ヌシの庵の無頼客②
急ぎ庵に戻った黒曜だったが、洞穴の入り口では直実が鬼十数匹と対峙していた。黒曜に気付いた鬼が数匹寄ってくる。
「雑魚めっ!」
吐き捨て、真・波切を抜きざま、手近な鬼に一太刀、肩から腰に掛けて袈裟に斬る。
ぎぎょるるるぅ――……。
醜い音を喉から発しながら、斬られた鬼はその場に崩折れた。
それを待つ間もなく、黒曜は愛刀をかざし斬り進む。
やがて直実の元に辿り着くと、囲まれている直実の背中についた。
「直実殿!」
「黒曜殿!」
「りん達は!」
「結界に護られております。ですが破られるのも時間の問題かと!」
「ここはいけるか!」
「腕が鳴りまする!!」
「……かたじけないっ!!」
黒曜は一言残し、自分の前に後ろ向きに立つ鬼を一太刀の元に斬り伏せた。そのまま洞穴に入り、直実からは姿が見えなくなった。
「一撃か、流石は鬼殺しの坂田殿よ。俺も負けてはおれぬな。……征くぞ! 順番にとは言わん、纏めて土に還してくれるっ!!」
――――
結界に入ると、そこは静かな世界であった。
――無事か。
半ば確信していたとはいえ、その光景を目の当たりにした黒曜は、そっと胸をなでおろした。のだが。
(静かすぎる)
妙な違和感に胸騒ぎがした黒曜は、庵の扉の前で叫んでいた。
「りん、ふう、与平殿! 無事か!」
数呼吸の後、庵の扉が音もなく開く。そこには泣きつかれたのか、涙の跡を残し寝ているふうを抱き上げた与平が一人、佇んでいた。
「与平殿。……りんは」
「……まぁ入れ」
与平に促されるまま、黒曜は庵に入った。
中には、与平とふう以外の気配がなかった。
「納戸の奥の戸を開けれ」
「……どういうことだ」
「いいから、開けてみれ」
訝しがりながらも、黒曜は言われた通りにした。
「……ぬぅ」
戸の向こうには、庵の周りとは全く違う風景が見えていた。
岩肌が剥き出しの、荒涼とした大地。その地面は所々亀裂が入り、下には溶岩だろうか、赤く禍々しい光が漏れ出ている。
「……これは何処だ」
「“お山の裏”じゃ。ここから繋がっとる。儂らの使う術の応用じゃよ。お山の移動を手早くしたいとヌシ殿に頼まれての、庵の建て直しの時作っておいたのじゃ。……ヌシ殿は、ここから鬼の里に行った」
「……独りでか。まぁりんなら問題なかろうが」
「止めはしたがの。そっちはどうじゃった」
「タタラのなんとかいうでけぇ骸骨の腕が出た。今五郎丸とあんたの息子が相手してる」
「……そうか。陰陽師がいるかよ」
「はぐれのあやつかもしれん……」
そう言って黒曜は苦虫を噛み潰したような顔をした。
あやつとは、賀茂周明のことである。語尾は濁したものの、黒曜は確信していた。
「だとしても接点がねえ。鬼の式を使うとはいえ、現実の鬼と縁があるわけでもねえだろう」
「なりふり構わず、というのはよくあることじゃがの。互いに利用する、そんな関係とならば、ない話とは言えまいよ」
「……互いに、か」
それをあの賀茂が許すとも思えない。あの男の自尊心は肥大しきっている。式鬼の扱い方を見ても、賀茂周明という男は、人外の者を完全に見下し、支配下に置くことでしか使役しようとしない。
それがある意味強みでもあるが、と黒曜は思う。
「……逆に賀茂が利用されている可能性もあるか」
「鬼に、か?」
「おう。鬼の殆どは馬鹿だが、上に立つやつらは存外賢い。舐めてかかると返り討ちにあう位にはな」
「ふむ……」
「まぁ、そんなこたぁ今考えても仕方ない。……ふうを頼む」
与平にそう言うと、黒曜はおもむろに裏への戸に向かった。
「ゆくのか」
「ゆくさ。万が一があれば逃げろ。まぁ無いとは思うがな」
「何故わかる」
「五郎丸にあんたの息子、直実もいる」
「信じるか……」
「実際、手を合わせたから判る。あやつらは強い」
「……惚れたか」
少々意地の悪い顔で与平が笑う。黒曜は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに不敵に笑い、言った。
「惚れたのなんざぁ最初からだ。それだけならここで待ってる手もあらぁ」
「ではなんじゃ」
予想外の返答だったのか、与平は不満げに返した。
その言葉を背中に受けながら、戸の向こう側に一歩踏み出した黒曜は、振り返らずに言った。
「惚れられてるからだよ。あれほどの女にな。……だったら、征く以外の手はねえだろう」
――――
その頃。
五郎丸達は、骸骨の群れに囲まれていた。
「まだ、くるの、か」
「ちっ……いい加減面倒クセェぞ」
中央には、骨を半分ほど削られたタタラの腕。その周りには鬼火を纏っている。
そして周囲には甲冑を着けた骸骨が十数体、新たに現れていた。
黒曜と別れ、タタラの腕を三割ほど破壊した頃合いで、落ちた残骸から骸骨武士が生まれた。骸骨武士は動きも遅く、天狗の蹴りの一撃で崩れ落ちるが、直ぐにまた元の姿になり、襲ってきた。
いつしか五郎丸はタタラを、足柄の天狗は骸骨武士を相手取るようになっていた。次々に復活してくる骸骨に天狗は辟易し、五郎丸もまた、中々削り取れない巨大な骨に苛立ちを隠せない。
「……なんだかんだ言ったところで式神だ、ここに本人がいないとなりゃあ何処かに核があるはずなんだがな」
「か、く?」
「術者の命令を受ける、脳みそみたいな部分だよ。それがどれだか分からねえと的の絞りようがねえ。見た目でわかるような間抜けはしやしねえだろうしな……」
「おに、び……」
「あん?」
五郎丸は襲いかかる腕を躱し、大斧を打ちつける。
ごぃん、と鈍い音が響き、腕が大きくしなった。
「あの、ひ、から、でてき、た。さい、しょは、ひ、ひとつ」
「……なるほど。あの中の最初の一つが核かもしれねえってことか」
そう言って天狗は、自分の背中に差しておいた大きな団扇を取り出した。
なにかの羽根で出来たそれは、暗がりの中でも分かるほどに白く輝いている。
「どこまで効くかわからねぇが……」
天狗はそれを、大上段に振り上げた。
「くらいやがれぇっ!!」
そう叫ぶと、天狗は団扇を力任せに振り下ろした。
その風たるや、竜巻さながらである。
直接その風に当たっていない五郎丸すら、足を踏ん張っていないと吹き飛ばされそうな暴風であった。
「どうだっ!!」
風をもろに浴びた鬼火は大きく揺れ、ひとつ、またひとつと消し飛んでいく。それに合わせ、骸骨武士もまた、次々と崩れ落ちていった。タタラの腕もまた例外ではなく、ぼろぼろとその巨大な骨が崩れていく。
「はっはぁっ!! 効きやがったぜぇ!! ざまぁみやがれ!!!!」
「くち、ろぉっ!!」
風が収まった頃。
そこに残ったのは、ゆらゆらと頼りなく揺らめく鬼火ただ一つであった。
「こいつが核か。手間かけさせやがって……」
「! ま、て」
「なんだよ……っ!」
鬼火が、一際大きく揺れた。同時にその火が大きくなり、それはいつしか、ヒトの形となっていた。
「……流石、天狗の風よ」
そこには、かつて黒曜、りんと相対し、逃走したはぐれ陰陽師、賀茂周明の姿があった。
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