第九話
[……お父様、私、脂肪を蓄えた男性とは結婚しませんからね]
[どうした、ティア。お前が結婚するのはギルバートだろう]
[これでも鍛えておりますので、脂肪は少ない自信がありますよ]
お父様が天然っぽく首を傾げる。浅い皺は目立つが、流石はエドワードとエレノアの父親らしい美形なので、痛々しい感じにはならない。
ギルバートも、目元を覆っているのでわかりずらいが、少し笑ったのがわかった。腹を擦ってみせると、その薄さは羨ましいほどだ。しかも筋肉はちゃんとついているので、細マッチョといった感じ。
[でもよかったよ、ティア。心配で胸が張り裂けそうだったんだ。記憶をなくしたとは聞いているが、元気ならそれでいい]
[……はい。ありがとうございます、お父様]
我が儘姫を作り上げた張本人。無責任な男性と想像していたが、彼は愛する正妻を失い、そのぶんの愛情を愛娘に注いでいただけだったのだ。
久しぶりに感じた、親の愛情。前世では、両親とも早くに亡くなってしまったから。
今の私は、前世の「彩瀬稔」と今世の「シャルティア・セピア・アルーファ」が混じり合った状態。
シャルティアの記憶がない分、稔の部分が強く出ている気はするが。
二十四歳の稔に比べ、シャルティアはまだ十五歳。親の愛情を実感し、感謝できるようになる年齢では、まだないだろう。
……冷酷だのなんだの言われていたシャルティアが、それをできるかどうかは別として。
[そういえば、ギル様は私のことを「姫様」って呼ぶんですね]
[……?]
私達は、お父様に言われて庭園を歩いていた。私の様子を見に来たのと、ついでの用は済んだということで、ミニデート、みたいな。
日傘を持った侍女が慌ててついて来てくれようとしたのだが、「お日様は健康の元」だからと断った。元保育士として、子供達に教えていたことを自分でやらなくてどうする。
ギルバートは少し驚いていた。やはり貴族の令嬢にとって、日焼けやシミは大敵なのだろう。
[オスク……あ、えっと、私の…友達、みたいな人は、私のこと「ティア様」って呼ぶので]
[……姫様はもう、私が不気味ではないのですか?]
[へ?]
不気味?ギルバートの?どこが?
[あ……強いて言えば、目が覆われてるのにスタスタ歩けるのは、不気味っていうか凄いと思います]
[ほへ……]
私の言葉に、ギルバートは口をポカンと開けて立ち止まってしまった。
[どうしたんですか?]
[……あ、い、いえ。そういえば今の姫様は、私の瞳を見たことがないのでしたね]
[ありますよ?隠すのがもったいないくらい、綺麗な瞳]
再び歩き出したギルバートは、私の言葉に再び止まる。数歩先で、前を向いたまま硬直してしまった。
「今の姫様は」という言葉から、シャルティアがきっと、ギルバートの隠された瞳を不気味に思ったのだろう。
だが私──稔だったころ、その瞳を見たことがある。それは、ヒロインとしてプレイしたギルバートルートだ。
『愛の行方』では、ハッピーエンドは結婚式の場面となっている。そのスチルは、全プレイヤー達をドキドキさせてきた。
そして、そのスチルで初めて───ギルバートの真っ赤な瞳が、明かされる。