母
顔を足へと近付けて行き唇を小さく開く……
【踏歩】!【異空間収納】! 麗鞭―流舞―!!
「なっ!?」
一瞬で間合いを取り、そらにより【美食家】が付与された鞭を振り抜き、その先端はソニックブームを発しながら脇腹を打ち据えるだけに留まらず身体を上下に両断した。
「ギャぁぁぁあぁっ!! 」
先程とは違い無効化されること無く、どちゃっという音と共に地に這いつくばり油汗をかきながら此方を睨み付ける。
「何故だぁっ!! 鞭如きが僕を傷付けられるわけがないのにぃ!!」
「さぁ、なんでだろうね? そらに聞いてみたら良いんじゃない?」
「……くふふ。 ははははははははははは!! ……もうやめだ。 遊戯の時間は終わりだよっ!!」
上半身が浮かび上がり、下半身も立ち上がると白いオーラのようなものがそれぞれの断面からうねうねと伸び次第に絡まり合い、やがてまた元の姿へと戻ってしまった。
「……あなた、不死身なの?」
「そうさぁっ!! 僕の身体は何度でも元通りに再生するのさっ!!」
いや、そんなわけない。
確かにさっきの攻撃は効いていたはず。
無限に再生する? そんなの神でもない限り有り得ない!
絶対にどこかに歪みが出るはず!!
「さっきは不意を突かれたけどもうその鞭は僕には当たらないよ!! その前に殺すしね!! 精霊魔法―絶色―!!」
赤黒い魔方陣から黒い闇の奔流が生み出され全てを押し流さんと襲い掛かる。
「ダイアモンドダスト!!」
帯紐に付けてある宝盾―ダイアモンドダスト―を掲げその影に隠れる。
この盾の特性上触れた魔法を跳ね返し魔方陣から放たれ続ける攻撃と跳ね返されたそれが相殺しあい数秒の後に消滅する。
「また奇っ怪な物を出しやがって! 大人しく死ねよ!!」
「ねぇ、攻撃しないんじゃなかったの? 随分余裕がなさそうね?」
「っ! う、五月蝿い五月蝿い五月蝿い!! 僕がルールなんだよぉっ!!」
やっぱり流舞は効いてるみたい! そうでもなければあんなに焦って自分で作ったルールを簡単に破ったりしないはず。
なら、今が攻め時だ!
【異空間収納】紫陽花と流舞を収納、そして取り出すのは、月弓―朧―!!
さらに【命弓】!!
このスキルは弓による攻撃に限り、どんなに適当に射っても必ず対象に当たるというものだ。
朧は矢の必要ない魔力を矢として飛ばす魔力弓であるが、それにより本来であれば外的要因に影響されずただただ真っ直ぐ突き進むだけの物となる、がしかしそれに【命弓】が加わると話は違ってくる。
そう、どれだけ無作為に明後日の方向に放っても必ず的に命中するのだ。
弓を構え魔力を込め弦を引く、そして敢えて明後日の方向へ四方八方立て続けに放つ。
「ははは、どこを狙ってるの…… っ!!」
全ての矢が途中で無理やり起動を変え全角度からの多角的な攻撃へと変化した。
更にこれは魔力の矢である。
つまり魔法なのだ。
ザクザクザクザク
「ぐふぅっ!! がぁぁぁっ!! ふざげるなぁ… つがいすでの駒ふぜいがぁ!!!」
精霊王の身体から色とりどりのオーラが溢れ出す。
その圧力で朧の矢は消し去られ、傷も塞がっていく、尚もオーラは膨れ上がり圧縮され六つの球体となり周りを回り始めた。
「消えろぉ! 精霊魔法ぉ―虹滅ぅ―!!」
七色の玉が全方位から飛んでくる。
ダイアモンドダストじゃ防ぎきれない!
【異空間収納】! ダイアモンドダストを収納! 流舞を!!
鞭を手に持ち頭上へと翳し身体を回転させながら自身を取り巻くように振り回す。
鞭に玉が当たる度に【美食家】が発動するも、エネルギーを殺しきれず至近距離で魔力爆発が起こる。
「うぐぅっ……」
なんとか奥歯を噛み締め惨めに悲鳴をあげる事を堪えたが、全身が切り裂かれ、燃やされ、凍らされ、痺れ、打ち据えられ、様々な苦痛が押し寄せてくる。
「はははははっ!! 良い様じゃないかぁ!! 僕を怒らせるからそうなるんだよ!!」
どうしよう…… 意識が遠退く。
〈ミ…ス…カ〉
なんだろう… 何かきこえる。
〈ミュスカ〉
「だ…れ…?」
あ… 世界がだんだん色褪せていく……
私、こんなところで…… 何も守れずに負ける…の?
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ここは…… ぬいぐるみが沢山……
「私の、紫羅だった時の私の部屋?」
「ミュスカ…」
一瞬鏡を見ているのかと思った。
もちろん服は全然違うのだけど。
本当はすぐに解った。
だけど私は疑問系で問い掛ける。
だって、怖かったから……
「お母様…?」
「そう呼んでくれるのね、ミュスカ、逢えて嬉しいわ」
「お母様っ!!」
色々な気持ちが押し寄せて来てそれを言葉にしようとするけれどうまく言葉に出来なくて、ただただ母にあやされる子供のようにしがみつく事しか出来なくて。
そんな私を何も言わずに優しく撫でてくれる手が温かくて自然と涙が頬を伝う。
「お母様… 私は……」
「いいのよ、ミュスカ。 貴方は何も悪くない」
違う! 違うの……
私は!!
「…お父様から全てを聞きました……。」
「そう、あの人は元気にしているかしら?」
「はい、臣下にも民にも慕われてます…… お母様、本当にごめんなさい。」
「あなたが謝ることなんて何一つ無いの。」
「でもっ!! …でも。 私はお母様から未来を奪ってしまった、それにせっかく身代わりに助けてくれたのにそのミュスカは私じゃ無いかもしれないっ!! 私は… 転生者… なの……」
「……えぇ、知っていたわよ。」
「知ってた……?」
「知っていたわ。 だって、ずっと見ていたもの。 あの日私は精霊王の仮の器として連れていかれたの、そして私の中に二つの魂が宿る事になった、 徐々に力を奪われ魂の消失が目前まで迫った所で助けられたのよ。」
「助けられた?」
「そう。 助けてくれたのは世界の意志。 あの子が私の魂を身体の奥深くに隠して守ってくれたから辛うじて意識を保つ事が出来たの。 私は尋ねたわ、何故助けてくれたのかと。 そしたらあの子、何て答えたと思う? "話し相手が欲しかったから"ですって、ふふふ、可愛いわよね。 それでね、こっそり話をしている内にだんだんと仲良くなってね、ある日こう言ってきたのよ、"娘を見たい?" ってね、もちろん私は見たいって答えたわ。 それからはずっと見守っていたのよ? 三歳くらいだったかしら、あなたの挙動がいきなり変わったのよ、スキルとか使いはじめてびっくりしてあの子に聞いたの。 ミュスカはどうしたのかって、そしたら"二つあった魂が混ざりあったんだよ"って。」
「混ざりあう?」
「そう、一つの身体に二つの魂が宿っていたの。 魂の双子みたいなものよね、ふふふ。 そしてそれが一つに合わさって一つの魂になった。 片方が消えたのでは無くて一つに混ざりあったの。だからあなたは間違いなく私とあの人の娘よ。 だっておかしいと思わない?」
「おかしいって、なにが……」
「ミュスカ、あなたはこのかわいい部屋に住んで居たのよね? そしてこちらの世界にもあなたには父と母がいたのでしょう? なのに私達の事を本当の母と父として見ている。 父は分かるのよ? だって育ててくれた人だもの。 でも私は? 顔も知らない、声も知らない。 なのに私をあなたは最初にこう呼んだの、お母様って。」
「っ!!」
「親子ってそういうもなの。 だから貴方の魂も身体も間違いなく私とあの人の娘よ!」
「……お母様、お母様! お母様ぁ!! ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ふふ、ほらあんまり泣かないのよ? 可愛いお顔が台無しじゃない。」
優しく涙を拭われる。
流れる涙と共に凝り固まった不安や恐怖、申し訳無さが流れ落ちていく。
「それに見てたけどあのカタツムリの子、とっても良い子ね。 私も会ってお話ししてみたかったわ。」
「……うん。 いつも助けられるの。」
「知ってるわ、見てたんだもの。 他の子達もとっても良い子。 なのにここでお別れでいいの? 諦めて良いの?」
「良くない。 でも……」
「私の事はいいの。 こうやってあなたに会えただけで今とっても幸せなんだもの。 今精霊王は私という不完全な器に入った事によって完全に力を取り戻したわけでは無いの、子供の姿を取っているのは力の消費を抑える為よ。 だからあんな奴ぶっ飛ばしちゃいなさい! あの子も約束を破った精霊王に凄く怒ってるから何も気にしないでいいのよ? それにね、あの子から贈り物を預かってるの、 中身は私も知らないんだけどきっとあなたの力になるはずよ。」
お母様の手から小さな光がふわふわと舞い私の中に染みて行くのが分かる。
「もう、時間ね…… 頑張りなさい! 皆を守ってあげて、私の大切なミュスカ……愛してるわ……」
そう言ってお母様は光になって消えていった。
「お母様……私も。」
まだやれる!
絶対に諦めない!!




