りんと河童①
今章はだいぶノリが違います。
息抜きパートって感じでしょうか。たまにはこんなのも、ね。
「あ、おじちゃん、また釣れたー!」
「お前さん、釣り上手いな……」
いよいよ秋も終わり、お山にも冬の風が吹き始めていた。頂上付近はとっくに白い雪化粧を纏っている。
ここ数日、ふうと黒曜は、川でハヤ釣りをしていた。釣ったハヤは持ち帰り、塩焼きにしたり、はらわたを抜いて塩を揉み込み、乾燥した冬の風に晒して干物にする。抜いたはらわたは塩辛にする。
冬支度である。
黒曜は勿論、りんやふうも、ケモノビトとはいえ、熊や狸と違って冬ごもりはしない。だから、冬の間の食糧は確保しておく必要がある。
「……にしてもさみぃな」
黒曜といえどお山の寒さはこたえるらしい。食うために狩った猪などの毛皮で防寒着を造り着込んでいる。後ろから見ると、ほぼ熊である。
戦ともなれば寒いの暑いのと言ってはいられないが、これが丸一日魚釣りとなると、黒曜にとっては暇と寒さが何よりの敵になる。
黒曜はふうの傍らにある魚籠を覗き込んだ。
「だいぶ釣ったなぁ。ふう、そろそろ帰るぞ」
「はーい……あれ、おじちゃん」
「どうした?」
「なんか流れてくる……」
「あ?」
ふうの指差す方向、川の上流を見ると、確かに何かが川の真ん中あたりの岩に引っかかっている。
全体はくすんだ緑色で、大きな甲羅のようなもの。
更に特徴的なあの皿のようなものは。
「河童じゃねえか」
「かっぱ?」
「あやかしの一種だよ。……しかし、ありゃなんだ、溺れてんのか?」
「えっ、助けなきゃ!」
「うーん……まぁ考えてもしょうがねえ。とりあえず拾ってくるか」
黒曜は覚悟を決めた。そして、毛皮の履物を脱ぎ、褌姿になると、ざぶざぶと川に入っていった。
「うぁぁぁあぁあああ……冷てぇ……むしろ痛ぇ……」
足首まで入っただけで歯の根が合わぬ冷たさの中、黒曜は腹まで水の中に入りながら、岩に引っかかった河童を担ぎ、川べりまで運んだ。
河童は、どうやら気を失っているだけのようだった。
「ああああああ……」
ガタガタ、ガチガチと震え歯を鳴らす黒曜にふうはしれっと言った。
「おじちゃん、ほら、お家に連れて行こ? お母ちゃん待ってるし」
「お前さん、割と容赦ねえな……」
「ほらはやくぅ」
「わかったわかった、全くしょうがねえ……」
履物を身に着ける時もあらばこそ、褌姿で河童と毛皮を担ぎ山の中を歩く姿は、そこらのあやかしよりも怪しかった。
――――
「で、尻丸出しでここまで戻ってきたって? 振り回されてるねぇ……」
庵に戻ると、りんが庵の前で火を起こしていた。とりあえず河童を寝かせ、黒曜は奪われた熱を取り戻そうと、必死で火にあたっている。ふうは帰るなり疲れたのか、庵の中で眠っている。
「それについちゃあ面目次第もねえがよ。あいつ、日に日に俺への当たりが強くなってきてる気がするんだが」
「甘えてるのさ。この所、黒曜のおじちゃん、じゃなく、おじちゃんって呼ばれているだろう?」
「ほーん……」
「あの子は男親の記憶がないからねぇ。ケモノビトだからと怖れたり見下げたりしないあんたを、そういう風に見始めてるんだろうねぇ」
「……なるほど」
黒曜は、りんに誂われた意趣返しとばかりに、にやりと笑って言った。
「つまり、りん殿と俺は夫婦、ということになるのかな?」
「へっ?」
「俺はふうにとっちゃ親父みたいなもんなんだろ? ……だったら、そういうことになるんじゃねえのかい?」
「え、いや、へ? ……んん。あまり誂うもんじゃないよ。火消すよ?」
狼狽えるりんが、照れ隠しにとんでもないことを言い始めた。
「くく、すまんすまん。……で、こいつ起きたらどうすんだ?」
「河童はここより上流に棲み家があるからね。普通に川を遡れば戻れるけれど……」
「なんか気になることでもあんのか」
「少し前に降った雨で、どうやら土砂が川に入ったみたいでねぇ。この辺りの流れが少し悪くなってるんだ。どういう状態になってるかは分からないんだけどねぇ」
「それが原因で流されたかもしれないってことか」
「だとしたら一人じゃ危ないかもしれないねえ」
そこまで話した時、河童が身じろぎをした。
「ん……ん、あれ」
「起きたか」
「災難だったようだねぇ。痛むところはないかい?」
「……大丈夫、です。って……ヌシ様!?」
りんと目が合った途端、河童は驚いて居住まいを正した。びしっ、という音が聞こえてきそうである。
そんな河童に、りんは苦笑交じりに話しかけた。
「そんなに固くなられてもねぇ。いいから、どうしてあんな所に引っかかっていたのか、訳を教えてくれないかい?」
「……あんなところ?」
「お前さん、川のど真ん中の岩に引っかかってたんだよ。気を失ってな。それを見つけて、俺がここまで運んできたんだ」
「褌姿でね」
「うるせえよ」
鼻白む黒曜を横目に、りんは河童に向かって続けた。
「あんた、上流に棲む一族の一人だろう? 見た所若い衆といった処かねぇ」
「……はい。おらの名は三吉といいます。おらが一族では、成人の儀として、このはるか上流にある滝から滝壺に飛び込む、というのがあるんですが、おら、それに失敗したみたいで」
「それでここまで流されてきた、と」
りんの言葉に、三吉は小さく頷いた。
なるほど、子供というには身体は大きい。とはいえ、その表情にはまだあどけなさが残っている。
「上流で土砂があったってぇ話だが、そこよりも上なのか、その滝ってのは」
「……あんたは」
「黒曜。りん殿の庵で世話になってるもんだ」
「そうですか。……はい、滝は八合目あたりにあります。土砂の場所は六合目くらいです」
「随分と流されたものだねぇ……」
「途中までは意識はあったんですが、どこかに頭をぶつけたみたいで……」
しょぼんとしてみせる三吉に、りんは同情を隠せなかった。
成人の儀というのは、集団で生活するあやかしやケモノビトならば必ず行う儀式である。ヒトでいう元服に近いが、成人の儀の場合、多くは「試し」という試験を行い、合格したものだけが成人と見なされる。
三吉はそれに失敗したわけだ。
成人の儀は年に一度きり。つまり、三吉は来年の今頃まで、成人を名乗ることを許されないことになる。
「ともあれ、土砂の影響もありそうだ。元気になったなら、集落近くまで送るとしようかねぇ。黒曜殿、ふうと留守をお願い出来るかい?」
「おう。……三吉といったか。今度は溺れねえで普通に遊びに来い」
「ありがとうございます。……ではヌシ様、お願い致します」
「はいよ。……じゃあ、行こうかね」
りんは簡単に身支度をし、三吉と共に洞穴を出た。
「……?」
その際の三吉の顔を、黒曜は見逃さなかった。
「……あの野郎、妙な笑いをしてやがる。まぁ、りん殿なら問題ねえか」
そう独りごちると、黒曜は焚き火の前に、ごろりと横になったのだった。
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