ヌシの庵の無頼客③
はぐれ陰陽師、賀茂周明。
彼は黒曜とりんに敗れ逃走した先で、とある隻腕の鬼に出会っていた。
周明の持つ力と恨みは鬼の興味を引いた。周明もまた、鬼の持つ力、執念を知り、彼らは共闘することとなったのだった。
「……河童と天狗とはまた珍しい組み合わせよの」
「……」
「てめぇ、賀茂家か」
天狗の言葉に、周明は眉をぴくりと上げた。
「知っているのかね。……そう、儂は賀茂周明という。まあ、賀茂の家とはもはや関係のない存在ではあるがね」
「どういうことだ」
「知る必要はなかろうよ。……この場で死にゆくモノにはな」
周明の周りに、先の鬼火が現れた。タタラの腕の時と同じく、円を描くように増えていく。
「ちっ、またかよ……っ!」
「陰陽の技とあやかしの技、双方の力を以てお相手しよう。ああ、覚悟などはいらぬ。……あってもなくても変わらぬ」
「ごおおおっ!!」
挑発する周明に、五郎丸が斬りかかった。渾身の一撃である。
だが、その斧が周明に届くことはなかった。
振り下ろされた斧は、周明の周りを漂う鬼火に遮られ、ぬるりといなされていた。
「なんだとっ!?」
「ぐ、ぬ……っ」
体勢を崩された五郎丸と入れ替わりに、天狗が大きく宙を舞った。
「おらああっ!!」
「ふん」
一本歯の高下駄で蹴りを見舞うも、やはり鬼火にいなされる。
そのまま地面にどん、という音と共に叩きつけられた。
「ぐああっ!」
「……やはりその程度か。当たれば強いが、当たらねば無意味よの」
「な……んだと、この野郎」
「お主らの相手も飽きた。今は殺しはせぬが、ぶんぶん飛び回られるのも面倒だな。……どれ、この中で大人しくしておれ」
言うなり、鬼火の輪の中に、別の場所が映し出された。
「な……縮地、だと……」
「そうか、天狗の術でもあったな。まぁよいわ、ひとまずお主らにはここを潜ってもらおう。行き先はまぁ」
周明はにたり、と嗤った。不揃いな黄色い歯が並んでいる。
「地獄、のようなものだがの」
次の瞬間、鬼火の輪が急激に広がり、二人を呑み込んだ。
「……そう、殺しはせぬよ。今はまだ、な」
そう言い残し、周明は鬼火と共に何処へかと消えていった。
――――
「ちぇぇええっ!!」
また一匹、鬼が血飛沫を上げて倒れた。
藤原直実は、庵に続く洞穴の外で一人、鬼の集団との戦いを繰り広げていた。
鬼一匹一匹はそれほどの強さではない。もちろん腕力はあるが、速度、戦術が伴っていなかった。加えて連携もしてこない。
直実程の手練とあれば、例え十を超える鬼達とも引けを取るものではなかった。
いつしか直実の前には、他より大きな赤い鬼が唯一人、金棒を担いで佇んでいた。額には堂々たる角が二本、左右に広がるように生えている。
「……お主が最後か」
「く、くっくっク。……さすがハ、藤原どノ」
「! ……お主は話せるのか」
「これでモ、昔ハ、酒呑童子の四天王ト、呼ばれたものヨ」
「……貴様」
「星熊童子。見知りおかずとモ、構わんゾ」
星熊童子。酒呑童子を頂点とした鬼の軍、その四天王と謳われた鬼であった。
鬼の軍四天王とは、当時その麾下数百匹とも言われる鬼を従えていた師団長である。
その中にあって特にこの星熊童子は、兵の運用に定評のある将であった。
「……軍師と呼ばれた貴様にしてはお粗末な運用だな、星熊童子」
「抜かセ。お主ヲ一人にしタ時点デ、儂の策ハ成功しておるワ」
「なにっ……!」
直実は反射的に一瞬、洞穴を振り返った。
振り返ってしまった。
何事もない事を確認し、星熊童子に向き直った時、直実に見えたものは、星熊童子が横薙ぎに振るう巨大な金棒であった。
ごすん、とも、ごきゃ、とも聞こえる音が響き、直実の身体は真横に吹き飛んだ。生えている椚の木に背中をしたたかにぶつけ、肺の空気を全て吐き出していた。
「あっ……がはぁぁあっ……!」
「甘いのウ、藤原直実。……憶えておるまいガ、貴様にハ少々の恨みモあってノ。この場デ晴らさせてもらおうゾ?」
「なん……だ、と……」
「戦の際、貴様ノ隊ガ潰しタ我らガ一団。大きく見れバ囮ではあったガ、それでモ儂の一団であることにハ変わりなイ。彼奴らの恨ミ、その身で喰らウがよいワ」
言うなり、星熊童子が金棒で直実を打ち据えた。容赦のないその打撃は、一発当たるごとに直実の意識を刈り取る勢いであった。
「お゛っ、あ゛っ、ごほぉぉああっ!!」
――まずい。
打ち据えられ、腕や脚、腹に至るまで、気が遠くなるような痛みを受け続けながらも、直実は冷静さを失っていなかった。むしろ、現状は身を護ることしか出来ず、その感覚自体はどんどん研ぎ澄まされていく。
――……次の呼吸か。
「ぅぬううううんっ!!」
打ち疲れたか、星熊童子が顎を上げたその時であった。
「ぢぇえええっ!!」
「おぅっ!」
どれほどまでに打たれても、これだけは手放さなかった直実の愛刀が、星熊童子の脛を真横に薙いでいた。
しゅり、という骨を撫で付ける音と共に、鬼の膝ががくりと下がる。
その隙に直実は立ち上がるが、こちらも文字通り満身創痍である。
「まだっ、その様ナッ、力を残しテッ……」
「はぁ、はぁ……。あ、甘いのは、お主もであ、あろう。……やはり軍師か。戦略、戦術には長けても、肝心の技がなっておらぬようだ」
「貴様ッ……」
「あれだけ打たせてやっても俺如きを屠れぬかよ。……これが坂田殿であればお主、もう三度は死んでおろうぞ」
「言わせておけバァッ!!」
激昂を頼りに力任せに金棒を振り上げるが、その勢いに脚がもつれる。慌てて振り下ろすも、その場所には既に、直実の姿はなかった。
「んヌ、どこへいキ……」
「……」
「き、さ、マ……」
「甘い。言うたであろう」
直実は星熊童子の懐深く潜り込み、その胸を一突き、背中まで通る強烈な一刺しであった。
「がああッ!!」
ごぎょり。
苦し紛れの星熊童子の一撃が、直実の背骨を砕いた。
「あっ……が、ぎぃぃぃいぃっ!!」
断末魔のような声を絞り出し直実はその場に転がった。
ぼやける視界の端で、星熊童子が倒れているのを見届けた直実は、そのまま、静かに眼を閉じた。
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