第十六話
[……ああ……うん、なら……いや……]
[…………殿下]
エドワード殿下は悩んでいる。
頭を抱えたり、ソワソワ歩いたりと、それはもう、わかりやすく。
僕はセドリック・ダル・セルリア。王太子殿下の専属執事を勤めている。
セルリア侯爵家の長男である僕は、殿下の即位の際に爵位を継ぎ、共に、現宰相の父から宰相の立場も引き継ぐ。
自分でいうのも何だが、間違いなく『エリート』である。それに、けっこう容姿も良いと思う。
そんなエリートの僕なので、殿下の悩みも相談してほしいのだが……。
[……殿下?おーい、殿下ー]
[それじゃだめだ。……でも、いまのままでは……]
聞こえていませんね、これ。
それに、優秀な殿下にしては珍しく仕事も手付かずです。
[あの、セドリック様……]
[殿下への確認書類ですか?はい、僕が預かります]
僕に書類を渡して去っていく従者達も後を断たない。僕の権限で回せるものは回しているが、殿下でないといけないものの方が多い。
そんなにも殿下の頭を支配している悩みとは、なんなのだろう。やはり、記憶喪失だというシャルティア王女のことだろうか。
僕と同じ、緑色の瞳を持つシャルティア王女。王妃様は僕の父の姉で、つまり僕と彼女は従兄弟だ。
……シャルティア王女は苦手なんだが、仕方ない。殿下のためにも、様子を見てこよう。
[ティア様、セドリックという方がいらっしゃっているんですが……]
[セドリック?]
オスクにとりあえず入れてと頼むと、入室してきたのは茶髪の青年だった。
[セドリック・ダル・セルリアと申します、姫様。……僕のこと、覚えていらっしゃいますか?]
私の前で腰を折り、優雅に礼をする茶髪緑瞳の青年。
セドリック……間違いない、攻略対象者だ。
セドリック・ダル・セルリア。
次期侯爵・宰相であり、才色兼備なキャラクター。
しかしこの彼、可哀想なほど設定がひどい。
───ナルシストで天然、ドジ、ポンコツ。彼は転んでヒロインに傷を負わせ、ドレスにジュースをぶっかけ、またスカートの中を見てしまうなど、散々なことをやらかす。
セドリックは、母性が強く器の大きいプレイヤーに人気だった。
私は、セドリックを見つめる。
[……僕の顔に、何か付いていますか?]
微笑んで言う彼の口角がピクリと上がったのを、私は見逃さなかった。
今、絶対「まあ僕に見惚れるのは当然ですね」とか思ったなこいつ……。
私は左手で、横にいたオスクを引き寄せた。手を繋いで落ち着くと、冷静に問い掛ける。
[お兄様の補佐をしている方ですよね。どういったご用件で?]
[……へ?あ、いえ、特に用件があるわけでは……]
……そこは「お見舞い」とか「顔を見に来ました」とかでいいんだよ。
私は、前世での生徒達を見るような、温かい目であたふたする彼を見つめた。