ふうと黒曜④
ふうと黒曜編、完結です。
新章は週末あたりから始める予定です!
「あ、おじちゃんいたー!」
黒曜と藤原の勝負がついた時、ふうの姿が見えた。
幼いとはいえケモノビト、しかも次のヌシである。納得づくの決闘など、見せた所でどうということもないが、黒曜は極力そういう場面を見せない様にしていた。
時折、りんとも手合わせをすることがあるが、そういう時にも黒曜はふうのいない時間を狙っていた。
「いずれ嫌でも関わらねばならぬ道さ」とはりんの言葉だが、なればこそ、せめて今の内は楽しい、美しいという気持ちを大切にしてやりたい、そう考える黒曜であった。
「おう、遅くなっちまったな。すまねえすまねえ」
「うん、お母ちゃんが『やれやれ、あの御仁はいつ戻るのやらねぇ』って困ってた! だから早く行こう?」
「はいよ。……なぁ、ふう。お前が見た人間ってこの人達か?」
「え? んーと、んーと……うん、あの座ってるおじちゃん二人は見たことあるー!」
「おじちゃん……」
「我々、せめてお兄ちゃんと」
「幼子から見れば大人はみんなおじちゃん、おばちゃんだ。……それにしても随分と懐いているな。その子はケモノビトだろう」
「俺が世話になってるところの子だよ。この子がこの辺りで遊んでる時、あんたたちを見たって言うんでな。ここまで登ってくるヒトはそうはいない。大方麓の村が潰れた件で調査に来た役人てところじゃねえかと踏んだんだが……当たりだったようだな」
仕合ったことで、黒曜はこの藤原という男を買っていた。
手合わせした者にしか分からない機微というものだろうか。実際、勝負は際どいものだった。
藤原の、血の滲むような研鑽と才覚。それを以て、黒曜はこの藤原という男を認めていた。
それ故に、自分の身の上を話す気になったのである。
「うむ。実質、自治だよりで年貢も免除されていたとはいえ、捨て置くわけにもゆかぬのでな。……黒曜殿、知っていることあらば教えて欲しい」
「俺が潰した」
「……何故?」
「俺は今、ヌシ殿のところに世話になっている。……この子は、次のヌシになる子だ」
「!」
「ヌシ様、だと……」
「……それは真か」
「嘘などつく意味がない。……簡単に言えば、この子やら、このお山の子らが、村に攫われて贄にされかけてたんでな。ちょいとやらかして、助けたってだけの話だ」
「……贄?」
「鬼降ろしだよ」
ふうを肩に座らせ構いながら、こともなげに吐く黒曜の言葉に、三人の武士は顔色を変えた。
「本人は神を降ろすだの言っていたがな。どうやら、幾年か前に討伐された酒呑童子を降ろそうとしていたらしい」
「どうしてそれが分かる」
「村を焼き払う前に調べたんだよ。どうやらそこの村長、年貢と称して村人から米だのなんだのとちょいちょい取り立ててたらしくてな。……それを使って、何人かで酒を造っていたらしい」
「……喚び代か」
喚び代とは、神や鬼を降ろす際に使われる材料、触媒のことである。降ろしたい神や霊、鬼に縁のあるものが使われる。
「普通ならそれで祈祷って流れなんだがな。どこから聞いたか、やつら、不浄の法まで使いやがった」
それを聞いて、藤原は息を呑んだ。
そんな藤原を若い武士二人が、不思議そうな顔で眺めている。
「喰ろうたのか……」
「まずは子ども、女。……それに飽き足らず、ケモノビトやあやかしの子を攫って、ヒトの子に“見立てた”。幸か不幸か、この子らは見立てられただけで済んだがな」
「ヒトデナシに堕ちたか……」
「正直な所な」
黒曜は、少し慎重な口調で続けた。
「ヒトがヒトを喰らうこと自体についちゃ、それだけで悪とは見做せねえんだがよ。……それが、他に生きる術がないとすればな」
「……」
「あの件についちゃあ、何を慮る余地もねえ。……実際に牛鬼を降ろしやがったしな」
「なんだと……!」
「そっちは心配ねえ、共に行ったヌシ殿が浄化したんでな。そんなわけで、村を丸ごと潰して来たってわけだ」
藤原はしばらく唖然とした表情のまま立ち尽くしていたが、やがて、
「……そういうことならば致し方あるまい。上には狂信者の集団が棲み着いていたから全て片付けた、とでも伝えておこう」
「しかし、藤原様! そんな、この男の話だけで……」
「それだけで充分だ。この男がこんな嘘を付くように見えるか?」
「うっ、しかし……」
「責は俺が持つ。それでいいだろう。お主らはこのこと、他言無用ぞ。もし漏らせば……どうなるやら、だ」
「わ、分かりました。家族にも漏らしませぬ」
「……すまねぇな、若いの。この件は、普通のヒトにはちぃときつい話なんでな」
黒曜が心底申し訳なさそうに頭を下げる。それがむしろ脅しにすら見えてしまうことに、黒曜は気づいていない。
「黒曜殿。此度はこれにて下山致す。また会うこともあろうな」
「あまりぞっとしねぇがな……」
「まぁそう言われるな。……坂田殿」
「!」
黒曜は動揺した。藤原は薄く笑みを浮かべている。
(こいつ、本当に何者だ)
「手合わせして確信いたした。……俺の名は藤原直実。酒呑童子討伐、五十余名が一人」
「……なるほど、師匠は卜部殿か」
「分かりますか」
「よく似ている」
「……複雑ですな。似ていると言われて嬉しい反面、未だ師を超えられぬ自分が歯痒くなります」
「まだ若い。研鑽を積めば磨かれるさ」
ふいに黒曜の頭にこつん、と何かがぶつかった。
大人たちの会話に飽きたのか、舟を漕ぎ始めたふうの頭が、黒曜の頭を小突いていた。
「ああ、もう眠いな。帰って昼寝でもしよう」
優しく声をかける黒曜を、藤原は微笑ましく眺めた。
「では、我々はこれで。……ゆくぞ」
「はっ」
「はっ」
「藤原の。……いずれな。湯でも一緒に呑もう」
「喜んで。……しからば、御免」
――――
「ね、おじちゃん、あのヒトたち誰だったのー?」
「ああ、おじちゃんのな、昔の友達だ。随分昔だったから一目じゃあわからなかった」
「ふーん」
「さ、帰ろう。お母ちゃんが待ちくたびれて昼寝しちまう」
「うん! かーえろっ!」
言葉を交わしながら庵へと戻る二人の影が、昼下がりのお山に長く延びていた。
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