学習
あの夜から丸一日がたった、未だにキフおじいさんは診療所で経過を看られているそうだ。
やっぱりかなり無理していたのだろうか、そんな風に見えなくても既に七十代の半ばも過ぎようとしてるしかなり危うい状態だったんだろう。
家人不在の間俺達が何をしていたか、勿論食っちゃ寝食っちゃ寝していた…… 訳ではない。
昨日はテイマーズに行ってユメのAAランクの腕輪と俺達に合わせて造られた首輪を貰いに行った、因みにではあるが、これらは一目でそれが、どのランクのものなのか分かるようになっているらしい。
特に何事もなくすんなりと終わったまでは良かったのだが、行きもそうだったが、帰り道から更にカディフラティの住人の視線を感じる。
果たしてこれはAAランクのせいなのか、既に噂になっている空飛ぶ亀と空を駆けるライガーのせいなのかは分からない。
恐らくはその両方だろうが……。
そしてその日の昼に俺達はこの国にあるダンジョンへと足を踏み入れていた。
場所は王城の地下。
城門とは別にもう一つ門が併設されており、身元のしっかりした者であれば特に制限される事もなく入ることができた。
このダンジョンは文献だと全五十階層からなり上から順に降りて行く形となっているらしい。
今でも最下層に眠るという伝説の勇者の遺産を求めて世界中から人々が攻略へ乗り出し、この国の名物の一つとなっているそうである。
現行、一番深くまで潜っているパーティが三十二階層を攻略中で、これは歴史上三番目の記録となっているらしい。
最下層にたどり着いたのは謂わずもがな勇者パーティーのみであり、二番目のパーティは四十階層を攻略しに行ったっきり帰って来なかったという。
そして俺達が初日に攻略したのは三十階層までである。
早すぎる。 そう思われるだろう。
でも考えてもみてほしい、俺達にはユメがいるのだ。
完璧にマップを把握し罠を回避し最適解を出し続ける存在、そして【女神の瞳】を完璧に使いこなす者。
『余裕じゃのう。』
そんな言葉が出てもなんらおかしい事ではないだろう。
まだ、この階層にでてくる魔物は俺達の敵ではなく消し飛ばし、蜂の巣にし、噛み千切って三十階層のボスまで瞬殺してきたのだ。
どうだろう、早いだろうか?
正直に言おう。
ここまでピクニックをするのとなんら変わらないような認識であると。
更に五階層毎に入り口にテレポート出来る魔方陣が配されているのはかなり良心的な設定だ。
再アタックの際は最後に使用した階層の魔方陣へのテレポートも可能になる。
そして夕方にはキフおじいさんの家へと帰って来た。
そしてもう一つ俺が始めた事が有る。
それはあの人形とのおしゃべりである。
最初は会話すらまともに成り立たず四苦八苦したが小一時間もすれば何となく話しが成立するまでに至った。
そして今に至る。
「もう一回ね♪ 貴方はだーれ?」
「僕は……トカイ。」
トカイ、この名前は俺達が教えたわけじゃない。
何となく会話が成立し始めて、ユメが名前を聞いたらこの名が出てきたんだ。
キフおじいさんが付けたのかな。
「トカイ! いい名前だね♪」
「ありがとう。」
こんな感じで簡単な内容ではあるけど受け答えが出来るようになった。
キフおじいさんの研究は実を結んだと言っても過言ではない。
『妾からも一ついいかの? トカイよ、そなたは何時から意思があったのじゃ?』
「始めから。 今までは全部忘れてた。」
そう思える意思はあったと言うことだ。
これでキフおじいさんの考えが全て正しかったと言うことが証明された。
「ユメだけじゃなくて俺達の言葉もわかるの?」
「同じに聞こえる。」
同じか… なんでかは分からないけど、あの時俺の言葉に反応したのはそういうことだろう。
「トカイを創ったのは誰?」
「お父さん。」
うん。
キフおじいさんは自分達の子供としてトカイを創ったんだもんね。
受け答えはだいぶしっかりしてきたし次のステップに行くか。
「トカイ、もう少ししたらお父さんが帰って来ると思うけど、帰って来たら何がしたい?」
「……分からない。」
そう、ここだよね。
まだ自分の意志が薄弱なんだ。
自分が何をしたいのか、所謂"欲"が無い。
キフおじいさんに残された時間は僅かだ。
彼の夢を叶える為に出来るだけトカイの為に時間を割こう。
ダンジョンは逃げないしね。
「そっか、トカイは本って知ってる?」
「知ってる。」
「そうなんだ、読めるかな?」
「読んだことは無い、でも読める。」
「そうなんだ、じゃあ少し読んでみようか。」
「わかった。」
「ユメ、オーパスさんに言って子供でも読めそうな本を借りて来てくれる?」
探険した時に書庫があったから何かしらあるはずだし。
「わかった!! 行ってくるね♪」
その後ユメがオーパスさんから子供向けの冒険の本を何冊か借りてきてトカイに渡した。
すると無表情ながらパラパラと本を捲り読み始めた。
暫く様子を見ていると本の半ばに差し掛かったあたりでページを捲る手が止まった。
「どうして人は食べ物を食べるの?」
そう質問された。
質問だ。
どうして? なんで?
これは"欲"だ、知識欲、今まで言われた事に対しての受け答えだった物が初めて自らの意思で質問をした。
これは大きな成長だ。
聞かれた事は出来るだけ丁寧に、偏った見方にならないように説明してあげよう。
これがトカイの成長にキフおじいさんの夢に繋がる。
そうして夜が更けていき俺はいつの間にかその場で寝てしまったようだ。
目が覚めるとユメが本を読むトカイに寄り添い座っていた。
「あっ、マスター! おはよう♪」
「おはよう! ユメは寝てないの?」
「ユメはトカイと同じで寝なくても平気なんだよ♪」
言われて見ればユメはトカイと近い存在と言えるかもしれない。
「ユメ、これはどういう意味?」
「これはねー、悪いことをしたからお尻をペンペン叩いてもうしちゃダメだよ!! って言ってる所だよ♪」
「どうしてお尻ペンペンされるの?」
「人間はお尻ペンペンされるととっても痛くて泣いちゃうんだよ!!」
「なんで痛いと泣いちゃうの?」
「んー、なんでだろうねー? マスターなんでー?」
「え? 何で痛いと泣くか? んー、人間は痛いともうやだよーってなるんだよ。 それでもういやってなるとその証拠として涙が出るんだよ。 たぶん。」
「それでもういやだとどうなるの?」
「もういやっておもったらもうお尻ペンペンされたくないでしょ? だから悪いことしなくなるんだよ。」
「…痛い、涙、ペンペン、お尻…… わかった。」
だ、大丈夫かな。
『ガァーゥ、おはよう主、ユメ、トカイ。』
ルケが大きく欠伸をしながら起きてきた。
「ルケはどこが痛いの? 悪いことしてお尻ペンペンされたの?」
そういえばいつの間にか名前覚えてるや。
『ん? ペンペン? なんの事かの?』
あー、欠伸で涙がでたからか。
「これはあくびっていってね、眠かったりするとふぁーって出て来てその時に涙が勝手に出てくるんだよ。」
「なんで……」
コンコン
部屋にノックの音が響く。
「オーパスでございます、旦那様が戻られました!」




