第56話 ネタニアの街にて その1
エマーソンらは準備を整え2日後にエイラートを出てティベリアを目指すことになった。最初は護衛クエストを受けて途中か上手くいけばティベリアまで護衛してポイントを稼ごうかという話も出たが、それについてはミスティとレインが反対した。
2人とも異口同音に護衛をしてただ歩くんじゃなくて途中で森に入って戦闘をしたりして行った方がずっとパーティの実力が上がるという。
「護衛クエストは制限が多すぎる。それに俺たちはまだ人を護衛する程の身分じゃないと思う。急いでティベリアに出向くよりもその途中で鍛錬できる機会あるならばそれを利用すべきだ」
というレインの言葉に皆が納得し5人だけでエイラートからティベリアを目指す事にする。レインとミスティはランクがBに昇格した際に防具と杖を更新していたが他の3人も貯めていたお金の範囲内で装備や武器をグレードアップした。スコッチは新しい盾を手に入れエマーソンは新しい片手剣、そしてニーナは遠隔攻撃の威力がアップする防具を購入していた。それと同時に2つ目の魔法袋を購入し長旅に備える準備ができた。
出発の前日のグレイ家での夕食はいつもの通りだった。明日から数ヶ月いなくなる。何か言われるかと思っていたレインとミスティはグレイもリズも余りにいつも通りの態度なので逆に驚いてしまう。とうとう我慢できなくなったミスティが父親のグレイの顔を見て言った。
「明日からティベリアに行ってくるけど」
「ああ。気をつけてな。しっかり鍛錬するんだぞ」
「えっと、お父さんそれだけ?」
「ん?他に何かあるのか?」
食事をしていたグレイはミスティに聞かれて手に持っていたフォークをテーブルの上に置くとミスティとレインを交互に見た。
「お前達は今やBランクの冒険者だ。冒険者でBランクと言ったら世間では一人前の冒険者という目で見る。お父さんもお母さんも同じだ。自分で考え、自分で行動することができる様になっている。そうだろ?」
そう言われて頷く2人。隣で食事をしているリズはいつもの温和な表情でグレイと子供達のやりとりを聞いている。
「装備の事やダンジョンの攻略についてならお父さんやお母さんも経験からアドバイスできる。ギルドの酒場で先輩に教えて貰うのと同じだな。ただそれ以外のパーティとしての行動についてはもう自分たちで考えてやるんだ。ミスティとレイン達ならそれができる。きちんと目標を持って活動をしているのは知っているからな。大丈夫だと思っているよ」
そう言ってミスティの頭を撫で回すグレイ。
「お父さんの言った通りよ。自分たちでティベリアに修行に行くと決めて自分たちで予定を組んで準備をした。もう十分に一人前の冒険者よ。もちろん冒険者の先輩としてあなた達が困ったり相談してきた時にはちゃんと答えてあげる。でも普段の冒険者としての活動まで私たちは口出ししない。一言言うのならミスティ、そしてレインも立派な冒険者になりつつある。今のままで鍛錬を続ければ間違いなく強くなるわよ」
グレイに続いてリズが言った。両親は自分たちの事を見ていない様でしっかりと見ている。そして今のままで良いと言ってくれている。2人にとってはそれを聞けただけで十分だった。
翌朝ギルドに集まった5人はギルマスに挨拶をした。
「春には戻ってくるんだろう?」
「そのつもり、向こうで数ヶ月鍛錬してくるよ」
リーダーのエマーソンが答える。その言葉に頷いたギルマスのクロスビー。気をつけてなという彼の声を背にして5人はエイラートの街を出てまずは街道の分岐点にあるネタニアの街を目指して歩き始めた。
季節は晩秋であと数週間、いや下手をすれば数日で今年の初雪が降りそうなエイラートを出て綺麗に整備されている街道を南に向かっていく。夏場は人の往来が多くにぎやかな街道もこの時期になると歩いているのは冒険者と商売を終えてエイラートから戻る商人の馬車くらいだ。
5人はのんびりと周囲を見ながら街道を進んでいた。ニーナ以外の4人はほとんどエイラートとその周辺しか知らない。レインとミスティはまだ小さい頃に何度かグレイの移動魔法で王都や他の街に行ったことはあるがこうやって自分の足で歩いて移動するのは初めてだ。
「ニーナはこの道を歩いてきたんだよな」
時折左右に顔を向けて周辺を警戒しながら歩いているエマーソンが言った。エマーソンとスコッチが前を歩きその後ろにニーナ。そしてその背後にレインとミスティという並びで街道を歩いている5人。
「そう。ティベリアからネタニア経由できたの。と言っても本当に歩いたのはネタニアからエイラートまでなのよ。ティベリアからネタニアの道は途中の山の中の街道で魔獣が出ることがあるから馬車で移動しなさいってティベリアのギルマスに言われてね」
レインが調べた事前の情報でもエイラートとネタニアの間は比較的安全でニーナのサーチを使う必要がないだろうということでニーナもスキルは発動させていない。
日が暮れてきた道の両側にに広がる草原で野営の準備をする。初めての野営だ。レインの指示で2つのテントはできるだけ近づけて建てた後レインが中心に立って結界魔法を唱えた。直径5メートルほどの結界が2つのテントを包み込む。
「せいぜいCランクの魔獣を弾く程度だけど無いよりはマシだろう?」
結界を張り終えたレイン。
「いやいや十分見事な結界だ」
できた結界を見てスコッチが感心した声を出す。隣でエマーソンも大きく頷いていた。
見張りはエマーソンとスコッチが1組で残り3人でもう1組として先にエマーソンらが見張りをする。テントは女性用と男性用だ。
結界の中で夕食になった。魔法袋から取り出した腐っていない干し肉や日持ちする果実、そして水という簡単なものだ。皆野営は初めてだが誰も文句は言わない。冒険者なら当たり前の食事だからだ。
食事が終わると3人はテントに入ると各自持ってきた寝袋をかぶって冷えない様にして
すぐに眠りに入る。途中で交代し野営初日は無事に終わった。
野営を5回繰り返した翌日の夕刻、ネタニアの街の城壁が目に入ってきた。
「とりあえず今日はゆっくりと眠れそうだね」
「そう言うけどニーナ、毎日爆睡してたじゃん」
「ミスティだって同じだよ?」
そんな話をしながらネタニアの街に入るとまずはお勧めの宿を教えてもらおうとギルドに顔を出した。
夕刻のギルドはこの日の活動を終えた冒険者達で賑わっていたがその中に街所属でない5人が入ってくるとその場にいた冒険者達の視線が彼らに注がれる。
エマーソンが受付に言って聞いてくるというので他の4人はギルドの酒場の空いているテーブルに座って待っていると彼らのテーブルに冒険者が近づいてきた。背中に大剣を背負っている戦士だ。がっしりとした体型で高ランクの冒険者に見える。テーブルに近づくと体に似合わない人懐っこい声で話かけてきた。
「やぁ。俺はここネタニア所属のスマート。ランクAの戦士なんだよ。そっちはどこからこの街にやってきたんだい?」
「エイラートから。さっき着いたんだよ。ここで1泊してティベリアに向かうつもりなんだ」
エマーソンがいないのでスコッチが代わりに答える。
「なるほど。エイラートはこれから冬になるからな。ティベリアで鍛錬か。うん、悪くないんじゃないの?」
Aランクの冒険者にそう言われて全員の表情が緩んだ。受付からエマーソンが戻ってくるとエマーソンがもう一度度の目的を話した。その後でスマートと同じパーティメンバーも集まってきてテーブルを2つくっつけて10人で話をする。
ネタニアの冒険者は夏の間にエイラートに修行に出向いていくのが多いらしい。
「俺たちは今年は夏の間に長い護衛クエストがあったんで行けなかったんだけどそれまでは毎年エイラートに行ってたんだよ」
エイラートでは地方からやってきた冒険者も皆普通に受け入れてくれるので行きやすいんだよなと言ったあとで
「今のギルマスの前のグレイ、彼になってからそうなったんだよ。彼は冒険者を決して所属地で差別しない上に夏場にやってくる冒険者の名前を全員覚えていた。地元エイラートの連中には常日頃から他所からやってきた奴らに意味もなく絡むな、逆に教えてやれって言っていたらしい。荒くれ者の集まりのエイラートの冒険者もグレイが言うと皆素直に言う事を聞いていた。そうしている内にエイラートでは他所から来る冒険者に絡む奴がいなくなったんだよ」
スマートの話を聞いていたメンバー。特にレインとミスティは自分の父親の名前が出てきたので身を乗り出す様にして聞いていた。スマートによるとエイラートの影響を受けてここネタニアやティベリアでも同じ様に他所からやってくる冒険者に意味もなく絡んでいく奴がいなくなったと言う。




