第八話
[こちらを進めば陛下の執務室となります]
[あ、ありがとうございます]
ノアが付けてくれた侍従の人が、国王陛下の執務室に続くという長い廊下に案内してくれた。
真っ直ぐ奥に見える突き当たりの部屋。大きくて立派な扉の前には、門番のような人が二人立っていた。
まだ慣れないドレス姿で歩きながら、その部屋に向かう。
ヒールは、履き慣れないものの、歩けない高さではなかった。
[あ、あの、ノア…エレノアに言われて、来たんですが……]
[はい、シャルティア王女殿下。中で陛下がお待ちです]
[どうぞ]
門番さんは、私が来たらすぐに入れていいと言われていたのか、中の人に許可も取らず、ノックだけして扉を開けた。
[し、失礼します]
ちらっと見えた金銀の装飾に気をとられないように、顔を真っ直ぐ前に向ける。
[おお、ティア。身体は元気に目覚めたようでよかったよ]
そう言ったのは、正面の椅子に腰掛けていた壮年の男性。金髪青瞳に、髪色と同じ髭を蓄えた、いかにも「国王様」という感じの人。
[私のことは覚えているかい、ティア]
[い、いいえ……えっと、お父様…?]
[ああ、そうだよ。それから、こちらの青年がギルバート・アス・テイラル。ティアの婚約者だ]
お父様の側に控えていた紺髪の青年が、恭しく私に礼をする。目元を黒い布で覆っているのが特徴的。
───ギルバート・アス・テイラル。
テイラル公爵家次男にして、病死した長男の代わりに次期公爵家当主となった、シャルティア王女の婚約者。
もちろん、攻略対象者だ。
[ギル、とお呼びください。姫様は私のことをそう呼ばれていましたから]
ギルバートがそう言う。
「ギル」という呼び名。これは、シャルティアが悪役になる大きなきっかけ、そのキーワードの一つだ。
元々、王妃と王の一人娘であり、亡き王妃によく似た顔立ちなのもあって、シャルティアは王に甘やかされ、我が儘姫に育った。
欲しいものは全て手に入れ、飽きれば捨てる。そのくせ、独占欲の強いシャルティアは、忠臣の一族であるテイラル家のギルバートを我が物のように扱い、邪険にしてきた。
ギルバートがヒロインに心を許すと、発生するのが「呼び名」問題。
愛称呼びは、親友か婚約者、家族など親しい間柄でないとしてはいけないというのが常識だが、ギルバートはヒロインにそれを許してしまう。
…こう聞くとギルバートが浮気者なようにも聞こえるが、ギルバート当人にも色々と、抱えるものがあるのだ。
そしてそれをシャルティアは許さない。王女の婚約者を誑かした悪女として明言したり、ヒロインの伯爵家にまで手を出す。
ギルバートルートのハッピーエンドでは、ギルバートはシャルティアに婚約破棄を告げ、公爵になってヒロインを娶る。
このルートでの「断罪」は、シャルティアの罪が白日の元に曝され婚約破棄されること。傷物になったシャルティアは、エドワードルートと同じく、脂ぎった物好きな殿方に嫁がされる。