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ヌシの庵の無頼客①

長らくお待たせして申し訳ありません。

最終章「ヌシの庵の無頼客編」開幕です!

 与平の手による庵の改築が終わり、初夏の風がやんわりと吹いていた。

 ついさっき陽は沈み、囲炉裏の灯りが辺りをぼんやりと照らしている。


 庵の三人と与平、藤原直実(なおざね)、そして河童の五郎丸は、庵に集まり宴の真っ最中である。二人共、庵の改築の際に手を貸していた。


「よもやあやかしと酒を酌み交わすことが俺の人生にあろうとは……」

「のめ、のめ。おれ、のむ」

「五郎丸もだいぶ言葉が上手くなったもんだねぇ。今じゃ、考え込んでる時の黒曜とそう変わらないさね」

「そらぁどういう意味だ……」


 与平とふうは、お手玉遊びに興じていた。手先の器用な与平は、いくつものお手玉を次々と放り上げ、ふうが一生懸命それを真似している。


「ほっほ、うまいうまい」

「んしょ、ん……にゃっ! また落ちたぁ」

「嬢ちゃんはまだ手が小さいからのぅ、大きくなったらそりゃあうまく出来るようになるわい」

「むむむ……」


 庵には部屋が増えた。黒曜の武具や、手狭になり仕舞う場所の無くなった道具などを置く納戸である。

 黒曜は、ふうが“お父ちゃん”として懐いているため、今ではりんと三人、川の字になって寝ている。黒曜とりんも、既に呼び捨ての仲である。


 気のおけぬ仲間を呼んでの宴。

 穏やかな夜であった。


「……ん?」


 最初に気付いたのはりんであった。

――お山に、知らぬ者の気配がある。


「どうした、りん」


 酔いの回った黒曜が、どこか気の抜けた声で尋ねる。りんは警戒した声で短く、


「誰か来る」


 と応えた。その声に、黒曜は囲炉裏の火をいつでも消せるように準備をする。

 一方で、五郎丸と直実は首を傾げていた。


「かん、じ、ない」

「うむ、特に変わったところはないが……」

「ふうは……!」


 ヌシとしての感覚かと、黒曜はふうの方を振り向いた。

 そこには、与平にしがみついてぶるぶると震える、ふうの姿があった。


「なんか、くる」

「りん」

「わかってる」

「……五郎丸、行くぞ。直実殿は洞穴番を頼む」

「心得た」

「い、く」


 庵の戸を開け、外に出た。

 先ほどとは打って変わって、生臭く、ぬるい空気が漂っている。ほとんど無風ではあるが、時折“何かに押し出されたように”空気が動くような感覚があった。


「こいつぁ……」

「黒曜殿、お気をつけあれ。……この感じは」

「……あぁ」


――昔、戦場で感じた空気だ。


――――


 黒曜と五郎丸は庵を離れ、気配の向くままに山道を降る。

 麓まで半分というところで、五郎丸が黒曜を止めた。


「こ、くよう」

「おう、気付いたぜ。……何かいる」

「いき、て、ない」

「……なんだと?」


 ふいに黒曜達の前に、ぽぅ、と青い鬼火が一つ現れた。鬼火は見る間に分裂し、全部で八つの鬼火が、真っ暗な山道に円を描くように並んでいる。


「……霊の類は苦手なんだがな」

「こわい、か」

「馬鹿を言え。……力で押せねえからだよ。お前もそうだろうが」

「たし、かに」


 どこか気の抜けた会話ではあるが、その間黒曜は考え続けていた。

――りんを呼ぶなら五郎丸を走らせるしかないが……どうする。

 あやかしと霊は同じ人外ではあるが、そのつくりは全く違う。あやかしには実体があり、霊にはない。

 実体がないということは、腕力が通じないということになる。そうなると黒曜や五郎丸のような、力に特化した能力を持つものは為す術もなかった。


 鬼火の輪の中に、薄ぼんやりと白いものが見えていた。


「なんだ、ありゃあ。……骨か?」

「で、かい……」

「! あぶねぇっ!!」


 輪の中からふいに、白骨の腕が伸びる。だがそれは、普通の大きさではなかった。

 姿形はヒトの骨である。が、その大きさが規格外すぎた。

 広げた掌が、五郎丸を掴んでいた(・・・・・)のだ。


「なっ……」

「ぐ、ぅぅ……」


――なんだこれは。

 黒曜は動揺した。

 自分に匹敵する巨躯の五郎丸を、まるで鼠の様に一掴みする白骨の掌に戦慄していた。

 反射的に飛び退(すさ)り、五郎丸の様子を伺う。五郎丸は自身を掴む指を必死に開こうとするが、びくともしないでいた。


「五郎丸!」

「ぐ、ぬ。……ヌシ、さ、まへ」

「五郎丸……」


 ぎり、と黒曜の奥歯がきしむ。

 無意識に手を添えていた真・波切を抜き放とうとしたその時であった。


「金の字! 使えっ!!」

「!」


 樹の上から聞こえたその声は、黒曜の知る声であった。


「足柄のっ!」

「それぃっ」


 天狗の掛け声と共に飛んできたそれは、一振りの巨大な斧であった。

 元は黒曜の使っていた、あの斧である。

 唸りを上げて回転する大斧を、鬼火の灯りを頼りに掴んだ黒曜は、そのまま大きく右に振りかぶり溜めを作る。


「んんんんっ!!」


 腰を大きく落とし、気を練り込んでいく。前後に開いた足が地面にめり込んでいく。

 そして。


「受け取れ、五郎丸!!」


 咆哮とともに黒曜の全力を以て投げられた大斧は、轟と風を鳴らして五郎丸を掴む巨大な腕の手首を直撃した。

 その衝撃で力が緩み、五郎丸はその掌を抜け出して地面に落ちた。


「そいつを使え!」

「お゛おおおっ!!」


 自分の傍らの地面に突き刺さった大斧を掴み、引き抜く。五郎丸の巨体に、その斧はまるで長年の相棒のようにぴたりと収まっていた。

 斧は五郎丸の持つ鬼の血に反応したのか、持つ手を中心に緑色の光を放ち始めている。


「ゆけっ、五郎丸!!」

「ごおおおおっ!!」


 五郎丸が、巨大な腕に向かって大斧を振り下ろす。

 ゴシャ、と音を立て、巨腕の小指が弾け飛んだ。


「やるじゃねえか、あの河童」

「あいつも半分は鬼の血が流れてるからな。それはそうと足柄の、お前さんどうして」

「親父に呼ばれたんだよ。……おめぇんとこの庵建てたろうが」

「……そういうことか」


 五郎丸は巨腕と互角の立ち回りをしている。その怪力に弾き飛ばされながらも、少しずつ骨を削り取っていた。


「祝いにあの斧返してやろうと思ってな。あれはどうにも俺には扱えねえ。そうしたらなにやら剣呑な骨が暴れてるじゃねえか。とりあえず様子を見ようとしたら、おめぇの姿があったんでな、とりあえずぶん投げたって次第だ」

「助かったぜ。……で、あれぁなんだ」

「俺もよくは知らねえが。……あれは“タタラの髑髏(どくろ)”ってぇ式神だ」

「式神、だと……」


 天狗は深く頷く。


「おうよ。あれはまだ腕一本、恐らく術者は一人だろうが、本来は十人の術者で操る、鯨ほどもある骸骨だよ。……おめぇも行け、俺もあの河童に加勢してやらあ」

「よいのか」

「よいさ。終わったら一献呑ませやがれ」

「……かたじけねえ。五郎丸! これから足柄の天狗殿が加勢する!! いけるか!!」

「まか、せろ!! ヌシ、どの、と、ふ、ふう、を!!」

「応!!」


 その声を残し、黒曜は庵への帰路を、疾風の如く駆けた。

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