儚い光
「ここが遺跡ね。 きれい…。」
宰相曰く、この遺跡には今のエルフ族にとってお金には変えがたい技術的遺産が眠っているらしい。
種族柄非常に内向的なエルフ族は外交を殆ど行っていない為、かなり世界に対して技術力が遅れている。
殊更に顕著なのは武器製造、延いては金属の製造である。
主となる武器は弓であり、サブウエポンとして硬度の高い鉱石を砕き研磨したダガーを使うことが多い。
弓はいいとして鉱石ダガーには金属にあって鉱石に無い致命的な弱点が存在する。
それは金属特有の粘りの有無である。
鋭さを持たせるために硬い鉱石を使ってはいるのだか、そのせいで硬い鱗や岩のような固さを持つゴーレム等を相手取ると数度切りつけただけで大きな欠けや、当たり所が悪ければ割かし簡単に折れてしまう。
あくまでも宰相の言葉ではあるが遺跡には失われた高純度の金属加工技術が眠っているらしい。
それを手にいれることが出来ればエルフにとって栄華の時代が来るだろう。
本心ではもっと早く国を出たかったし、レベル上げの為に狩りにも連れていって欲しかった。
ここまで籠の鳥のように愛され、愛でられ、与えられ、その一つを除き不自由無くヌクヌクと育ってきたけれど、それは渦の頂点を目指す事においては非常に劣悪な環境だったと言える。
この国に生まれ、ここまで育てて貰ったことに恩義は感じている。
その一方で早く早くと心が急かす、どうしようもなく不安で、辛くて、恋しくて… 涙が溢れたこともあった。
でも恩を仇で返す愚か者に成り下がるのはもっと嫌だ。
人のために何かを出来る人間でいたい。
きっとあの人ならわかってくれる。
きっとあの人ならそうする。
だからエルフの国を繁栄させるんだ。
それが出来たら私は……
「まってて! もう待たせない!」
**************
「……だけどっ!ゴーレムとガーゴイルの巣窟なんてきいてないよぉーー!! 」
最初は良かったのだ。
敵も対した強さではないし十分に戦えていた。
不思議な形の遺跡の入口から中へ入ると螺旋を描く登り通路が現れ、暫くは狭い通路での戦いになった。
曲がり角にさえ気を付ければ真っ直ぐな通路は弓での戦闘はかなり有利に働けたのもあって特に苦労をするようなこともなく中層にたどり着いたのはいいのだけれど、中層からは迷路のようにいりくんでいたり、開けた空間があったりと平面的に作られた蟻の巣のような作りになっていた。
そんな迷路の何処かに登り階段が用意されていて、登ると次の層が始まる。
そして中層も半ば程まで登っただろうか、明らかに敵の様子が変わってきた。
ここまではネズミや小動物型の魔物や蝙蝠、蜘蛛といった比較的小さくて、単体で戦えばさほど強くない敵ばかりであったが、この層に入ったとたん岩で作られたような硬い表皮に一対の翼が生えたガーゴイルと頭が天井スレスレのかなり大きなゴーレムが連携をとりながら襲ってくるようになったのだ。
どちらも体の何処かに核となる魔石をもっていて、それが弱点なのはすぐに気付けたが、腕の陰や肩の上に魔石が有ると弓で狙うのは不可能で、ダガーでの戦闘に切り替えたのは仕方の無い事だっただろう。
苦労しながらも一体ずつどうにか倒せていたのだが、やはり恐れていた事が起きてしまった。
一体だけで歩いているゴーレムに後ろから忍より、ふくらはぎ、お尻と、出っ張った部分を足場にして飛び上がり首裏のくぼみにあった魔石に力いっぱいダガーを突き立てる。
ガギーンっ!!
「う、うそっ。 もう!?」
ここまでの戦いでダメージが蓄積されてたのだろう。
頼みの綱のダガーが中程から折れてしまった。
「一度退くしかない。」
不本意ながらも対策無しにこれ以上登って行くのは難しいだろうし、仕方がないと自分を納得させてすぐさま逃げ出した。
ゴーレムやガーゴイルの速さは大したことがなく、問題なく下の層へ逃げることが出来たのは僥倖を得たと言えるだろう。
中層を駆け抜け、下層へと差し掛かったときにミュスカは自らの目を疑った。
「な、なんで… どうしてゴーレムとガーゴイルがこんなにいるの……」
狭い通路にゴーレムとガーゴイルが犇めいていたのだ。
「……戻ってもいつかは死ぬ、ここを抜けるしかない!」
そこからは殆ど覚えていない。
走って。避けて。躓いて。転んで。起き上がって。また走って。
走って走って走って。
狭い通路で避けきれず攻撃が当たることもあった。
血が出た。痛い。つらい。
息が苦しい。左腕が上がらない。
それでも…
走って走って走って走って。
外の光が見えた。
「や… やった…… っ!?」
それが油断だったのだろう。
気が付くとまた転んでいた。
でも起き上がって走ればすぐに外だ。
急げ、走れ。
「っ!? なにっ?」
視線を下げると隙間から遺跡内に入り込んだのだろう。
蔦が足に絡まっていた。
「ダガーで切れば…… ない! なんで!?」
恐らく転んだときに腰のホルダーから落ちたのだろう。
それでも諦めずどうにか拘束を解こうともがく。
「はやく、 ほどけてっ!」
そして視線に大きな足が映る…
見上げるとゴーレムが見下ろしていた…
悲鳴が出た。
悲鳴をあげることに意味なんて無いのに。
涙が出た。
我ながら直ぐ死ぬというのに余裕があることだなと呆れた。
嗚咽が漏れた。
そんな事をするくらいなら威嚇でもしろとまた呆れた。
彼の顔が浮かんだ。
……会いたかったな。
……ごめんなさい。
目を閉じた。
「………ごめんね。」
そして振り上げられ、両腕が振り下ろされた。




