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ヌシの庵の無頼客④

 お山の裏側は一面の荒野である。

 連綿と続く火山岩の大地を、りんは目的地に向け、小走りに駆けていた。

 煌々と照る満月の光と、大地のヒビから漏れ出る溶岩溜まりのおかげで、夜とは言え存外に明るい。元々闇夜をものともしないりんではあるが、溶岩溜まりの場所や形は、そのまま道案内にもなっていた。


 りんの行く先は、お山の裏に棲む鬼の集落である。ここの鬼は温厚で、基本は互いに不可侵という約束事を守り、山の祭りなど、ハレの日には交流することもあるという、比較的良好な関係を保っていた。

 りんがこの地に天狗の妖術で道を作ったのには、今回とは別の、より交流を深めるといった意図があったのだが、初めてその道を通る理由が鬼の襲撃であることに、りんは皮肉を感じずにはいられなかった。


「とはいえ、ここの住人が関係してるとは考えにくいんだけどねぇ……」


 りんは一人呟きながら、小さな岩場を駆け、一際大きな溶岩溜まりの横を抜けた。すると、りんの左手のはるか奥、山の斜面が崖になっている麓に、洞穴の入り口が見えてくる。

 鬼の集落への入り口であった。


「おかしいね。……暗い」


 普段、朝まで入り口の両脇に燃やしているはずの松明の灯りが見えない。違和感を感じたりんは速度を落とし、岩場の陰を伝い、そろそろと音もなく近づいていった。やがて入り口あたりの詳細が見えるあたりまで来た時、りんは息を呑んだ。


「! ……これはどういうことだい」


 いつもは寝ずの門番のいる入り口である。が、そこに門番の姿は見えない。

 りんが更に近付こうと岩場の陰から出た時、りんの両脇に鬼が二匹、これもまた、音もなく現れた。


「なんだい、あんたら。……ここの鬼じゃないねぇ」

「ご、がぎゅるぃ」


「着いてこいってかい。……やれやれ、何が待つのやら、だねぇ」


 見知らぬ鬼の後につき、洞穴に入る。

 途端、強烈な腐臭がりんの鼻をついた。


「くっ……。ひどい臭いだね……」


 顔をしかめ、奥へと数歩進むうち、目が慣れてきたりんは、目を疑った。


 そこには凄惨な光景が拡がっていた。

 洞穴から集落に至る道。その脇には、鬼や獣、ケモノビト、あやかし、そしてヒトに至るまで、あらゆる動物達の死骸が累々と転がされていた。そのいずれもがどこかを食い千切られ、中にはほとんど骨だけになった死骸もあった。


「な……これはどういうことだい」


 死骸は、集落に近づく程に増えていく。終いにはその道にさえ、足の踏み場もないほどの死骸が横たわっていた。


 洞穴を抜け、集落に入った。

 鬼の集落は洞穴の奥にある。奥は巨大な空間になっていた。壁面には溶岩溜まりが伝い、それが灯りとなっていて、りんが黒曜と共に潰した村ほどではないが、それに近い広さの真ん中に巨大な(やぐら)があり、そこから放射状に家とも小屋ともつかぬ建物が、意外なほど整然と建ち並んでいる。

 普段であれば、櫓の上には物見が立ち、万が一洞穴を抜けてきた敵がいても直ぐに見つけられるようになっている。

 が、今はそこにも鬼の姿は見えなかった。


「……静かだね」


 りん達はそんな集落の中を突っ切り、洞穴とは真逆の位置にある、一際大きな屋敷に辿り着いた。ヒトの屋敷に似てはいるが、全体的に造りが大きく、雑である。

 お山の裏、鬼の集落の長が棲む屋敷であった。


「……ここに入れってことかい」


 促す鬼を一瞥し、りんは躊躇いもなく門を潜った。


「ここから案内はいいよ。一度は招待されたことのあるお宅だ。……あの時は歓迎してもらったがねぇ」


 ここまで連れてきた鬼を振り返りみると、二匹の鬼は、門の入り口に立ち、微動だにしない。りんは一瞬門番かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 二匹は、門の内側にいるりんを凝視していた。


「……どうにも落ち着かないね。そこにいるってんなら構いやしないけどねぇ」


 誰ともなくそう言うと、りんは再び屋敷に足を向けた。


――屋敷自体は以前来たときと変わらない。……けれど、この異様な雰囲気はなんだい。まるで棲むモノが変わったような……!


「まさか!」


 ある仮説に思い至ったりんは、自然早足になって屋敷の戸を開けた。

 そこは、以前とは全く違う、異空間となっていた。


「! おカシラさん!」


 異空間の先に、本来の鬼の頭が横たわっていた。りんは取るものも取りあえず、中に入りおカシラに駆け寄った。

 幸い、おカシラにはまだ息があった。


「……ヌシ、殿。来ちゃ、いかん。早う、外へ」

「いいから! ……キツい所申し訳ないけれど、一つだけ訊かせておくれ。おカシラさん、あの洞穴の死体はあんた達が?」

「ち、がう。……少し前、ここを、別の鬼の、集団が、襲ってきた」

「別の?」


 おカシラは小さく頷き、言葉を続けた。


「うむ。……かつて、しゅ、酒呑童子、と、共にあった、鬼、たちじゃ」

「……なんだって」

「やつ、らは、再び、軍勢と、なり、暴れる、ための、拠点を、探して、いた。そこで、この洞穴が、眼を、つけられた。あえて、お山の、ヌシ殿、の近く、ならば……」

「手元を照らす灯りはないってことかい。……舐められたもんだね。で、その鬼は何処に?」

「京」

「京!?」

「以前、の、軍勢、を潰され、た恨み……」

「……なんてことだい」


 りんは絶句した。

 酒呑童子と頼光四天王の戦いはりんも知っている。が、もう十年も前の話である。

 今さら復活の狼煙を上げたところで、首魁であった酒呑童子は既に討たれ、生き残った僅かな鬼たちもそこかしこへと散ったと聞いていた。


――それが、いまさら?


「今更何を、とでも思うか? ヌシ殿」


 ふいにりんの後ろで声がした。

 振り返るとそこには、隻腕の青い巨大な鬼が立っていた。


「俺がかき集めたんだよ。……――この、茨木童子(いばらぎどうじ)がな」

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