第一話
[姫様が目を覚まされました!]
目が覚めると、そこは病院──ではなく、お城でした。
[姫様は階段から落下し、頭を打って一週間寝込んでいたのですよ]
[ひ、ひめさま…?]
白髪のお医者さんらしき人が、混乱する私の様子を見て告げる。
[記憶喪失、でしょうか……]
[あ、はい、それです、たぶん]
お医者さんが唸って言った言葉を肯定する。今の私にとって、一番都合がいい設定だ。
だって───異世界転生しました、なんて言っても信じてもらえないでしょうから。
私は彩瀬稔という名前の、保育士でした。
私が勤めていた幼稚園は坂の上にあり、当然その前には階段があります。
その日は近くの公園に行く予定で、私が子供達の先導をして階段を下りていました。
───私が死んだとしたら、その時でしょう。
すぐ後ろで、男の子が躓いて私にもたれかかってきたのです。私は体勢を崩して落下、強く頭を打ち付けた痛みを覚えています。
心配する声、鳴き声、叫び声。そんな子供達の声が聞こえたのが最後でした。
[せめて、あの時一緒に落ちた男の子が無事であればいいのですが……]
[ご安心ください。王子は軽傷ですよ]
[…………え?]
つい声に出してしまった言葉に、お医者さんが微笑んで答える。
[冷酷だなんだと噂される姫様が咄嗟に弟君を庇うなんて、実はお優しい人なんだと、使用人達の間で噂になっておりました]
[は、はぁ……]
冷酷、ですか……。
私が転生した(乗り移った?)この体はどうやらお姫様のようですが、私には子供に───十五歳くらいに、見えます。
[姫様は、どこまで覚えていらっしゃいますか?ご自身のお名前やご家族のお名前、昨日の夕食に何を食べたか……]
[え、ええと、特に、なにも……]
質問の内容が簡単すぎるのに答えられない。認知症のご老人になった気分だ。
[ごめんなさい……]
[……侍従に敬語を使われてはいけません。その様子を見ると、本当に何も覚えていないのですね]
[はい…じゃなくて、うん…?]
[貴女様のお名前はシャルティア・セピア・アルーファ。このアルーファ王国王家の第二子であり長女。兄上と弟君がいらっしゃいます]
シャルティア・セピア・アルーファ。うん、なんともお姫様らしい可愛い名前──シャルティア?
[……もしかして、お兄様の名前は「エドワード」だったりする……?]
[お、覚えていらっしゃいましたか!その通りでございます!]
[弟は、「エレノア」だったり……?]
[ええ、ええ、そうでございます!]
お医者さんは感極まったように言う。
[記憶を失っても、兄弟の絆は切れないのですね……!]
[きょ、兄弟の絆……!?]
私はお医者さんの言葉に、強く衝撃を受けたのだった。