シェルターと暗闇
よし、仕込みはこれで大丈夫だろう。
後はどう導くかだけど…
「【記憶創造】【記憶創造】」
!?
何かくるっ!!
ハツカから光のエフェクトが発現し、室温が急激に下がり始める。
「え? 液体? 湯気が出てるけど…… 熱湯… じゃないよね? なんか肌寒いけど…」
止めどなく溢れる液体からは物凄い冷気を感じる。
そしてハツカは【記憶創造】で造り出したシェルターのような物に包まれていく。
これは… まさかっ!! まずいっ!!
「キュウキュッキュ!!」
ミュスカを急いで近くへと呼び寄せる。
俺の予想が間違ってなければこれは……
「【【【エアキューブ】】】!!」
【エアキューブ】を三回重ねがけして俺とミュスカを急いで覆う。
これはおそらく液体窒素だっ!!
一番外側の【エアキューブ】が瞬く間に霜に覆われ凍りついていく、 そして徐々にではあるが俺達がいる内側の温度も下がり始めた。
「なにこれっ!! さ、寒い。 そら大丈夫?」
重ねがけして間に空気の層を作らなかったらこれでおわってたな、寒いけど今すぐどうにかなるわけじゃないし、これが液体窒素なら物凄い早さで蒸発していくはず!
今は耐えるしかない。
予想通り僅かな時間で全てが蒸発しきった事によって徐々に温度が上がってきた、既に温度的には【エアキューブ】を解除しても大丈夫だろう。
パリンっ! パリンっ!!
いくつかの蛍光灯がいきなり弾けとんだ。
「キューキューキュ?」
「うん。 大丈夫だよそら、ありがと! あいつがあのシェルターみたいなのに入ってるうちに攻撃しちゃお!!」
ミュスカの提案に俺は首を振ってシェルターの様子を伺う。
コシューー
中の空気が抜ける音だろうか、そんな音を響かせながら溶け始めた霜の間からハツカを見据える。
俺の考えが合っていればこの後……
「ほう。 耐えたか、以外に多芸だな… くっ!!」
突如としてハツカが胸を押さえ苦しみ始めた。
やっぱりっ!!
「貴様ら何をし…だ…っ!!」
なんもしてねーよ! それはお前の完全な自爆だよ!
気付いてないみたいだな。
合わせとくか。
「さぁ、なんだろうな!!」
「ぐぅ!! ぐるじいっ!! お…のれぇ…」
ハツカが苦しみながらもがき苦しむ
実際に俺達は何もしていない、 ハツカが苦しんでいるのは気化した窒素のせいに他ならない。
液体窒素は沸点がマイナス域に有るため物凄い早さで蒸発する物質だ、そして蒸発時にその体積は約700倍に爆発的に膨れ上がる。
それによって、ここのような密閉空間だと酸素を含む空気が急激に圧縮されることとなる。
蛍光灯が弾けたのも圧力のせいだろう。
この現象により何が起こるのか、そう、リボッラライガーでお馴染みの酸欠である。
「ぐぞがぁっ!!」
もがき、暴れるハツカが此方へ戦斧を思いっきり投擲するが、それは明後日の方向へと飛んでいく。
ズガァーンっ!!
「っ!? くそっ! しまったっ!!」
飛んでいった戦斧が遺跡の壁を粉砕し外へと繋がる大穴を開けてしまった。
今、外は夜、そして雨が降りしきっているのがうっすらと見えた。
その穴から膨張した窒素は外へと急激に溢れだし、徐々に酸素濃度が正常値へと戻り始めたのだろう、 先程から苦しんでいたハツカは肩で息をしながらもどうにか命を繋ぎとめた。
「小癪な真似をしやがって…ぜぇぜぇ。 何をしやがった!! 毒か!?」
「違うから。 それ自滅だからね?」
「あくまでしらを切るつもりかっ… ぜぇぜぇ。」
いや、本当なんだけどなぁ。
まあいいか、説明してやる義理もないし。
【エアキューブ】を解除し再び俺達は対峙する。
「そら! なんだか良くわからないけどアイツ弱ってるし一気に畳み掛けるよ!!」
「キュ!!」
【付与術師】により強化されたミュスカが左サイドから斬り込む。
先程までのハツカとは違い動きに精彩を欠いている、 その証拠にミュスカの居合からの抜刀術をかわしきれず右腕が深く切り裂かれ血が宙を舞い、溢れだした血液が体毛を赤く染める。
「そらっ!」
わかってるって!! 【武具存在】―夢鎗―
「恋矢!!」
俺の十八番が心臓目掛けて飛来する。
「ぐぅっ!!」
しかしギリギリでハツカは体を捻りシャツの胸元を切り裂くだけにとどまった。
「おっ! 巧くよけたな!! その調子でがんばれ。」
「………キャシーだけじゃなく」
ん?
「キャシーだけじゃ飽きたらず… よくも…」
えっ、なに?
「よくも俺の嫁をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁああああああ!!!!」
あ、やばっ。
そういう設定だったわ!! 忘れてた!!
血液を撒き散らしながらがむしゃらに振るわれる戦斧での攻撃はオフィスのデスクや椅子を破壊しながらも俺達を狙うが利き腕であろう右腕がほぼ使えない今、かわすことはそこまで難しくはなかった。
「ぜぇ…ぜぇ… ちょこまかとぉ…」
正に満身創痍という言葉を体現しながらも目は此方を見据え死んではいない、しかしこれ以上は苦しむだけだろう。
「なぁ、ハツカ、そろそろ終わりにしよう。 疲れたろ?」
「だまれぇ!! 殺す! 殺すんだ!!」
「そっか、ならしっかり避けろ。」
【武具創造】!!―夢鎗― 十二本!!
これは恋矢ではない。
ただの夢鎗を【念動力】で飛ばすだけの攻撃だった。
夢鎗はそれぞれがバラバラの方向へと飛んでいき残っていた蛍光灯を次々に破壊していく。
「どこを… 狙っている。 避けるまでもない… ぜぇぜぇ。」
残っているのはハツカの僅かに後方の蛍光灯のみ。
「!? 何処へいきやがった……」
目と言うものはそこまで高性能ではない。
明るい所から暗い所を見通すのは不可能に近い。
「これが狙い… か、ぜぇぜぇ」
この瞬間俺は【瞬消】と【隠密】を発動し【暗視】により確保された視界の中でミュスカの動きを目で追っていた。
ミュスカにも【付与術師】で付与した【暗視】はしっかりと仕事をしているようで暗闇の中で素早く背後へと回り込み渾身の一撃を浴びせる。
殺気に反応したのかギリギリで振り返り戦斧で弾くがそれにより体勢が大きく崩れた。
ここだっ!!
俺は素早く移動し、ミュスカの背後から飛び上がり蛍光灯の光に紛れながら何時もの二倍以上力を込めた恋矢を発動しながら【隠密】と【瞬消】を敢えて解除し姿を表す。
「終わりだっ!!」
「っ!! ぬるいわっ!!」
驚異的な反応速度を見せ体を回転させる事によって恋矢をやり過ごす。
そして地面に深々と恋矢が突き刺さった……




