ヌシの庵の無頼客⑧
「ぐ、おああああっ!!」
五郎丸が、未だ無数に現れる小鬼をまとめて一掃する。
かつて黒曜の用いていた大斧は、今やすっかり彼の手に馴染んでいた。
「おし、次、右手! そのまま後ろへ振れ!」
戦場を上空から見渡す足柄天狗が、五郎丸へ指示を出す。出しながらも、五郎丸のこぼした敵を団扇で吹き飛ばしていく。その連携は絶妙と言っていい。
元々馬が合うのだろうか、タタラの髑髏の共闘からの短時間で、彼らは旧知の戦友もかくやといわんばかりの活躍を見せていた。
そんな中、そこに壁があるかの如く、異質な空気を以て対峙する、黒曜と茨木童子の姿があった。
「どこまでもっ……邪魔をするかよ、坂田ぁ!」
「俺にとっちゃ、てめぇが邪魔なんだよ、茨木童子。大人しく地獄の釜に落ちやがれ」
二人はそれぞれ得物を構えたまま、微動だにしない。否、出来ないでいた。
かつて、酒呑童子に次ぐ強さを持ち、酒呑童子四天王を統べた茨木童子。
その酒呑童子の討伐のため、源頼光の元に集まった、頼光四天王最強と言われた男。
討伐した昔であれば、一対一では黒曜に勝ち目はなかっただろう。戦力としてもそうだし、何より当時、彼らは若く、血気盛んであるが故に、機を焦るきらいがあった。
結果、戦いに勝利はしたものの、味方にも決して少なくない被害を出してしまった。
黒曜が名を捨て、野に下ったのもそれが原因である。
だが、今は。
あれから十年を数えた今ならば。
かつての頼光四天王、坂田金時は黒曜と名を変え、一介のヤトハレに身をやつした。
そこで経験した戦いや駆け引きは、確実に彼を成長させていた。
――今なら、こいつの強さが分かる。
力に溺れず、また自らの力を最大限引き出す術を持つ今なら、酒呑童子亡き今、最強の鬼となったこの茨木童子と互角に戦える。
黒曜の心の中には、茨木童子への怒りとは別の、歓喜に近い感情があった。
「おああ!」
茨木童子の両手が黒く光り、更にその光は全身を覆っていく。
「ふんん!」
黒曜もまた、蒼い炎のような殺気を身に纏っていた。
「死ねぇっ、さぁかたぁああっ!!」
「ぬぁあああっ!!」
同時に突っ込んだ二人は、これもまた同時に得物を振り下ろす。拮抗し、鍔迫り合いとなったが、それを黒曜が弾くようにいなした。
「おらああっ!!」
「ぐぬあああ!!」
返す刀で横薙ぎに飛んでくる金棒を避けて下がったところに、茨木童子が前蹴りを差し込んでくる。黒曜はそれを受け数歩下がるが、同時にその脚を、左腕で抱え込む。
「しぃっ!」
「ちっ!」
脚を抱えたまま身体を捻り、茨木童子の体勢を崩す。そのまま脚を離し、回転の勢いを利用して、右手に持った真・波切を横に薙いだ。
「ふおっ」
すんでのところで避けた童子だが、おかげで死に体となっていた。そこに黒曜が刀の柄を鳩尾に突き立てる。
「おぐぅっ!!」
「まだまだぁ!!」
更に黒曜は背中に差してあったヒヒイロカネの小刀を抜き、茨木童子の脇腹を刺した。
「がぁああっ!!」
反射的に腕を振り回し、黒曜を弾き飛ばす童子。だが、それを読んでいた黒曜は自ら飛び、衝撃を和らげた。
間合いを取り、二人は再び対峙する。お互い息が上がり、肩で大きく呼吸していた。
双方、満身創痍である。
「……だいぶ弱ってきてるじゃねえか、鬼の大将」
「そういうおめぇこそ、あ、脚がガタついてるじゃねえか」
「……決める」
「……望むところよ」
黒曜が愛刀を脇に大きく引いた。身体全体を大きく捻り、全身を撥条のように引き絞る。
――次に賭ける。
一方、茨木童子もまた、金棒を大きく引き込んでいた。こちらは大上段の構えである。
――全力で潰す。
互いの覚悟が殺気となり、蒼と黒の空気がその場を支配する。周りで戦っていた足柄天狗や五郎丸、そして小鬼の群れも、いつしか戦いの手を止め、その眼は二人に釘付けになっていた。
二人の殺気が渦を巻き、闇夜の空に伸びていく。その暴風の中にあって、黒曜と茨木童子は微動だにしない。
「決まる、のか?」
「決ま、る」
足柄天狗の問いに五郎丸が答える。
「次で、終わり、だ」
殺気の暴風の中で、黒曜は意外なほど冷静になっていた。
――思えば、麓の村の件からこいつとは縁があった。いや、酒呑童子の一件からになるか。随分と長い柵になっちまったが、それもこれで終わりだ。
……さっさとケリつけて、庵でりんと、酒でも交わしてえところだな。
黒曜の蒼い殺気が強くなり、暴風が蒼に染まっていく。
それを感じながら、茨木童子もまた、覚悟を決めていた。
――まさか、ここまでこいつが絡んでくるとはな。正直、あの源なんとかやら、渡辺なんとかだけならこんなに面倒なことはなかったんだが。
……まぁいい。こいつさえ屠れば、後は楽なもんだ。
再び、黒い殺気が勢いを増す。
それを繰り返し、渦はどんどん大きくなっていく。
――そして。
二人の間が台風の目のように、完全に無風になった瞬間。
「……っ!!」
「……っ!!」
ただ一点、相手を屠ることのみ頭に置いた獣が二匹、全く同時に踏み込んだ。
――――
「……」
「……くく」
どさり、と倒れたのは茨木童子であった。倒れた大地に、驚くほど鮮やかな赤い血がドロドロと流れ出る。
黒曜の渾身の一撃が、茨木童子の腹を真一文字に斬り裂いていた。
そして、黒曜もまた、左の肩が完全に砕かれ、腕がだらりと下がっている。
「金の字っ!」
「こく、よう……!」
天狗と五郎丸が駆け寄り、今にも倒れ込みそうな黒曜を支えた。
「……――かい、へ」
「なに!?」
「い、かいへ、連れてけ。……りん、が、待ってる」
いつも応援、ありがとうございます!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
次回、黒曜とりん、再会なるか!?
お楽しみに!!




