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ヌシの庵の無頼客⑤

令和最初の更新となります。

お楽しみください!

茨木童子(いばらぎどうじ)だと……?」

「ほう、知っているか。……まぁ、そうだろうなぁ」


 茨木童子は、そう言ってにたり、と口角を上げた。上顎の大きな牙が覗いて見える。


「先代のヌシ、九尾を嬲った上、八つ裂きにしたのだからなあ!」

「貴様ぁっ!!」


 りんの腕が、脚が、胸が、瞬時に獣化した。美しい銀の髪は(たてがみ)となり、肉体全ての筋肉が膨張している。

 かつて完全獣化した巨大な狼の姿ではない、ヒトの姿をした狼がそこにいた。


「くくく、おっかねえなぁヌシ殿ぉ……」

「……」


 りんは大きく息を吸った。

 そして。


「ォー……ォォォォオォオオオォォオォォーー…………」

「……くくっ」

「力が届かない……!?」

「ここは異界だからなぁ。この中は、お山であってお山ではない。つまりヌシ殿、おめぇの力もここでは出し切れぬということよ」

「……なるほどねぇ。なら、今のままであんたを屠るだけさね」

「……面白い。流石、坂田の惚れた女だけのことはある」


 坂田、と聞いた時、りんの気は一段と膨れ上がった。

――こいつ、黒曜を知っている?


「坂田ってのは誰だい?」

「しらばっくれんな。一緒に棲んでしっぽりやってんだろうがよ。……ああ、野郎の目の前でおめぇを嬲るってのも一興だなぁ?」

「……おふざけでないよ」


 りんの殺気が熱を帯びる。否、むしろ周囲を凍りつかせるかのような冷たい殺気であった。りんはゆっくりと構えをとる。左を前に、右を後ろに。極端とも言える半身で、腰を大きく落としていた。

 それを感じ取った茨木童子が、牙を剥き出したまま、こちらは正面を向いたまま低く構える。


「あんた、その腕はなんだい、無様な傷跡から血が滴ってるよ。……京でヒトに泣かされて帰ってきたってかい」

「おめぇ如き嬲り殺すのに両腕もいらねえんでな、薄汚え武士ってのに預けてきただけだ。なに、すぐに取りにいくさ。……おめぇと坂田を、あの九尾の様に八つ裂きにした後でな」


 りんは再び坂田と聞いて逆上しそうになる。彼女は正気を保つのが精一杯なほど激情に駆られていた。


「……死ぬがいいよ」

「おめぇがなぁ!!」


 まず、茨木童子が仕掛けた。前掛かりに低く構えた体勢のまま、りんに向かって頭から突っ込んでくる。


「馬鹿の一つ覚えだねぇ」


 ぶち当たる直前、りんはひょい、と跳躍した。飛び越し際に後ろ蹴りを入れようとするも――茨木童子はそこにはいなかった。


「むっ!?」


 りんが跳躍した瞬間、茨木童子もまた瞬時に止まり、身体を捻って真上にいる(・・・・・)りんに向かって手を伸ばしていた。伸ばしたその手はりんの足首を掴み、そのまま床に叩きつけようとするも、りんはすんでのところで手をつき、その勢いで後ろに飛んだ。間髪入れずに襲いかかる茨木童子だったが、今度は体当たりではなく、その片腕を以て豪雨のような突きの連打でりんを押す。


「クハハハハッ!」

「ちぃっ!」


 りんも互角の速さで連打を受け、躱し、返す。当事者同士にしか見えぬ、超高速の殴り合いである。

 初めは受けに回っていたりんであったが、いつしかその掌は拳に変わり、拳撃の乱打戦の様相を呈していた。


「ごおぁああぐふっ! おあああ!!」

「ちいいっがふっ、がああああ!!」


 二人の獣のような咆哮が続く。

 完全に足を止め、互いの間合いの中で、ただ相手を屠るためだけに拳を突き出す。

 それは正に互いの我の張り合い、技や力では説明しようのない、暴力の応酬。

 命がけの喧嘩である。

 

 そして、数十発に及ぶ乱打戦の果て、膝をついたのは茨木童子の方であった。


「あ、がはっ、はっ、はっ……」

「はぁ、はぁっ、もう終わり、かい。随分と、あっけない、じゃないか」

「こ、の、化け物がっ……! 九尾より、余程強えじゃねえか……っ!」

「喧嘩だけが強さだと思うんじゃないよ。あの子は、あんたや私如きには到底背負いきれない業を一身に背負ってたんだ。それを、よくも……」


 りんの怒りは更に勢いを増し、彼女を覆う気の流れはもはや暴風と化していた。正気を保っているのが奇跡という程の激情である。


 それには、黒曜の存在が大きかった。


 りんは、黒曜に何も言わずこの地に来た。いずれ与平の口から伝わることにはなろう。だがりんは、あのどこまでも無骨で優しい男に、自分のこの姿を見せたくはなかった。例え敵が誰であろうと、自分の正気が失われるギリギリの状態にまで追い込まれることは、直感で理解していたのだった。


――惚れた男に、この姿を見せたくはない。


 その思いでりんは一人、この地に赴いたのであった。

 であれば、この程度のことで正気を失う訳にはいかない。

 それは、りんの強烈な矜持であった。


「茨木童子。私はあんたを許さない。例えここであんたが死んだとしても、それで許されるとは思うな」

「……ぬかせ。いずれにしてもおめぇはここでお終いだ。……この異界は、鬼の妖力でしか出入り口を作れねえ。――それに、そろそろどうだ?」

「何のこと、だ……!?」


 強烈な眠気がりんを襲う。安らかに包み込む眠気ではない。力づくで強引に睡眠へと引きずり込むような、有無を言わさぬ睡魔であった。


「なん、だ……」

「くく、それもこの異界の力よ。てめぇを嬲るのはやめだ。それより、ここで永遠に死ねず、起きることも出来ず、ただここに(・・・)在るだけ(・・・・)の恐怖を味わうがいいわ。そこに転がる、この集落の長と一緒にな」


 そう言って茨木童子は、自分の背後に出口を開いた。


「さて、まずは坂田を殺し、改めてゆっくりと腕を取り戻しにいこうかい……」

いつも応援ありがとうございますー!

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