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ふう⑤

大変おまたせいたしました。

なんとかふう編を書き上げることが出来ました。

 沼を超えた後、一行はすんなりと天狗の大工が棲む谷へと辿り着いていた。まだまだ陽の高い頃合いである。

 夫婦山の谷には、無造作に大木が立ち並び、幹と見紛うほどに太い根がうねうねと大地を這っている。

 谷という割には川と呼べるような流れはないが、ちょろちょろと岩から染み出した水が絶えず土を濡らしていた。


「この辺りだねぇ」

「……? 何もねえぞ?」

「ちょっとしたまじないが掛けられてるね。……ふう、黒曜殿から降りて、そっちの切り株に立ってごらん。……そうそう、それで、お母ちゃんの方を向いて」

「こうかな?」


 言われた通りにふうが切り株に立ち、りんの方を向く。

 ふうの立つ切り株からりんや黒曜のいる方を見ると、間の地面は大きく何かにえぐり取られたように凹んでいた。


「そこで、ゆっくり、そぉっと上を見上げてごらん。大きな声を出しちゃいけないよ」


 ふうがゆっくりと見上げた。するとそこには、三本の大木を頂点とした三角形の“浮島”が浮かんでいた。


「わ……」

「ふう、しぃー」


 りんが人差し指を自分の唇にあてる。ふうは慌てて両手で自分の口を塞いだ。

 黒曜もまたあっけにとられていた。仙術と呼ばれるものに、そういう術があるのは知っていた。実際に見たこともあるが、これほど大きく地面を抉り、浮遊させているのは見たことがなかった。


「……なんで声出しちゃいけねえんだ?」


 黒曜は小声で隣に立つりんに訊いた。


「仮にも天狗なら、俺たちが来たことはもう分かってるだろう」

「私も良くは知らないよ。けど、以前来たときはそうだったんだ」


 言いつつ、りんはふうの立つ切り株側に回り、その後ろに立つ大木、その目の高さ辺りにある、星型に生えた苔の部分を軽く叩いた。大木は三角形の浮島の頂点に連なっている。


 こぉ……ん。


 乾いた木の音が響く。

 大木は何らかの細工がしてあるらしい。生きた幹の、中身の詰まった音ではなく、中空で乾いた木の響きであった。


 やがて、浮いた地面の上から声がした。


「……お山のヌシ殿か」

「いかにも」

「他の者は……九尾殿の娘と……ヒト、か?」

「一応な。足柄の天狗とは旧知だ」

「……待っちょれ」


 浮いた地面がふわり、と動く。ゆっくりと下がってくる地面の上には、小さな小屋と屋根のついた庭があった。その庭に立つ天狗が大工なのだろう。腰は曲がっているが、しっかりと立ち、かくしゃくとした印象である。

 抉られた穴にすっぽり収まる形で、浮島が降りた。


「久しいな、ヌシ殿」

「お久しぶりですねぇ、与平殿」

「……この子が九尾殿の忘れ形見か」

「えぇ。つい先程、最初の尾割れをしました」

「なんと。……そうか、よい眼をしておるの」

「おじーちゃん、だぁれ?」


 ふうにおじーちゃんと呼ばれた与平は目尻を下げた。


「おう、おじーちゃんはな、ふうのもう一人のお母ちゃんのお友達じゃ。お主の住む庵を作ったのも儂じゃよ」

「そうなの!? すごーい!!」

「ほっほっほっ」


 長い鼻を振りながら笑う与平に、ふうはすっかり慣れたようであった。

 黒曜はそんなふうと与平を微笑ましく見ている。その視線に気付いたのか、与平が水を向けてきた。


「して、お前さん方、今日は何用じゃいよ」

「以前お前さんが作った庵を広くしたくてな」

「あそこを作ってくれたのは与平殿だしねぇ。今度も是非、匠の技を見せてもらいたいと思っているんだけれど……」

「……ふむ」


 与平は何事かを考えているように、顎にたくわえた真っ白な髭をなでつけながら顔を伏せている。

 やがて顔を上げた与平は、果たしてにやにやと嫌な笑いを浮かべていた。


「ヌシ殿。以前の約束は憶えておるじゃろの」

「以前? ……あれは九尾との約束では?」

「いいや。あれは、“ヌシ”との約束じゃよ。今のヌシはお主であろうて」

「……言い様だねぇ」

「で、どうなのかの?」

「……だから皆で来たのさ」


 りんの答えに満足気に与平がうなずく。が、黒曜とふうは何がなんだか、と顔を見合わせるばかりであった。


「約束ってなぁなんだ」

「ゆびきりげんまんー」

「え、まぁ、その……」

「教えてやるわい。……今の庵を建てた時にな、次に建ててやるときには、抱かせろと言うたんじゃ」

「なっ!! そんな約束は」

「……殺すぞ爺い」

「冗談じゃ。……待て待て、その眼は本気じゃねえかい」

「本当に違うんだよ、黒曜殿。今のはこの助平じじいがちょっとからかっただけさ」


 そう言いながらも、りんは満更でもない風である。


「……次はねえぞ」

「わかったわかった。……約束ってのはな、家族が増えたらやってやる、という話じゃったのよ」

「……」

「こえぇ顔をするない。ヌシ殿やこの娘っ子を見るにおめぇさん、随分と気持ちを寄せられているようだ。今の返しでおめぇさんの覚悟も見えた」

「与平殿。……この御仁、足柄の出なんだそうだよ」

「ほう」


 与平は軽く驚いて見せたが、その後なにかに気付いたかのように、眼が丸くなっていった。


「足柄……でかいヒト……おめぇさん、坂田金時か!」

「その名前のやつぁもう死んだ。……今は黒曜だ」

「そうかい、おめぇさんがあの……。いいじゃろ、隠居して久しい老体じゃが、最後の大仕事だ、しかと受けてやらぁな」

「そいつぁありがてぇが……」

「なぁに。おめぇさん方が倒した酒呑童子に泣かされてたのは、ヒトばかりじゃあねえってことよ」


 与平はそう言うと、黒曜達を浮島の中に入るように誘った。


「天狗の神通力ってぇやつだ。このままお山の庵近くまでゆこう」

「わ、おじーちゃん、お空飛べるの!?」

「飛べるとも。おめぇも大きくなったら、このじじいより上手く飛べるようになる。それまでしっかり、この強いとうちゃんとかあちゃんに甘えておけ」


 そう言ってふうの頭を撫でる与平であった。

次回もまた少しお時間いただきます。

第一部最終章

「ヌシの庵の無頼客編」をお楽しみに!

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