第十五話
といっても、″ちゃんと教育を受けている″というだけでは上級使用人の執事にはなれない。時々、主人に望まれて側につく者もいるらしいが、仕事をこなせなければ当人が恥をかくだけ。
今の自分の家事能力はそれなりのものだと思う。
カイ様がずっと端で座っていた状態だったので、家事は全て自分の仕事になる。二人で住める広さがあったあの部屋の状態は、ティア様がいつ来てもいいように綺麗な状態を保ったし、食事も普通の家庭レベルのものは作れた。
[……昔から、家事は自分でしていたの?]
[はい。部屋には自分以外入らないようにしていたんです。───いつ殺されてもおかしくなかったので]
本格的に自立し始めたのは十歳になってからだ。幼児のときから世話をしてくれた乳母が僕に毒を盛ったと気付いたときはぞっとした。人とはこうも簡単に、親しい人間との関係を、愛情を断ち切れるものなのかと。
[……いつから、そんな生活だったの?]
[産まれたときから、ですよ。もちろん幼い時は世話をしてくれる人もいましたが…ああ、言っていませんでしたっけ。私生児なんです、僕。母は娼婦でした]
こんなこと、ティア様に知られたくない。それと同時に、ティア様には隠し事もしたくなかった。
私生児なんて。王と王妃の唯一の子であるティア様と比べたら天地ほど違う。
母は公爵家で僕を産んだ際に死んだ。父からすれば僕は、よく言えば母の″忘れ形見″、でなければ″お荷物″といったところか。
しかも不幸なことに、正妻である公爵夫人は子を成せなかった。年齢も三十五を過ぎれば周りの期待は落胆と侮蔑に変わる。僕を恨むのも無理はない。
[…ずっと命が危ない場所にいたんです。公爵家も牢獄も、奴隷場も。それを救って、おまけでも傍に置いてくださったのがティア様でした]
[……だから、シャルティアのことが好きなの?]
[はい。今のティア様はもっと好きです。僕を愛してくれるので]
前のティア様は、カイ様を愛玩人形のように、僕を使用人として扱っていた。敗戦と奴隷扱いで弱っていたカイ様の心を壊したシャルティアの″愛″が正しいものなのかはわからないが、奴隷でも人形でも、僕はただ愛されたかった。
だからいつも、動かないカイ様の代わりにティア様を出迎えていたのだ。煩わしそうに振り払われても、その視界に捉えていただけるだけで十分だった。
[でも、奇跡もあったものですね。ティア様の愛を向けていただける時がくるなんて、願いが叶ってしまいました。苦労した甲斐があるというものです]
[奇跡……うん、そうよね。本来なら、私が……]
そう。本来ならば、ティア様のいう『彩瀬稔』なんて存在しないも同然。別の世界から来たというのだから。
でもこうして、ティア様の体を通して出会い、愛し合っている。
これを奇跡といわずしてなんなのか。
だから、今の願いは、ただこの幸せが続いてくれますように、と。