第10話 ギルド解体場
この日、朝の書類仕事を片付けたグレイはローブを羽織ると自分の部屋を出てギルドの中にある解体場に顔を出した。
「もっと丁寧にやるんだ。雑にするなよ」
「俺がやるからちゃんと見とけよ」
という職人達の声が解体場から聞こえてくる。高齢化が進んでいた解体職人だが元スラム出身者の若者が数名入ってきて彼らの指導をしながら冒険者が持ち込んだ魔獣を解体している職人達。
「違う違う。何度言ったらわかるんだよ。刃をそうやって当てると皮が傷むだろうが。もっと斜めに入れるんだよ。そうだ、そうそう、やればできるじゃねぇかその調子だ」
1人の職人が若い新人にベアの解体を指導していた。解体用のナイフで皮を剥ぎながら
「いいか。ここに持ち込まれる魔獣は全て冒険者が倒してきたものだ。あいつらが命を懸けて倒して持ち込んできた魔獣を粗末に扱う事は俺が許さねぇからな。俺達が倒せない魔獣を倒しているんだってことをしっかりと胆に銘じておくんだ。だから俺達も丁寧に仕事をして奴らの期待に応えてやらなきゃならない」
良いことを言うなとグレイは職人の話を聞いていた。職人の言う通りだ。冒険者は自分の命を懸けて魔獣を倒しそれをギルドに持ち込んで生計を立てている。高く売れれば自分達の取り分が増える。そしてその価値を高める仕事をするのが解体職人だ。
「おっ、グレイ、何か用かい?」
たった今若手を指導していた職人の1人が解体場の入り口に立っているグレイを見つけて声をかけてきた。ここの連中、特に年配の連中は皆グレイが冒険者の時からの顔見知りだ。グレイが今はギルドマスターになっていると言っても職人達は今でもグレイと呼んでいた。そしてグレイもそれでいいと言っている。
「やぁ、ジャン。いや時間ができたから覗きにきただけだよ。最近持ち込まれる魔獣はどんな感じだい?」
グレイは解体場の中に入りながらジャンというベテランの解体職人に聞いた。
「あまり変わってないな。ってことは外にいる魔獣も大きな変化はないってことだろう。持ち込まれる魔獣を見るとわかる。そして同じワイルドベアでも高ランクの奴らが倒したのは外傷が少ない。低ランクの奴らは傷が多い。ひどいのになるとほとんど魔法で焼けてたりしてる。グレイらが持ち込んでた時の、まるで生きてるんじゃないかって思えるほどの綺麗な死体は最近は見ないな」
ベテランになると魔獣の死体を見ただけでそれがどのランクの冒険者が倒したのかが瞬時にわかる様になる。
「まぁ低ランクは倒すのに必死だからな。誰もが通る道だよ。それを何度も経験して倒し方も上手くなっていくもんだ。その辺は大目に見てやってくれよ」
「まぁな。ここに持ち込まれるのはどれもが冒険者が必死で倒して持ち込んだ魔獣だ。どんな状態でも粗末には扱わねぇから安心してくれ」
「頼むよ」
そう言って執務室に戻っていくグレイ。グレイがいなくなると解体場にいた他の年配の職人連中が若手連中を集めた。そして彼らに向かって、
「グレイは時間があるとああやって解体場まで顔をだしてくれる。他の街じゃあギルマスが解体場にやってくるなんてのはまず無いらしい。前のギルマスのリチャードもそうだったがグレイもお前達の名前と顔もしっかりと覚えている。あいつを信用して自分の仕事をするんだ。見てる奴はきちんと見てるからな。逆に言うと手を抜いてるとグレイにどやされるぞ。ほらっ、次の獲物を解体するぞ!」
グレイは自分の部屋に戻ると不在の間に机の上に置かれたレポートに目を通して必要な物にはサインをしていく。
「解体場はどうでした?」
ジュースを持ってきたステファニーが聞いてきた。書類から顔を上げたグレイ。
「職人は当然だけど若手の奴らも頑張ってた。彼らも2、3年もすればいい腕になるだろう」
「それでは当分安心ですね」
「そう言うことだ」
エニスがスラムの住民に市民権を与えて以降、それまで定職のなかった、いや定職につくことができなかったスラム街の若者達がエイラート市内のあちこちに就職していった。ここ冒険者ギルドもスラム出身者を採用し解体技術を教えている。
最初は戸惑っていた彼らだったが口は悪いが面倒見がいい職人達が手取り足取り教えていく内に職場に馴染んでいった。毎日行く職場があり、収入が安定しているということで若者達も積極的に職場に馴染もうとしていた。そんな光景は冒険者ギルド以外でも同じで採用した若者がすぐに辞めていったということはほとんどなかった。
エイラートに住んでいる住民の多くはスラム街の開発は領主であるエニスの旗振りで始まったと思っている。本当はスラムの顔役らからグレイに話がきたのがきっかけだったと知る者は少ない。
グレイはその辺りは全く気にしていなかったし領主のエニスがゴーサインを出して始まったプロジェクトだからエニスの旗振りで間違ってないと思っている。
一方で裏の事情、本当の事情を知っている者達はこのスラムの再開発の件でグレイへの評価を更に上げていたのは事実だ。他のギルドの幹部やエイラート守備隊、そしてエニスに支えている官僚達。彼らは長年の懸案事項だったスラムの再開発の話がグレイに勝てないと判断したスラムの顔役連中から持ち込まれたと知っている。
エイラートの裏の社会を牛耳っている顔役連中。彼らがグレイに頭を下げて再開発を頼んできたという事実はすなわちグレイという人物の大きさ、強さを如実に物語っている。
ただグレイはいつもと同じだった。再開発も最初の顔合わせの手配だけをして後は一切絡んでこようとしない。スローライフをするんだと公言して憚らず、美人のリズと2人で酒場をしてスキル上げをする日々だった。
決して自分を大きく見せようとはせずにいつも自然体だ。当人は気がついていないがその自然体がまたグレイという人物を大きくさせていた。そんな彼がギルドマスターになったのはある意味当然の成り行きだったのかも知れない。




