを自分の体で確認したいのよ。どれくらい気持ちがダレるのか、どれくらい疲れるのか。自分で実際にやってみないと分からないでしょ?」
「なるほど」
とエマーソン。黙っていたレインがいった。
「言われてみればミスティの言う通りだな。両親は経験から言っている。でも俺たちにはその経験が足りない。実際どうなの分からない中で元Sランクの言葉だからって頭から信用してたんじゃいつまで経っても両親、いやSランクを追い抜けないな」
レインはミスティの柔軟な発想に驚いていた。いやレインだけじゃなく他のエマーソン、スコッチ、そしてニーナもだ。普通なら元Sランクの人が言ったら無条件でその発言の内容を受け入れる。もちろんミスティもそうなのだが受け入れる前に自分たちで体感してみたいという。普通はその発想は出てこない。
Sランクとはそれほどまでに偉大なものなのだから。
こいつは間違いなく凄い冒険者になる。彼女の話を聞いたエマーソンもそう感じていた。元Sランクの両親であろうが何であろうが自分が納得するまで安易な妥協はしない。一方で周りが良いと思ったことは素直に受け入れる柔軟さもある。ミスティが仲間でよかったと思っているエマーソン。
ガシガシと手のひらで頭を撫でられてふにゃふにゃになるミスティ。撫でているのはもちろん父親のグレイだ。
「ミスティ、偉いぞ。その通りだ。お父さんとお母さんは自分たちの経験からアドバイスをした。それをそのまま受け入れずにまずはその感覚を自分で確かめたいというその発想は素晴らしいぞ」
そう言って頭をまだ撫でているグレイの横ではリズがグレイと同じ様にニコニコとしている。
「正直僕はその発想は無かったんだよ。ミスティが隣で言っているのを聞いてなるほどと思ったんだ」
レインがそう言うとグレイは今度はレインの頭を撫で回しながら言った。
「レインもすごいぞ。自分が分からなかった所を認める事ができるってのは凄く大事な事だ。その気持ちがあれば驕らず謙虚になることができる。レインの人間性も素晴らしいぞ」
頭を撫でながらそう言われたレインも表情が緩んでくる。
「2人とも立派な冒険者よ。そして2人の話をきちんと受け止めてくれる他のメンバーも又素晴らしい冒険者。皆でそうやって話し合って納得しあって事を進めていくパーティというのは事故に遭う確率も低いし、何より伸びるパーティなの」
母親のリズの言葉に頷く2人。




