俺と叔父さん
磐城瑞穂とその叔父の物語りです。
俺は中学生になった頃から、暇をみつけては自転車に乗って良く叔父の住む熊谷にあるアパートに遊びに来ていた。
叔父は警視庁の刑事だったんだけど、新婚当時に奥さんを殺されて仕事を辞めていた。
身内が捜査を出来ないからだ。
だから叔父は奥さんとの思い出が詰まった場所で探偵事務所を開業したのだ。
熊谷での暮らしを選んだのは奥さんだったそうだ。
奥さんは警視庁勤務の婦人警官だった。
ある日、埼玉県警から無銭飲食の通報があって、叔父はミニパトに乗っていた女性と一緒に現場に向かった。
県境から携帯電話やスマートフォンから警察に掛けた場合、最寄りの中継基地に一番近い指令室に繋がることがあるそうだ。
それもその一つだったそうだ。
でもその人は無銭飲食ではなく、財布をスラれたと解ったそうだ。
それに気付いたのが、後に奥さんとなる婦警だったそうだ。
店の脇の通路に小銭だけ残された財布を見つけたのだ。
その後二人はこの男性を支援してきた
男性はヤンキーの元頭だったから何かと風当たりが強かったそうだ。だから親身になって世話を焼いたそうだ。
でもその甲斐もなく、男性は無実の罪で服役させられた。
逮捕された人が、共犯者として名を上げたのだ。
叔父はアリバイがあると主張した。でも認められなかったそうだ。
その人はヤンキー時代の仲間だったそうだが罪を認めで反省しているとして執行猶予が付いたそうだ。でも最後まで認めなかった男性は服役させられたらしいのだ。
そこで、その男性の奥さんを守るために熊谷で暮らし始めたのだ。
でも二人は奥さんを守り切れなかった。
男性が仮釈放をされた時には居なくなっていたのだ。
それから暫くして、叔父の奥さんが殺されたのだ。でも身内は捜査出来るはずもなく、事件が起きた場所が埼玉県警管轄だったから何も出来なかったのだ。
もがき苦しんだ末に、叔父は犯人を自分で見つけるために警視庁を辞めて探偵になったのだ。
仕事の合間に捜査出来たり状態を集められることが出来るようにしたのだ。
だから母が心配して様子を見て来るようにと俺を傍におくことにしてくれたのだ。
小学生の頃から俺はサッカー一筋だった。だからそれらをこなしてからの熊谷行きになった。
探偵事務所と言っても、そんなに格好いいものじゃない。
普通のアパートだし、狭いし……
だって、六畳の和室に二畳のキッチン。それと業務をしている四畳半の洋間。
其処には机が一つだけ置いてある。
だから来た人は皆目を疑う。
まともな仕事なんか出来るはずがないと帰ってしまう人もいるほどだ。
それでも熱いハートで事件解決します。と、言いたい。
なのに来る仕事は、失踪した動物の捜索か浮気の調査が殆どだった。
年がら年中仕事待ちで、事務員なんかも頼めない。
だから仕方なく此処を手伝っている訳だ。
それを良いことに、叔父は『瑞穂、サッカーなんか辞めて此処を手伝ってくれ』って言う。
それなのにアルバイト料だって市で決めた最低賃金より低い。
それは身内だから小遣い程度、遊びに来てる感覚だったのだ。
いや、本当は給料なんて殆ど貰ったためしなどない。
だから尚更其処でアルルバイトしてるなんて言えやしない。
安月給のことがもしバレたら、叔父の立場が悪くなるかも知れなかったからだ。
これが内緒にしている本当の理由だ。
勿論他にも理由はある。
第一。
ラブホの見張りや出入りなどを知られたら、即退学ものだから。
ウチの高校。
やたらと校則に厳しくて、今まで何人も停学処分を食らっているんだ。よっぽど酷いと即退学になるそうだ。
だから幾ら叔父の手伝いのためだって言っても、聞く耳持ってくれないと思ったんだ。
暇すぎて、眠ってしまうこともある。
それでも仕事にありつけたら一気に急がしくなるんだ。
そのための休養だとか叔父は言ってるけどね。
失礼だけど、俺には負け惜しみとしか聞こえない。
だから恋人のみずほにも内緒にしてる。
みずほにしてみたら、サッカーをサボっているくらいにしか見えないだろうから……
みずほは本当に一生懸命応援してくれた。だから申し訳なく感じている。
そのためにも一日でも早くレギュラーになりたかったんだ。
本当はエースになりたい。
今のエースとは技術面とかでも比べ物にはならないけど、俺は俺なりに頑張って来たんだ。
プロリーグから誘いがあるとか、スカウトの人が見学に来ているとかの噂は常にある人だ。
今の俺の目標だ。
何時か追い付き追い抜いて、みずほをビックリさせてやりたかった。
背の低い俺だけど、みずほのためにもデッカイ夢を実現したかったのだ。
イヤ、本当は自分のためだった。
みずほは、いくら勉強しても追い付けないほどの優等生なんだ。
だからせめて、サッカーくらいは自慢出来る存在になりたかったのだ。
みずほは俺の大切な宝物なのだ。だから俺もみずほのそんな存在になりなかったのだ。
叔父は何かにつけて必ず気を遣う。
例えばロゴマークだ。
クラフト封筒に同系色の文字では小さくて目立たないようにしてある。
それは叔父の気配りだった。
お客様のプライベートを調査する探偵業。
それらによって痛くもない腹を探られる人が出るかも知れないからだ。
依頼人を何処まで信用していいのか解らないのだ。
全員が被害者ではないのだと叔父は言う。
中には社会から抹殺しようとする輩もいる。
だからこそ慎重に調査する訳だ。
探偵が調べていると判ると、気まずい思いをする人もいる。
だからロゴを目立たせなくしているのだ。
全面に打ち出さないで、依頼人だけが解るように配慮したのだ。
もし、調査されていることがバレたら死活問題になるかも知れないからだった。
社内恋愛を禁止している場合もある。
まして不倫だったらなおのことだ。
上司が部下にパワハラで関係を強要して、応じなかったのでクビになったケースもあった。
そんな奴は許しちゃおけないと立ち上がったら、狂言だと判明したこともある。
女性の方から誘って、断られたから自ら洋服を裂いて大声を出したようだ。
セクハラもパワハラも上司が部下をにするものだと思っていた。
そんな簡単な理屈では通らない世の中になってしまったようだ。
御近所トラブルに発展することだって考えられる。
迷子の猫を捜し当てたら既に別の飼い主になついていたら……
簡単には済まなくなるのだ。
そのいいケースがみずほの母親だ。
叔父の初めて探偵としての仕事が偶々みずほの母親を巻き込んでしまったそうだ。
その人がみずほの母親だと知ったのは、俺の後を付けた時だそうだ。
俺がまだ片思いの時、みずほの後を付けたのだ。
叔父はそれを見て俺の後を追ったのだ。
そして其処で再会したそうだ。
その頃俺達は同じ保育園に通っていたけど、お互いの家が何処にあるかなんて知らなかったのだ。
みずほが以前住んでいたアパートの近くに公園があったそうだ。
その前の家にはお世辞でも綺麗だと言えない猫がいた。
体ではなく色だそうだ。その猫は公園に遊びに来る子供達に撫でられるから何時も飼い主に洗われていたそうだ。だから体はキレイだったそうだ。
その猫が産んだ中にシャム猫のような子供が二匹いたそうだ。
その一匹が居なくなってしまい、迷子の仔猫探しの依頼が舞い込んだのだ。
その猫は親戚の子供が可愛いがっていて、乳離れしたら貰われていくことになっていた。
叔父はマニュアル通りに捜索を開始した。
猫は追われたり、恐い思いをした訳ではない限り、近所にいるそうだ。
だから叔父はその近辺を探してみることにした。
だけど見つからなかったそうだ。
公園前の家の裏は畑になっていた。
許可を得て、其処にも立ち寄った。でもやはり何処にも居なかったのだ。
その脇には線路があった。もしやと思い確認したけど、遺体らしき物はなかったそうだ。
そんな姿を見つけ、力を貸してくれたのがみずほの母親らしいのだ。
「その人が言うには『ママが迷子の猫だって言ってたの。飼い主が現れたら返すんだって言ってたよ』その子はハッキリとそう言ったわ。だから私から聞いてみますね』そう言ってくれた」
叔父はその家の脇に立って、行為に甘えることにした。
でも叔父は警察官だった癖が抜けきれずに、聞き耳を立てていたそうだ。
『昨日お宅で見た猫なんだけど、迷子なんですってね。実は、公園の前の家の猫らしいの』
その人は叔父のことは一切出さずに話してくれた。
『その家の人に、家に居るって言っちゃたの?』
言葉を遮るようにその家の人が言った。
『言ってないよ。ただ心当たりがあるって……』
『それが、言っちゃったってことよ。それであの人は何て?』
『あっ、ごめんだから言ったのはあの人じゃなくて』
「『じゃあ誰よ!?』って何だか雲行きが怪しくなってきたんだ。俺はヤバいと思った。だけどそのままになってしまったんだ」
みずほの母親は正義感から仔猫探しを手伝ったらしいと思った。そりゃそうだ。
自分の子供に迷子の仔猫を預かって、飼い主が現れたら返すって言っていたのだ。だからその手伝いでもあったのだ。
「その数日後、『アンタのお陰であの猫返さなくてはいけなくなっちゃったじゃない!!』って、怒鳴り込んで来た。俺がお礼に伺った時のことだ。あのシャム猫を保護してくれていた方だ。俺は怖くなったよ」
「怒鳴り込んで来た。の? 可哀想に……」
俺はみずほの母親が地獄を味わったと思った。
「『何で、何で黙っていなかったの!!』その剣幕は物凄くてあの時受けた印象とは違っていた。その後も協力者に罵声を浴びせた。『だから私は別に……』って言った。その人本当に何も言ってなかったんだよ。誰も傷付かないようにと最大限の配慮をしてくれたからだ」
「解るよ。流石にみずほのお母さんだ」
「でも、保護した人も言い分があった。実は飼い猫が行方不明になって探しているうちにあの仔猫と遭遇したようだ。泥まみれの猫を洗ったら、心を奪われてしまったらしい。でもな、保護した場所がどうやら仔猫探しを依頼した家の裏の畑らしいんだ」
「待って、それは保護じゃなくて盗んだってことだよね?」
俺の質問に叔父は頷いた。
俺は怖くなった。
迷子の猫が可愛くなって、隠して飼う気だと知ったからだ。
子供の前では保護したと言っていても、それが本音とは限らないと解ったからだ。
「探偵になったばかりの俺は物凄く貴重な体験をさせてもらったのかも知れない。ただ、あの奥さんだけは気の毒な思いさせたと思っている」
叔父はその人が俺の恋人の母親だと知っている。
だから余計にみずほとの恋を応援してくれているのだ。
だから携帯電話の購入資金も出してくれた。
でもそれはいくらなんでも申し訳ないと思い、一番安いフィーチャーフォンにしたのだ。
まさか既に生産中止になっているなるなんて考え及ばなかった頃だ。
その後に貰った初給料で俺は女生徒が放課後化粧していると知り、コンパクトを贈った。
でもみずほは鏡でウインクはしてくれるけど、校則違反になると言って使ってはくれなかった。
でもそのコンパクトの鏡越しのウインクが更にラブラブにしてくれたのだ。
俺は叔父から探偵のいろはを習った。
主な業務は素行調査や身元調査だ。
調査対象の生活の実態などを調べたり、ストーカーや不審者を尾行して住所も調べるのだ。
迷子の猫探しも大事な仕事だ。
放し飼いになっている場合も家から出たことのない猫でもまず捜索するのは居住地の近くだ。
思いがけなく遠くに移動していることもある。
近似を探して見つからなかった場合などはその地域の警察や動物愛護センターなどをあたってみることだ。
野良猫と間違えられて保健所へ連れて行かれることもある。
特に保健所は処分されるまでの日程もあるから早目に行った方がいいとのことだった。
瑞穂の贈ったコンパクトとフィーチャーフォン。
代金はどれも叔父が用立ててくれたものだった。